notes on the sand... or a Critique of Cultural Politics. book reviews and columns by Hiroshi Kobayashi.
人文書ライター小林浩が書いた書評記事、新刊紹介、コラムなどを掲載します。
[ ]内はテキストが書かれた日付あるいは改定日を表しています。刊行前のゲラをもとに書かれた記事もあります。
[2001年03月05日] 『リマーク』紹介文。初出:オンライン書店bk1人文サイト
REMARK 01 Oct.1997〜28 Jan.2000
池田晶子=著
双葉社、2001.02、本体1600円、20cm、202p、4-575-29195-1
注目の哲学者による「謎の思索日誌」がついに公開された。もともとは学生の頃から書き溜められていた思索ノートが「リマーク」と呼ばれ、著者が敬愛している埴谷雄高氏との対談中でその存在が明かされていた。気鋭の若手としてデビューし、書いたものが次々に書物になっていく途上で日誌は中断され、古いノートは依然ヴェールに包まれたままだった。しかしひそかに再開されたノートが、『小説推理』誌1998年1月号から2000年4月号において連載されていたのだ。恐らく以前のものを含めて膨大な量になると思われる断章群のほんの片鱗が、ここであらわになったわけである。存在そのものに迫る、とされたその断章群は、理性では追いきれない数々の哲学的難問が潜んでいる大迷宮である。澄み渡った「狂気」の吹き抜けとも言うべきその道程は、ハイデガーの「存在論」や埴谷の「虚体論」を向こうに、オリジナルな「魂体論」へとついにたどり着く。いっぽう、自身の疑問にたびたび差し挟まれる「一人ボヤキ」や「一人ツッコミ」は爆笑を誘うだろう。「美人哲学者」と言われてきた著者が「あたしなんかとっくに化け物よ」と書いた後に「うるさいわねえ」と付け加えるくだりなど、耳元間近で独語されるが如き戦慄を覚えずにいられようか。この本は何冊も買うのが正しい。一見して非日常的な思考は実は驚くほど身近な、背中合わせの問いである。一冊は書き込み用にし、もう一冊は外出時に常に携帯して日向で暗黒を覗き込むために、さらに数冊はベランダで洗濯の途中に開いたり、洗面所の鏡の前に見開きで置いたり、この際トイレに本棚を作って読んだりするのもいい。繰り返し読める本である。
【未公開草稿およびbk1編集者への私信的感想文抄】
ついに出た。出てしまった。パンドラの箱が開く。『小説推理』誌1998年1月号から2000年4月号に連載された謎の思索日誌「リマーク」がついに刊行された。もともとこの日誌じたいはすでに著者が20代の頃、かの形而上学小説『死霊』の著者である埴谷雄高氏との対談において、学生の頃から書き溜めてきたものとして、その存在がほのめかされていた。特異な埴谷論『オン!』以来、著者は数々の哲学書を発表してきたが、ようやくこの「存在そのものに迫る」謎の思索日誌はその片鱗をあらわにしたのである。恐らく膨大な断章からなるそのノートのうちのほんの一部分かもしれないが、パンドラの箱の中を覗くには十分な、恐るべきイントロダクションである。
「存在そのものに迫る」とはつまり、「私」が何者であるか、という問いのフタとソコが抜けた無限問いである。頭のフタが開き、大地のソコが抜ける。いわば吹き抜けの「狂域」である。一個の迷宮である本書において論理を辿ろうとするのは余計に踏み迷うもとだ。日付だけが打たれた空白のままのページは、浮上する文字列を紙一重で隠している。群島のように出現するテクストには句点がない。句点の不在は白く光る紙に滲んでいくテクストの「開け」なのだ。
