Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics.  by Hiroshi Kobayashi


2001年6月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。※「人文レジ前」は2004年6月で連載を終了いたしました。

[2001年6月3日]

■糸井重里の絶妙な話術で思想界の巨人がすべてを語り尽くす

悪人正機 
Only is not lonely
吉本隆明著 朝日出版社 1200円 4-255-00091-3

肩の力をぬいて、下町生まれの77歳のお爺ちゃんの人生談義や世間話を聞くとはなしに聞く。頭の回転の速い人が話すような、まことしやかなウソ臭さなんてないし、年寄りの話の割には説教臭くない。吉本隆明という巨匠の金看板を忘れて読める親しみやすい本だ。「生きるって何だ?」から「お金って何だ?」まで全28章のエッセンス。どこから読んでも途中から読み直しても面白い。聞き手は糸井重里。「週刊プレイボーイ」連載が一冊になった。


■20世紀スペイン最大の哲学者が「狩り」と「人間」を語る好著

狩猟の哲学
オルテガ・イ・ガセー著 吉夏社 2200円 4-907758-07-3

主著『大衆の反逆』などの鋭利な現代文明批判によって広く世界中から親しまれてきたオルテガ(1983-1955)。彼は、友人の出版した趣味の狩りの本への寄稿を求められて序文を寄せた。その序文(とはいえ長い)が本書である。狩りは人間の原始的な「野性」であり、自然との結びつきである。その内面的野性が失われつつある今も、人間は非日常の解放を求めて狩りに出る。日本でもっとも大衆的な狩りと言えば「釣り」だが、オルテガは恋愛も一種のハンティングだととらえる。論文「渡り鳥の飛翔について」と講演「孤独なる狩猟」を併載。


■異貌の視覚=美術史とキリスト教神学の図像表現をめぐる力作

フラ・アンジェリコ
神秘神学と絵画表現
G.ディディ=ユベルマン著 平凡社 7000円 4-582-65204-2

卓越した美術史家であり、パリの社会科学高等研究院の助教授であるディディ=ユベルマン(1953-)による、『アウラ・ヒステリカ』(リブロポート、絶版)、『ジャコメッティ』(パルコ出版)に続く、待望の邦訳第三弾。「受胎告」などのフレスコ画で有名な15世紀フィレンツェの宗教画家フラ・アンジェリコの作品のうちに、いまだかつて美術史家たちがまっとうに取り合わなかった奇妙なまだら模様や大理石を擬した絵があることに着目した著者が、従来の絵画批評の方法論をなげうって、キリスト教的象徴画像の内面に広がるスコラ神学の心性世界を読み解いていく快心の力作。


***


[2001年6月10日]

◆ベイトソン=ミード夫妻がつづる人類学最高峰のフィールドワーク

バリ島人の性格:写真による分析
G・ベイトソン、マーガレット・ミード著 国文社

文化人類学史上、不朽の名著として敬愛されてきたあの本が、ついに邦訳された。『精神の生態学』で知られる脱領域の学者グレゴリー・ベイトソンと文化人類学の泰斗マーガレット・ミードの共同作で、新婚夫婦だった二人が1930年代後半にバリ島で三年間にわたり住民の暮らしと風習をフィールドワークした成果が満載されている。島民を活写した759枚におよぶ現地写真とキャプションはベイトソンによるものであり、描写的で的確な総論的分析論文はミードの手になる。いずれも事実に即して具体的に対象を捉えあるいは記述したもので、難解さはまったくない。学者本人たちのようにバリ島へのスピリチュアルな旅にのめりこめる、見て読んで楽しいお奨めの一冊だ。

※人類学者による写真集ならこちらも面白い→レヴィ=ストロース「ブラジルへの郷愁」みすず書房


◆西洋人画家たちが視覚化した18-19世紀の東南アジア像を綿密に分析

絵画に見る近代中国:西洋からの視線
W・シャング著 大修館書店

イギリスやオランダの使節団が清に向かった1700年代後半から1800年代に、情報収集のために同行した画家たちは、後世に「歴史画」と呼ばれる色彩豊かで写実的な風景画、人物画の数々を残した。広東、マカオ、香港などの南部沿岸部や、マラッカ、ペナン、シンガポールなどの東南アジアの港町を描いたエキゾティシズムにあふれる絵画の数々を、時代ごと地域ごとに比較分類し、そこから浮かび上がる当時の国際情勢や、西洋人の中国観や異文化理解を分析した本書は、歴史学と美術史研究を横断する興味深い本だ。リアリズムに徹しつつも絵の背景に流れる雲は西洋画そのもの。西洋画の技法を模して中国人画家が職業的に描いたものもある。色とりどりに美しいフルカラーの細やかな絵画に目をこらしつつ、著者による史実にかんするコメントを味わえば二倍の楽しさがある。

