notes on the sand... or a Critique of Cultural Politics. book reviews and columns by Hiroshi Kobayashi.
人文書ライター小林浩が書いた書評記事、新刊紹介、コラムなどを掲載します。
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[2001年1月1日] 『イデオロギーの崇高な対象』紹介文(前半および後半)。初出:オンライン書店bk1人文サイト
イデオロギーの崇高な対象
スラヴォイ・ジジェク=著 鈴木晶=訳
河出書房新社、2000.12、本体3200円、20cm、353p、4-309-24233-2
■現代社会に潜むイデオロギーを痛烈に批判した闘争宣言の書!
●ヘーゲル再評価と、ラカン流のイデオロギー理論
その知的テンションの高さでドゥルーズ/ガタリ以後もっとも注目されてきたスロヴェニアの思想家スラヴォイ・ジジェク(1949-)による、理論的出発点にして主著の待望の邦訳。浅田彰氏の導入によって、『批評空間』誌第T期に連載されて初めて以来、九年ぶりの完訳単行本である。
本書は、ラカンの精神分析の諸概念をあらゆる社会分析に適応した、イデオロギー批判の書だ。かつてない明晰さを備えた優れたラカン入門としても読めるが、それ以上に次の二点が特筆に価する。まず、体系的にラカン理論を政治哲学に適応することによって俗流マルクス主義を超えた点、そして、ポスト・マルクス主義の先駆者かつシニフィアンの理論家としてヘーゲルをまったく新しい視座から積極的に再評価した点である。ちなみに90年代の日本におけるヘーゲルの新訳ブームと、ジジェクに見られるようなヘーゲル再評価は無関係である。
俗流マルクス主義からは形而上学的すぎると切って捨てられ、あるいはコジェーヴ流の読解によって予言者として誇大評価されたヘーゲルが、むしろマルクス主義には欲望への洞察力を取り戻させ、ポスト・マルクス主義を標榜する新しい流れには強力な論拠を与えるのである。この本を読めば、まさにヘーゲルはマルクス主義をすでに乗り越え、ラカン理論を準備した、と積極的に解釈できる気がしてくる。ジジェク自身は本書冒頭で「一種の『ヘーゲルへ帰れ』を達成する」と戦略的に宣言している。とは言え、理論的中枢は明らかにラカンから派生したものだ。ジジェクが学んだのはラカンの娘婿にして唯一正統な後継者、ジャック-アラン・ミレールのもとである。
●ジジェクの論戦的戦略には恐るべき勢いがある
しかし、ジジェクのインパクトはそうした効果的な錯覚を与えるところにあるのではない。そうではなく、現代社会における様々なイデオロギー的状況と人間の生きざまの真実を理解する方途および批判する武器を、これでもかというほど豊富に与えてくれるところにある。いたずらに難解と評されてきたラカンやヘーゲルの思想は、続々と引かれる多様な例証によってくまなく解説されていく。
シェイクスピアからヒッチコック、『エイリアン』まで。古典文学からオペラ、民話からSF小説、映画からアニメ、ファミコンに至るまで文化の諸表象が引き合いに出され、いやがおうでも納得してしまう。ジジェクの盟友であるジュディス・バトラーの証言によれば、彼はあるとき四時間ぶっ続けでよどみなく彼自身の理論について講義したほどで、実際彼ほど雄弁な知識人もそういない。母国では政治家としても絶大な影響力を持っているとも聞く。
ジジェクとその盟友である通称「スロヴェニア・ラカン派」は、1980年代よりフランスやドイツのみならず、英米のアカデミズムにもその影響力を及ぼしつつある。リュブリャナ大学を拠点としながら、彼らは雑誌や叢書の編纂を通じて精力的に西洋アカデミズムを横断していく。ジジェクを筆頭として、M・ドラール、M・ボジョヴィッチ、R・サレクル、R・リーハ、A・ズパンチッチらの活躍が目立つ。
本書の表題はルイス・ブニュエルの映画『欲望の曖昧な対象』をもじったものでもあり、実際彼はシネマ・スタディーズの第一人者であるとも言えるが、今や全世界的に勢力が拡大されてきたカルチュラル・スタディーズ(CS)の思想家たちとジジェクはややスタンスが異なる。イギリスにおけるCSの代表格スチュアート・ホールに比べ、ジジェクは冷徹な皮肉屋であり、むしろそのテイストはドイツのペーター・スローターダイクに近い。