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面白い。くだらない。これぞ「アホ」になる勇気のある素朴な哲学者。この人は学生時代からこの「リマーク」という自分の思索日誌を書いていて、うら若き大学院生の頃、埴谷雄高論を書いて某社の編集者に「酷評」された後、埴谷氏本人に原稿を見せたら大受けして、それで物書きの道を歩みはじめた、という経過なんですって。有名な話だそうだけれど。
で、私は当時そのうら若き美人(本当に20代の頃は美人だったんだよ)の写真を眺めながら、埴谷氏に気に入ってもらえるなんて!と驚愕したし、嫉妬したのでした(私は最晩年のこの大作家に三度お会いしに行きましたけれど、いい思い出です)。
その後この池田さんがどうなるのかな、と思っていたら、いわゆる哲学者のままユニークな本をバンバン出し始めて、読み物として売れていく売れっ子になったのね。中島義道氏とか、土屋賢司氏(字これでいいんだっけ)みたいに。でも、中島氏とか土屋氏とかと違うのは、この女性、シャーマンというか魔女なんだよね。あんなに美人さんだったのに、今じゃあ写真とか見るとさ、目がいっちゃってる世捨て人なわけ。宇宙人。
彼女が学生の頃から日記のように膨大に書き綴っていた『リマーク』は、物書きになってから中断していたんだって。だって書いていく端から本になっちゃうんだからね。それが「小説推理」っていう雑誌?の編集者から「もう一回再開したら」と薦められて、それで書き始めて、それを連載したものが今回の1冊にまとまったわけ。正直言って「小説推理」?とかに連載していたなんてぜーんぜん知らなかった。池田さんの読者で知らない人、多いんじゃないかな。
その待望の『リマーク』の一部がとうとう出たッて思って買ったわけ。そうしたらさ、頭のフタが開いてるんだよ、自分でもそう書いてるの。自分でボケとツッコミを両方やるんだよ。
いろいろ思索がねじくれた後「当たり前じゃない」とか「笑ってはいけない」とか自分で何を言ってるのか、混乱している。謎のままにぷかぷか浮いている自分を楽しんでいるわけ。「私なんかとっくに化け物よ」と書いた後に「うるさいわねえ」とツッコむ。尋常じゃない。
ところがこの人の尋常じゃないところは、いわゆる論理を超えていて、古代ギリシャの哲学者と図らずも共振するわけ。最近ちくま学芸文庫から出ている「ギリシア哲学者科学断片集」(正確なタイトルじゃなくてごめん)とか、岩波の「ソクラテス以前哲学者断片集」シリーズとか、実は関係が深いんですよ。作家の埴谷氏が岩波のやつの「月報」を書いている。氏はギリシア哲学に造詣が深かったんだね。で、池田氏もそうなの。
現代哲学の中軸となっているハイデガー哲学(いわゆる存在論ね)とも微妙な対峙関係にあって、埴谷氏は「虚体」論を標榜し、池田氏は「リマーク」でついに「魂体論」を言い出す。良く売れている『論理トレーニング』の野矢氏とか『論理学入門』の三浦氏などにすればメチャクチャな理論展開できわめて「反時代的」なのだけれど、なぜこんなにも池田氏は馬鹿馬鹿しくも面白いのか。
長々と書いてしまいましたが、池田氏の「リマーク」は哲学コーナーで中核的な本になると思います。今、「リマーク註解」とも言うべき『釈リマーク』(ハーフの名前みたい)のメモ書きを寸暇に作成しています。どうやって連載に取り込もうか思案中です。
馬鹿馬鹿しさに耐えうる人、「どことなく日常に切迫感のある」閑人におすすめです、『リマーク』おそるべし。
[2001年04月10日] 『空間の生産』紹介文。初出:オンライン書店bk1人文サイト。
空間の生産 (社会学の思想5)
アンリ・ルフェーヴル=著 斎藤日出治=訳/解説
青木書店、2000.09、本体7500円、22cm、647, 22p、4-250-20024-8
●ルフェーヴルの主著ついに邦訳なる!