※オリエンタリズム(幻想的東洋像)研究の名著といえばこちら→E・サイード「オリエンタリズム」(上下)平凡社ライブラリー


◆医学的図像のセクシャリティをあばくフェミニスト科学史家の好著

セクシュアル・ヴィジョン:近代医科学におけるジェンダー図像学
L・ジョーダノヴァ著 白水社

近代絵画における「解剖の風景」や、解剖学用の蝋人形はどうして魅惑的に描かれつくられたのか。絵や人形に潜んでいるエロティシズムは作り手によってあらかじめ何かしら意図されたものではないのか。イギリスの卓越した科学史家であり、フェミニストである著者による代表的論考の、待望の本邦初訳。著者自ら本書を「学際的歴史研究」であるとしているように、近代医科学における性的身体像を検討しつつ、社会学的なジェンダー論と接合し、さらに図像学的検証が加わっている。比較文学研究者の大家エレイン・ショーウォーターも「創造性あふれる、卓越した一冊」とほめちぎった、女性表象文化史の批判的記述の試み。

※フェミニズム系科学史、お奨めの必読類書はこれ!→E・F・ケラー「ジェンダーと科学」工作舎


◆神話的古代から神学的中世を一挙に結ぶ「悪魔」研究の最重要書

古代悪魔学:サタンと闘争神話
N・フォーサイス著 法政大学出版局

これまでの比較神話学の巨匠たちの名著に並ぶ、骨太な驚くべき大冊が誕生した。ウラジミール・プロップの民話学的手法に触発され、ギルガメッシュ叙事詩からアウグスティヌスらの教父文書にいたる膨大な歴史資料をひもとき、人類の「古えよりの敵」としての悪魔像の淵源と変遷をたどった、伝説読解の壮大な挑戦である。ジョージ・スタイナーも絶賛した周到な研究者フォーサイスは、1944年に生まれ、スイスのローザンヌ大学教授をつとめるミルトン研究家であり、著書は今回が本邦初訳。地中海世界および中近東の悪魔伝承や聖典・教義書の丹念な読解のたまものによるものか、小説を読み進むようにスリリングに親しむことができる。神と悪魔の闘争に象徴される神話体系に興味のある読者には、またとない贈り物になるだろう。

※比較神話学の古典的名著といえばこちら→J・フレーザー「図説・金枝篇」東京書籍


◆マルクスとフロイト、アルチュセールとラカンを結びつける貴重な遺稿

フロイトとラカン
L・アルチュセール著 人文書院

戦後フランスにおいてマルクスのまったく新しい読解により世界に名をとどろかせ、1980年11月における突然な妻の絞殺事件後、十年間の精神的抑うつ状態を経て没したアルチュセール。その遺稿出版からの一冊は、マルクス主義と精神分析、イデオロギーと無意識、ディスクール理論についてめぐらした諸論考と、ラカンとアルチュセールの間で交わされた往復書簡を収載。「フロイトに帰れ」をスローガンとしたラカンによる従来のフロイト主義批判と、認識論的なフロイト再読解の姿勢に共感を寄せていたアルチュセールは、いかに精神分析を批判的に摂取しようとしていたか。アルチュセール研究のみならず、「構造主義」の旗手と目された巨匠二人のプライヴェートで微妙な交友の、貴重な時代的証言ともなっている。本書にかかわる様々な人物群が織り成す、フランス現代思想の相関的布置が浮かび上がるさまは非常に興味深い。

※アルチュセール遺稿集の全容は以下の通り。

「未来は長く続く(自伝)」河出書房新社より近刊予定。
「捕虜日記:XA収容所1940-1945年」邦訳未定。
「精神分析論集:フロイトとラカン」上掲書。
「哲学・政治著作集」全二巻、藤原書店、1999年。(2〜3日)
「フランカへの手紙:1961-1973年」藤原書店より近刊予定。