いや、もっと正確に言えば、ジジェクは現代思想の諸潮流から超然と屹立し、どの陣営へも容赦ない批判を浴びせているのだ(1999年にVerso社から刊行された"The
Ticklish Subject"、2000年同社刊のキリスト教批判/再評価の書"Fragile
Absolute"を参照)。自らを「オールド・ファッションの左翼」と表現する彼は、明晰な啓蒙主義と論理展開の合理性を追求するという点では、確かに古き良きカノン(規範)に従っていると言えるが、むしろそのスタイルは、古いものから新しいものまで貪欲に取り入れる広範な関心と相俟って、時代を先取りしてさえいる。彼が再び見いだしたヘーゲルのように、だ。
参考文献
『為すところを知らざればなり』ジジェク著、みすず書房、1996年11月
原著は1991年にVerso社より刊行。
『否定的なもののもとへの滞留』ジジェク著、太田出版、1998年4月
原著は1993年にDuke University Pressより刊行。
『幻想の感染』ジジェク著、青土社、1999年12月
原著は1997年にVerso社より刊行。
『ポスト・マルクス主義と政治』ラクラウ+ムフ著、大村書店、初版1990年/新装版2000年3月
ジジェク曰く、この本がジジェクの論考のきっかけになった、と。ラクラウはジジェクとバトラーとともに2000年に共著『偶然性・ヘゲモニー・普遍性』をVerso社から上梓している。
『精神現象学』ヘーゲル著、作品社、1998年3月
ジジェクが言及しているヘーゲルの主体論や絶対知、差異の理論についてはまずはこの一冊を読んでみる。次に『大論理学』全3巻(以文社)を。
『エクリ』全3巻、ラカン著、弘文堂、1972年/1977年/1981年
本訳業については難読すぎるゆえか不信任を突きつける人も多いのだが、ともかくは手にとって見ることが重要。なおミレール編集のラカンの一連のセミネールは岩波書店から逐次刊行されてきている。
■ジジェクは読者の拠って立つ足場を瓦解させ、新しい「私たち」を目覚めさせる
●ジジェクと東浩紀の対立的対照性
本書での身振りのひとつには、宮台真司氏の「終わりなき日常を生きろ」というメッセージとの共通性を感じさせる、「社会的空想を生き抜け」というものがある。空想を生き抜くとは、社会の様々な約束事の虚構性を見破り、なおかつその虚構によって自分が生かされている矛盾を知れ、ということである。ラカン派精神分析はあらゆる真理のかわりに不可知の他者の欲望と無を置くが、その是非はともかく、人間の依って立つ常識のヴェールを剥ぎ、自分の本当の顔(それは無なのだ)へと直面する恐ろしさを生き抜け、とジジェクは言っているのだともとれる。無と言ってもこれはサルトル流の実存主義ではなく、崇高なる何でもないもの、何かしらの影である。
ジジェクを日本に導入した立役者と言える浅田彰氏をして「私の『構造と力』がとうとう過去のものとなったと認め」させた東浩紀氏(1971-)の活躍と、ジジェクの影響力との並行関係には興味深いものがある。一瞥すると、ジジェクによるラカンの「欲望のグラフ」の利用や、クリプキへの言及、サブカルチャーという参照項、明解な論理的合理性の追求は、東氏の『存在論的、郵便的』においてもその形式的類型が見られるように感じなくもない。
しかし本人も断言しているように、東氏が目指したのはむしろジジェクの議論への一貫した批判であり、ジジェクに首肯しかねる読者はあるいは東氏の著作群に大いに啓発されるだろう。明確な係争点はデリダ読解にある。ジジェクが「ポスト構造主義」に対して批判の矢を向ける時、そこにはデリダの名前も含まれている。現に本訳書第V部ではデリダ批判が展開されるのだが、むしろ東氏はデリダ理解の平板化を避け、ジジェクのニヒリズム的戦略と対立している。その意味で、ジジェクの本訳書を読めば、東氏の『存在論的、郵便的』をはじめとする著作群の意義は、いっそう明確に見えてくるだろう。
好対照をなすという意味で付け加えると、アラン・バディウ(1937-)による1982年の『主体の理論』(スイユ社、未邦訳)という、ラカン以後の主体論をヘーゲル哲学を踏まえつつ政治哲学的に総括した格好の書物がある。ラカン理論の応用をめぐってジジェクはきっぱりとバディウの「真理の政治学」とは袂を分かつのだが("The