20世紀フランスにおけるマルクス主義社会思想家の巨星アンリ・ルフェーヴル(1901-1991)の再評価が年々高まりつつあるさなかに、彼の晩年の主著であり、生涯にわたって改訂が続けられた『空間の生産』がついに邦訳された。邦訳および解説は、近年『国家を越える市民社会』(現代企画室、1998年)や『ノマドの時代[増補版]』(大村書店、1999年)などの著書が話題を呼んだ、大阪産業大学の斎藤日出治教授による。
●1970年前後のルフェーヴル・ブーム
フランス本国での著者のキャリアは1920年代からおおよそ65年間もの長きにわたる。日本では60年代、70年代の学生運動前後をピークに、これまでに邦訳が30点以上刊行されており、主著である『総和と余剰』やライフワーク『日常生活批判』(第3巻のみ未訳)など、精力的に邦訳されてきた。80年代に入ってから紹介が途切れたのは、マルクス主義の退潮とバブル期に至るニューアカデミズムの台頭が影響したろうか。
●マルクス『資本論』の書き直し
今回じつに21年ぶりの邦訳となる『空間の生産』は、原書では1974年に出版され、1981年、1986年、2000年と版を重ねてきた。邦訳の底本となったのは2000年の最新版(第4版)だ。本書におけるルフェーヴルの狙いは端的に言って、マルクスの『資本論』を書き直すことであろう。空間とはいわゆる物理学的なそれではなく、社会空間である。生産様式や社会的諸関係に取って代わり、この社会空間が分析される。
●カルチュラル・スタディーズの先駆
ルフェーヴルは、知と権力が結託して日常生活を均質化し断片化する、「抽象空間」による統御への抵抗を論じ、空間の生産および再生産が孕む矛盾と差異を明らかにする。彼の手法は90年代に入り、カルチュラル・スタディーズの理論的支柱として積極的に迎えられた。『希望の空間』のデイヴィッド・ハーヴェイや、『ポストメトロポリス』のエドワード・ソジャといった地理社会学の第一線の学者たちの先駆として、再評価の機運は高い。
●ルフェーヴル再評価のきっかけに
かつて邦訳されたルフェーヴルの著書はそのほとんどが現在入手できないが、マルクスの政治経済学批判を刷新するその瑞々しい構想は、日本でも本書をきっかけに間違いなく見直されていくだろう。本書も含まれる青木書店の魅力的なシリーズ「社会学の思想」はいずれも名著高著の必読書ばかりだが、先に挙げたハーヴェイの『ポストモダニティの条件』もその既刊の一冊である。今後の展開に期待したい。
アンリ・ルフェーヴルHenri Lefebvre(1901-1991)邦訳書リスト ※単独著のみ
1952年3月『マルクス主義』竹内良知=訳、白水社(文庫クセジュ25)
改訳新版:1968年1月、白水社、ISBN:4560050252
原著 Le Marxisme.
1953年11月『デカルト』服部英次郎+青木靖三=訳、岩波書店(岩波現代叢書)
原著 Descartes.
1953年4月『弁証法的唯物論』本田喜代治=訳、新評論社
原著 Le materialisme dialectique.
1954年12月『パスカル』川俣晃自=訳、新評論社
原著:Pascal.
1955年5月『美学入門』多田道太郎=訳、野間宏=序文、理論社
再版:1968年2月、理論社
原著:Contribution a l'esthetique
1958年10月『マルクス主義の現実的諸問題』森本和夫=訳、現代思潮社
新版(第二版):1960年12月、現代思潮社
再版:1961年7月、1970年3月、1972年、現代思潮社
新装版:1975年6月、1996年1月、現代思潮社
原著:Problemes actuels du Marxisme
1959年7月『哲学者の危機(総和と余剰
第1部)』森本和夫=訳、 現代思潮社
新装改訂版:1960年4月、現代思潮社
原著 Crise du philosophe. (La somme et le reste. pt.1)
1960年4月『歴史の証人 (総和と余剰 第2部)』白井健三郎=訳、現代思潮社
原著: Le temoin.(La somme et le reste. pt.4)
新装改訂版(合本):1970年2月『哲学の危機(総和と余剰
第1)』白井健三郎+森本和夫=訳 、現代思潮社
ISBN:4-329-00075-X、本体価格1,800円
1960年5月『カール・マルクス:その思想形成史』吉田静一=訳、ミネルヴァ書房(社会科学選書22)
原著:Pour connaitre la pensee de Karl Marx.