***


[2001年6月18日]

◆文壇きっての論客が明かす、超読書・超執筆術の極意

ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法
福田和也著 PHPソフトウェア・グループ PHP研究所(発売) 1250円 4-569-61676-3

オビに「究極の知的生産術!」とあるが、まさにその通りで、こんなにも親切でためになるハウツー本があったかというくらいの、超必読虎の巻の登場だ。本や情報の効率的な集め方と読み方に始まり、メモ術、取材術、整理術、文章の上達術というように、学校ではなぜかほとんど教わることのない実践方法が満載。これらを全部マネしても「福田和也」氏になれることはないが、実行すればかならずスキルアップできること請け合い。凡百のマニュアルというよりは、熟達のための「心得」と知りたい。こんなに手の内をバラしちゃっていいのか?!

※この人の蔵書術も面白い↓
西和彦「ITの未来を読む365冊+α」日経BP社


◆基本用語から最新成果まで1358項収録! 初の思想史辞典

日本思想史辞典
子安宣邦監修 ぺりかん社 6800円 4-8315-0951-5

200名もの強力執筆陣が参加し、ついに本邦初の日本思想史辞典が完成した。古代から現代にいたるさまざまな諸思想諸宗教、歴史的人物やトピック、文献解説がズラリと並び、その数1358項目。テーマに即してここまで通史的に情報がコンパクトにまとめられているあたり、非常に便利である。足掛け五年を費やし完成した本辞典は、拙速に「これが日本思想だ」と限定して異なる諸論を同一化することなく、複数の背景に開かれた意図をもっている。その意味でこの辞典は読み手とともに「進化(深化)する」ものとなるだろう。

※ユニークな辞典新刊が続々と。こちら↓
「風景の事典」「語源辞典・動物編」「早引き類語連想辞典」
「味覚表現辞典」「方位読み解き事典」など!

風景の事典
千田稔編 古今書院 2600円 4-7722-1418-6

語源辞典
動物編
吉田金彦編著 東京堂出版 2400円 4-490-10574-6

早引き類語連想辞典
米谷春彦編集 ぎょうせい 4600円 4-324-06335-4

味覚表現辞典
奥山益朗編 東京堂出版 2400円 4-490-10578-9

方位読み解き事典
山田安彦編 柏書房 3200円 4-7601-2066-1


◆散逸構造論で知られるノーベル化学賞学者が自ら書く教科書

現代熱力学:熱機関から散逸構造へ
イリヤ・プリゴジンほか著 朝倉書店 6000円 4-254-13085-6

複雑系、ゆらぎ、非線形、散逸構造、不可逆過程、対象性の破れ……。「非平衡熱力学」のインパクトはいまや科学全領域に及んでいる。その来歴の中で、ベルギーの国際ソルベイ研究所所長であるプリゴジン(1917-)が果たした役割は非常に大きい。大御所である彼が、気鋭の若手化学者コンデプディとともに、熱力学史の発展を執筆したのが本書(原著1999年)である。微細な化学反応から宇宙論に至る広大な領域を総括する熱力学の体系が理論的に解説されている。数式になれない読者もいるだろうが、初心者から大学院生レベルまで活用できる体裁になっており、各章末には演習問題も付されている。その卓越した時間論と「自己組織化」論が、東洋の自然観に近づきつつあるという著者のコメント(それはかつてのいわゆる「ニューサイエンス」とは別のもの)が印象的だ。文系読者も必読の教科書。

※知的興奮!プリゴジンの既刊書は→こちら(検索一覧へリンク)


◆ポストコロニアル理論って何だ? その幅広い射程が明らかに

ポストコロニアル理論入門
アーニャ・ルーンバ著 松柏社 3500円 361.5 01026728 4-88198-965-0

ポストコロニアル(植民地以後)理論はカルチュラル・スタディーズ(CS)の一角をなすものととられることもあるが、その射程はいわゆる英国系のCSとは独自の照準と展望を有している。本書はその主要な潮流と問題意識、論争と限界について概説した、重厚な入門書だ。サイード、スピヴァク、バーバ、ベネディクト・アンダーソンらをはじめとした数多くの学者たちの様々な理論を解きほぐし、しばしば難解とされてきたこのジャンルに初めて明晰な見取り図を与えている。著者はインド出身のシェイクスピア研究家(シェイクスピア演劇と植民地主義の深いつながりがポイント)。巻末の書誌一覧も充実しており、基本図書として広く受容されうる必携の一冊となった。