Ticklish Subject" 1999, Versoを参照)、1997年に聖パウロ論を上梓し普遍的単独性の条件を追究しているバディウのスタンスは、とりわけ議論の参考になるだろう。
●ラクラウの評価とジジェクの今後
本訳書では収録されていないが、ジジェクが共感をもって名前を挙げている二人のポスト・マルクス主義者エルネスト・ラクラウとシャンタル・ムフのうち、ラクラウの序文が原著には付されている。ラクラウはジジェクによる「ラカン理論とポスト構造主義の分離」やヘーゲル読解について留保しつつも、本書をポスト・マルクス主義時代における民主社会主義の、政治的企図をめぐる諸問題に理論的展望を与えうる「基本書」であると賞讃している。東氏と同様、ラクラウとジジェクのギャップはデリダ評価にある。ラクラウは1996年の『様々な解放』(ヴァーソ社、未邦訳)においてローティやデリダの諸概念を彼の政治理論に積極的に取り入れている。一方ジジェクにとってデリダの主体性批判は「失敗作」なのだ。付言しておくと、東氏はラクラウのデリダ理解には距離を置いている(『存在論的、郵便的』169頁注30参照)。
そもそも本書『イデオロギーの崇高な対象』はラクラウとムフ女史の監修による叢書「フロネーシス(古代ギリシア語で「実践知」を意味する)」の一冊として1989年に刊行され、1999年には八刷まで重版されている。この八刷も間もなく在庫が切れるようで、難解な学術書としては異例の売行きだ。もはや古典とも呼ばれるべき書物であるが、鈴木晶氏の訳は、畳み掛けるようなジジェクの文章をよく写し取った日本語になっている。本書をあらゆる読者に向けて開いた立派な訳業だと言えよう。装丁はこれまでもジジェクの著書の装丁の多くを手がけてきた戸田ツトム氏によるもの。原著刊行以来十一星霜、この本は遅れてやってきた「事件」である。
なお、ジジェクの2001年の最新作として、Verso社から一月に"Did
Somebody Say Totalitarianism?"と、Routledge社から五月に"On
Belief"が近刊予告されている。こちらも楽しみだ。参考までにジジェクの既刊邦訳書を別途掲げておく。最初の邦訳書『ヒッチコックによるラカン』1994年刊は発行元のトレヴィル及び発売元のリブロポートの廃業により、現在は入手できない(トレヴィルはその後「エディシオン・トレヴィル」として新生し、河出書房新社を発売元に出版活動を再開している)。
参考文献
『仮想化しきれない残余』ジジェク著、青土社、1997年10月
原著は1996年にVerso社より刊行。
『快楽の転移』ジジェク著、青土社、1996年1月
原著は1994年にVerso社より刊行。
『斜めから見る』ジジェク著、青土社、1995年6月
原著は1992年にMIT Pressより刊行。
『存在論的、郵便的』東浩紀著、新潮社、1998年10月
否定神学のニヒリズムを打ち破り、デリダ「脱構築」概念の可能性の諸相を開く果敢な試み。日本でジジェクとの格闘をもっとも真摯に展開した(ている)のはほかならぬ氏であろう。
『主体の後に誰が来るのか?』ナンシー編、現代企画室、1996年3月
現代フランス思想における「主体性の批判」とは何だろうか? なぜ主体性が批判されるのか? 斯界を代表する錚々たる思想家たちが寄稿した論文集(初版は1988年の英語版、底本は1989年の仏語版)の邦訳。必携。寄稿者:ナンシー、バディウ、バリバール、ブランショ、ジャコブセン、クルティーヌ、ドゥルーズ、デリダ、デコンブ、グラネル、アンリ、ラクー=ラバルト、リオタール、マリオン、ランシエール。
[2001年01月14日] 『市民権の哲学』紹介文(3部構成)。初出:オンライン書店bk1人文サイト
市民権の哲学 民主主義における文化と政治
エティエンヌ・バリバール=著、松葉祥一=訳
青土社、2000.10、本体2600円、20cm、261p、4-7917-5846-3
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●バリバールの最新評論集が邦訳された!