1961年6月『哲学の契機(総和と余剰 第3部)』白井健三郎=訳、現代思潮社
原著 Le temoin.(La somme et le reste. pt.4) ←早稲田データ
1961年6月『疎外と人間(総和と余剰
第5部)』森本和夫=訳、現代思潮社
原著:L'inventaire.(La somme et le reste. pt.5)
1961年9月『マルクス主義者とは何か?(総和と余剰
第6部)』森本和夫=訳、現代思潮社
原著:Qu'est-ce que la philosophe?(La somme et le reste. pt.6)
1962年3月『わが思想の歩み(総和と余剰
第4部)』上下・全二巻、中村雄二郎=訳、現代思潮社、下巻1962年2月刊?
原著 L'itineraire.(La somme et le reste. pt.4)
1963年6月『レーニン:生涯と思想』大崎平八郎=訳、ミネルヴァ書房
原著:Pour connaitre la pensee de Lenine.
1967年10月『パリ・コミューン 上』河野健二+柴田朝子=訳、岩波書店
1968年4月『パリ・コミューン 下』河野健二+柴田朝子=訳、岩波書店
原著 La proclamation de la Commune.
1968年3月『日常生活批判:序説』田中仁彦=訳、現代思想社
新装版:1978年3月、現代思潮社
原著:Critique de la vie quotidienne.
1969年7月『都市への権利』森本和夫=訳、筑摩書房(筑摩叢書143)
原著:Le droit a la ville.
1969年7月『日常生活批判 第1』奥山秀美+松原雅典=訳、現代思潮社
原著:Critique de la vie quotidienne.
1969年11月『「五月革命」論:突入―ナンテールから絶頂へ』森本和夫=訳、筑摩書房
原著:L'irruption de Nanterre au sommet
1970年3月『現代世界における日常生活』森本和夫=訳、現代思潮社
原著:La vie quotidienne dans le monde moderne
1970年6月『日常生活批判 第2』奥山秀美=訳、現代思潮社
ISBN4-329-00087-3、本体価格1,400円
原著:Critique de la vie quotidienne
1970年『ひとつの立場』白井健三郎=訳、紀伊国屋書店
原著:Position : contre les technocrates
1970年7月『マルクスの社会学』山下淳志郎=訳、せりか書房
原著:Sociologie de Marx
1971年11月『言語と社会』広田昌義=訳、せりか書房
原著:Langage et la societe
1972年12月『現代への序説 上』宗左近+古田幸男=監訳、法政大学出版局(叢書ウニベルシタス41)
1973年8月『現代への序説 下』宗左近+古田幸男=監訳、法政大学出版局(叢書ウニベルシタス42)
原著:Introduction a la modernite
1974年10月『都市革命』今井成美=訳、晶文社
原著:La revolution urbaine.
1975年9月『形式論理学と弁証法論理学』中村秀吉+荒川幾男=訳、合同出版
原著:Logique formelle, logique dialectique. 2. ed.
1975年10月『空間と政治』今井成美=訳、晶文社
原著:Espace et politique
1976年2月『革命的ロマン主義』西川長夫+小西嘉幸=訳、福村出版(叢書ヌーヴェラージュ)
原著:Au-dela du structuralisme.の前半の抄訳
1977年4月『構造主義をこえて』西川長夫+中原新吾=訳、福村出版
原著:Au-dela du structuralisme.の後半の抄訳
1979年3月『太陽と十字架:ピレネー山脈』松原雅典=訳、未来社
ISBN:4-624-20026-8、本体価格:1,800円
原著:Pyrenees.
2000年9月『空間の生産』斎藤日出治=訳・解説、青木書店(社会学の思想5)
ISBN:4250200248、本体価格:7,500円
原著:Production de l'espace. 4e ed.
[リスト作成:小林浩 2001年4月10日現在]
(c) 2001 Hiroshi Kobayashi
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