※充実の「言語科学の冒険」シリーズ、既刊は→こちら(検索一覧へリンク)

***


[2001年6月25日]

◆来たるべき政治哲学を告知する現代の名著がついに邦訳なる

無為の共同体 J・L・ナンシー 以文社 3500円 4-7531-0215-7

デリダ以後を代表する現代フランスの哲学者ナンシーの記念碑的主著がついに完訳された。サルトルやハイデガーによって限界づけられた実存思想を刷新し、あらゆる存在が根源的に帯びる共同性を問いの機軸に置く、来たるべきコミュニズムの倫理へと開かれた政治哲学の書である。その中心概念となる「分有(パルタージュ)」をはじめ、創意にあふれた本書は「ともに生きること」とは何か、人間の主体性とは何かを真摯に考えるすべての読者にとって最重要の導き手となるだろう。1986年の朝日出版社版(絶版)に収録されたタイトル論文のほか、ついに主著の全容が訳されたことになる。

※ジャン-リュック・ナンシーの既刊書は→こちら(検索一覧にリンク)


◆封印されていたユングの肉声がここに甦る

夢分析 1 C.G.ユング著 人文書院 6200円 4-409-31033-X

本書は1928年から1930年にチューリヒ心理学クラブでほぼ毎週開かれたセミナーのノートである。非公開ながら多くの聴衆を得て、ユングと彼らとの間に活発な議論が交わされた様子が生々しく記録されている。ある男性患者の夢の集合的シンボリズムを分析したノートはしかし、長らくサークル内に留められ、いわば門外不出の「私用」的テキストだった。ユングは冒頭から次のように警告する、分析家は患者のすべてを知りうるわけではない、患者が分析家の解釈に依存してしまう危険を避けなければならない、と。今回刊行された第一巻では1928年11月から1929年10月までの講義録が収められている。人類の原初的な象徴的知の風景に下降していくユングの自在な歩みはこのうえなくスリリングだ。

※人文書院「ユング・コレクション」の既刊は→こちら (検索結果にリンク)


◆「奴隷制」の歴史は人間による人間へのパラサイトの歴史である

世界の奴隷制の歴史
オルランド・パターソン著 明石書店 9800円 4-7503-1430-7

著者は1940年生まれのアフリカ系ジャマイカ人であり、奴隷制研究のエキスパートとして、ハーバード大学で社会学を講じる教授。附録と索引を含むと800頁を超える堂々たる大著である本書は、12年を費やして執筆された彼の主著の待望の本邦初訳だ。奴隷制の基本的なプロセスを正確に記述し、その内部構造とそれを支える制度的パターンを解明する、3部構成全12章から成る。原著はハーヴァード大学出版から1982年に刊行された「奴隷制と社会的死:一比較研究」。古代から近代に至る、西欧人支配による大規模奴隷社会を学ぶうえで欠くべらかざる必読文献であり、現代の古典と言うべきこの大作をぜひ手にとってほしい。人類の暗く長い歴史の悲劇が強く胸に迫らずにはいられないだろう。


◆書物とは、作者とは、読者とは何か? 東西の知性が鋭く切り込む論集

シリーズ言語態 3:書物の言語態 東京大学出版会 3800円 4-13-084063-0

書物以前の口承文芸から電子テクストに至る、書くことと読むことをめぐる歴史的・文化的諸実践を問う刺激的な論文集。書物とリテラシー(読み書き能力)をめぐる第1部、写本研究などを通じてテクストの生成と校訂の現場を追う第2部、作者とは・読者とは何かを問う第3部と、それぞれ史的実証性をめぐる専門的議論でありながら、私たちの読み書きの日常とその歴史的基底における問題性に切り込む鋭角な提議をなしえている。宮下志朗氏を初めとした本邦の研究陣に、ロジェ・シャルチエやベルナール・シュティグレールらフランスの注目思想家の論考が交差する、豊穣なアンソロジーだ。

※東大出版会の注目シリーズ「言語態」、既刊書→こちら (検索結果にリンク)

***


back to the list

Copyrights 2001, Hiroshi Kobayashi. all rights reserved