現代フランスを代表するコミュニズム系理論家にして活動家の、1998年に刊行された最新評論集が邦訳された。移民問題に象徴される、国家による他者排除の原理を徹底して批判し、国家横断的な「開かれた市民権」の構築へ寄与するべく、様々な議論を提出している。バリバール単独著としては、5冊目の邦訳となり、共著も含めると9冊目になろうか(書誌情報は末尾に記す)。そもそも日本におけるバリバールの受容には一種特異な経過があった。アルチュセールの若き弟子として60年代半ばに華々しくデビューしたエティエンヌ・バリバールは70年代に入って次々と著書をまとめ、その一部はほぼ同時代的に新評論から立て続けに邦訳されていた。しかしながら80年代に入り、日本ではふっつりと邦訳書が途切れる。雑誌に掲載された邦訳論文を除き、その後約15年もの「沈黙」を経ることになるのだ。
●バリバールへの無関心とマルクスの再発見
バリバール自身も、論文はともかく80年代にはほとんど著書を刊行していない。そうこうするうちに新評論から刊行された2点の既刊も品切れになり、書籍の市場からバリバールの名前が消えた。これは師匠のアルチュセールにおいてもほぼ同様のことが言える。ようやく90年代に入り、ぽつぽつと邦訳書が再び出始め、並行して『批評空間』誌が定期的にアルチュセールやバリバールを取り上げた。ほかならぬ新評論から独立して藤原書店を起こした藤原良雄氏の尽力でこの二人の新刊も出た。しかしなにより、近年のバリバールの政治的・理論的スタンスを知るためには、今回邦訳された『市民権の哲学』をひもとくにしくはない。学生運動後の一時期の日本におけるバリバールやアルチュセールへの等閑視は、政治哲学への当時の読者の無関心と結び付いている。ベルリンの壁が崩れ、ソ連が解体して、はじめてマルクス主義哲学は注目され直したのである。
●アルチュセーリアンとしてのバリバール
1942年生まれの彼のキャリアの最初は、今世紀におけるマルクス読解の転回点をなした古典『資本論を読む』(初版:ちくま学芸文庫、全3巻。改訂新版:合同出版)を、師であるルイ・アルチュセール(1918−1990)らとともに出版した1965年である。バリバールは弱冠23歳だった。3年後に刊行された改訂新版では、先輩のランシエール、マシュレイ、エスタブレの論文は割愛され、一巻本として、アルチュセールとバリバールの論考だけが残されている。一面から言えばそれほどまでに嘱望された彼であったが、アルチュセール門下としてのプレッシャーは、師が自身の妻を絞殺して精神病院に入り、やがて自伝を残して死ぬまで続いたのかもしれない。バリバールによる『ルイ・アルチュセール』(藤原書店)は、ヤン・ムーリエ-ブータン(1949−)の『アルチュセール伝』(筑摩書房)と並んで、この数奇なマルクス主義哲学者を知る必読のモノグラフィになっている。
参考文献
『資本論を読む』合同出版、初版1974年、改装版1982年
原著1968年。アルチュセールとバリバールの論文だけを残した改訂新版。ここからマルクス読解の新時代に入った、画期的な「現代の古典」。
『資本論を読む(上中下)』ちくま学芸文庫、1996−1997年
原著1965年。まぼろしの原著初版の完訳。大著がいきなりの文庫化でハンディに求められるのはうれしい。
『マルクスの哲学』法政大学出版局、1995年
原著1993年刊。小著ながら、よくまとまっている。アルチュセール派文献の基本書。
『ルイ・アルチュセール』藤原書店、1994年
原著1991年刊。一番弟子による理論的評伝の決定版。
ムーリエ-ブータン『アルチュセール伝』筑摩書房、1998年
原著1992年刊。詳細な伝記の第1部。1918−1956年までを解説。原著でも第2部以降は刊行されていない。
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●アルチュセール入院から死去までのバリバールとスピノザ・ブーム
バリバールは、アルチュセールが入院していた80年代の10年間に、単独著ではわずか1冊しか上梓していない。『スピノザと政治的なもの』(1985年、未邦訳)がそれである。当時フランスに亡命していたイタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ(1933−)の貢献もあって、フランスではスピノザ・ブームがあった。はじめに、冤罪によって獄中にあったネグリは1981年に高名なスピノザ論『野生の異例性』(水声社より邦訳刊行予定)を出した。その翌年には、ドゥルーズやマシュレイ、アレクサンドル・マトゥロンが序文を寄せたフランス語訳が出ている。そしてその更に翌年、ネグリはフランスへ亡命する。アルチュセールやムーリエ-ブータンらとともにバリバールはかねてからネグリに注目していたはずだし、『野生の異例性』を訳したフランソワ・マトゥロンとともに、ネグリの『構成的権力』(松籟社。初版:伊:1992年、改訂版:仏:1997年)を仏訳したのはほかならぬバリバールである。付言すれば、80年代初頭のスピノザ・ブームに先立つこと十年、ドゥルーズは1969年に『スピノザと表現の問題』(法政大学出版局)を、1970年には『スピノザ』(平凡社)を刊行しており、後者の改訂版が刊行される1981年当時はパリ大学ヴァンセンヌ校で長らくスピノザ講義を続けていた。ネグリはドゥルーズの影響を受けており、ドゥルーズの弟子筋にあたるエリック・アリエズ(1957−)は1981年に『クリティーク』誌8-9月号で『マルクスを超えるスピノザ』という象徴的な論文を発表した。ネグリが監獄に繋がれる直前にフランスで講義し刊行した『マルクスを超えるマルクス』(伊仏:1979年、未邦訳)を経て、スピノザを再発見する道程を見届けての、当時少壮の哲学徒アリエズの発言であろう。
●90年代のフランス現代思想とアルチュセール死後のバリバール
アルチュセールの死後、バリバールの著書はふたたび盛んに刊行されはじめた。偉大な師匠の呪縛からまるで解き放たれたかのように。乱暴に要約すれば、70年代のバリバールはアルチュセール理論を先鋭化させていった「使徒の時代」にあった。80年代はネグリやスピノザと「出会い」、アルチュセールとの距離に悩んだ過渡期だったろう。1988年には世界システム論の雄イマニュエル・ウォーラーステインとの共著『人種・国民・階級』(大村書店)を英語圏で刊行しており、90年代のバリバールの思考の核となるトピックがここではすでに現れている。1990年、アルチュセール死去。90年代はバリバールが理論的アクティヴィストとして世界的に旺盛に活躍する時代であり、そのエッセンスを示すのが、1998年の『市民権の哲学』である。
●『市民権の哲学』におけるバリバールの理論的実践
まず本書は現代フランスにおける「いま・ここ」の情況のただなかにおける政治の再発明であり、理論的実践であることを強調しよう。つまり読む側の私たちとしては、単純に本書の議論を日本に平行的に持ち込むつもりで読むことは避けるべきである。国民が国家へ従属することによってはじめて市民権を享受することができる「国民国家システム」は、フーコーならバイオパワー(生-権力)と呼んだであろうものとこんにち結合している。市民生活をコントロールするこの生-権力とは、福祉や厚生などの国家政策のネガティヴな側面のことである。国民生活を統御する政策と、他者を排除する国民国家システムの結合を、バリバールは「国民社会国家」と呼ぶ。これが現代社会の特徴であり、バリバールの批判的戦略はそこへ「社会的対立」の再構築を持ち込むことだ。
参考文献
『人種・国民・階級』大村書店、初版1995年、新装板1997年
原著1988年刊。世界システム論の代表的論客イマニュエル・ウォーラーステインとの共著。
『主体の後に誰がくるのか?』現代企画室、1996年
原著1989年刊。バリバールは『市民主体』という論文(松葉祥一=訳)を寄稿している。
ネグリ『構成的権力』
原著初版1992年刊、仏語版1997年刊。ネグリのライフワーク。多数性(ミュルティチュード)の概念を武器に、集団的解放の戦略を練り上げた未聞の政治哲学。
ドゥルーズ『スピノザと表現の問題』法政大学出版局、1991年
原著1969年刊。ネグリやバリバールらの後進に多大な影響を与えた、スピノザ・ルネサンス先駆の書。
ドゥルーズ『スピノザ』平凡社、1994年
原著初版1970年刊、改訂新版1981年刊。簡潔な小著ながら、死せる犬として冷遇されてきたスピノザを政治的実践の思想家として捕らえなおす、現代フランスにおけるスピノザ研究の転回点をなした基本書。
フーコー『性の歴史(1)知への意志』新潮社、1986年
原著1976年刊。フーコー晩年の主著3部作の第1部。生-権力と生-政治(バイオポリティクス)を論じたのは本書第5章。フーコーは1978−1979年のコレージュ・ド・フランスの講義でも『生-政治の誕生』と題して授業を行っていた。1970年−1982年に至る一連の講義録は、現在フランスで刊行中である。
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●危機の増大と市民的抵抗の哲学
「社会的対立」の再構築とは、市民にとって本当の敵とは何なのかを見極めることであろう。こんにちの社会運動や新しき階級闘争とは、古き労使対立の構図を蒸し返すことではなく、ヒステリー化しつつある国家のアイデンティティへの統合力に対する、市民的抵抗と自律的コントロールの再構築にほかならない。国民的同一性を確保し享受する虚構の安心感のために、移民や外国人は生贄にされ、法的保護の外へほうり出される。しかし潜在的には国民は誰もが排斥されうる他者ではないのか? 私たちは同一性による統合によっても、差異による分断によっても脅かされているのではないか? そしてグローバル化する資本主義によってますますその不安と脅威は増大しているのではないか? 日本でもお仕着せの同一性神話で公共性を議論する歴史修正主義者や、「三国人」発言を撤回しない都知事、失言を繰り返す首相らが、そうした象徴として現れ始めているのではないか?
●グローバル化時代における普遍主義の再検討
資本主義の世界化の加速的進展においては、バリバールの唱える「国境の民主化」や、「国家横断的な開かれた市民権」の創設は、不可避的な問題として議論されねばならないだろう。そしてその際には、同じ西側先進諸国でも、理想の旗印は微妙に違ってくるだろう。例えばアメリカでは、ポール・ギルロイやジョン・トムリンソンらが開かれた市民権を議論するとしたら、彼らは「世界市民主義(コスモポリタニズム)」の可能性を掲げるだろう。一方、バリバールはアメリカ的帝国主義の覇権を厭う心情もあって、むしろ「反コスモポリタニズム」を述べるのだ。あるいはこれは「反多文化主義」としても言い表されるのだが、これは決して時代錯誤を目指しているのではない。バリバールはむしろ普遍主義を支持してさえいるし、彼の政治哲学の中心概念のひとつ「平由(エガリベルテ。平等かつ自由)」という造語にも、その理想は明らかである。ただ彼は一国覇権的な、新たな帝国主義的世界統合には反対する、と言っているのである。
●バリバールの鋭敏な現場感覚に学ぶ
そうしたバリバールの現場感覚こそ、私たちが学ぶべきものである。かつてアルチュセールが反ヒューマニズムという言葉でマルクス主義を叙情化する傾向に抵抗した折に、有り難がって日本でもそれをオウム返し口ずさんで信奉することが、この国ではとんでもない勘違いになりかねなかったように、私たちの生活する日本で、反コスモポリタニズムや反多文化主義の看板だけをもてあそぶのはナンセンスである。アメリカ化しつつある日本はバリバールの述語に込められた皮肉をじっくりかみしめる必要がある。しかしおそらく必要なのは、世界市民主義を戦時の反省を込めて再構築することであり、単一民族神話を複数の日本像へと開いていくことであり、差異を捨てて同一性のみを追求することでも、その逆でもない。その意味で、「書を捨てて街へ出る」のではなく、書を携え、生活の場へと議論を再びほうりこみつつ、街のそこかしこに書物が提起した問題系が再発見されることを予測して、本書は生まれたのである。あらゆる課題の困難さにもかかわらず、読んでみようという意欲があれば、本書の出自を吟味し応用する自由は平等に読者に用意されている。
※現在入手可能なバリバールの邦訳書は各ページの下欄に掲げた通り。入手できないのは、次の2点である:『プロレタリア独裁とは何か』加藤晴久=訳、新評論、1978年。『史的唯物論研究』今村仁司=訳、新評論、1979年。何とか再版してほしいものだ。
参考文献
トムリンソン『グローバリゼーション』青土社、2000年
原著1999年刊。『文化帝国主義』(原著1991年刊、邦訳1993年青土社刊)に続く第2弾。社会学、政治学、経済学、人類学、カルチュラル・スタディーズなど、各方面のグローバリゼーション理論を平易に紹介し総括した、格好の入門書。
シェレール『歓待のユートピア』現代企画室、1996年
原著1993年刊。フーリエ研究の第一人者による待望の単行本初訳。古代ギリシア・ローマの悲劇や歴史書から、カント、フーリエ、プルードンの思想書を経て、フローベール、ジュネ、クロソウスキー、パゾリーニの文学書に至る、他者=客をもてなす「歓待」の概念を走査し蘇らせた力強いマニフェスト。必読。
シェレール『ノマドのユートピア』松籟社、1996年
原著1996年刊。ユートピアを再定義し、団の共同体を構想する鮮やかな論文集。フーリエのユートピア論(『愛の新世界』)と、ドゥルーズ+ガタリのノマドロジーの影響のもとに、歓待性の原理を転回する。盟友オッカンガムに捧げられた文章が美しい。
デリダ『歓待について』産業図書、1999年
原著1997年刊。少壮の哲学者アンヌ・デュフールマンテル(1964−)の招待にデリダが応答する、という形式をとった歓待論。もともとは1996年1月に行われたデリダのゼミナールの2日分の原稿だった。ソフォクレス悲劇『オイディプス3部作』とテレコミュニケーション、ソクラテス裁判とミッテラン葬儀のテレビ中継などを論じつつ、西洋において「歓待」とは何であったか、そして現代において何でありうるかを考察。
ドゥボール『スペクタクルの社会についての注解』現代思潮新社、2000年
原著1988年刊。資本主義によって惑星規模に達した、「社会のスペクタクル(見世物)化」を痛烈に批判した高著。1967年の『スペクタクルの社会』(平凡社、現在品切)から20年を経た晩年に刊行されており、20世紀後半の世界の状況へ果敢に介入する戦闘的理論書として名高い。
アガンベン『人権の彼方に』以文社、2000年
原著1996年刊。イタリア現代哲学を代表する、世界的に著名な思想家の政治哲学のエッセンスをちりばめたノート。現代人の庇護されざる裸形の生から説き起こす、来たるべき倫理学の構築。
(c) 2001 Hiroshi Kobayashi
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