◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2001年9月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。※「人文レジ前」は2004年6月で連載を終了いたしました。
[2001年9月2日]
■論壇という「動物園」を観察してみると……
批評の事情 不良のための論壇案内
永江朗著、原書房、ISBN:4-562-03424-6、本体価格:
\1,600
90年代にデビューまたはブレイクした批評家を中心に、いまどきの論客を論じる、というのが本書を趣旨だが、実に44人もの人物を取り上げており、読書家ならではの冒険的な本ができあがった。哲学、社会学、同時代批評、芸術批評、文芸評論、サブカルチャー批評、フェミニズムなどなど、とてもひとくくりにできそうにない人々を網羅している。好感がもてるのはその一人一人についてプロフィール紹介的に書くのではなく、1958年生まれの著者の目からはどう見えるのか、というあたりをズバズバと率直につづった点だ。痛快に感じる読者も多いだろう。セゾン文化圏をサバイバルした著者らしい一冊だ。本書が好評なら続編が書かれるという。ぜひ期待したい。
※関連書を探す→「論壇」
■21世紀はポスト・フェミニズムの時代?
サイボーグ・フェミニズム 増補版
巽孝之編、水声社、ISBN:4-89176-446-5、本体価格:\3,000
1991年にトレヴィル(当時リブロポート発売。現在はエディシオン・トレヴィルとして新生し、河出書房新社を発売元に出版活動している)から刊行されたものの増補版。トレヴィルの解散によりしばらく絶版になっていた。ダナ・ハラウェイが1985年に発表した記念碑的なポスト・フェミニズム論「サイボーグ宣言」を中心に、「宣言」への批判的補足(SF作家ディレイニーの論文)、女性サイボーグ船を主人公にしたマキャフリイのSF『歌う船』への批判(性転換した元男性フェミニストのサーモンスンの論考)、ハラウェイと本書の編者であるアメリカ文学研究家・巽氏との対談、巽氏の奥様でもあるSF評論家の小谷真理氏の解説など盛りだくさん。巽氏も序章と論文で説明する通り、80年代以後のサイバーパンク的アメリカ文学におけるフェミニズムの変容はこんにちもなお意義深い論題を提起し続けている。
※フェミニズム関連の注目書→「母性愛という制度」田間泰子著;
勁草書房; 2900円; 4-326-65257-8、『家族に潜む権力 スウェーデン平等社会の理想と現実』ユーラン・アーネ著;
青木書店; 2800円; 4-250-20131-7
■仏教と認知科学をつなぐ、オートポイエーシス理論家の快心作
身体化された心 仏教思想からのエナクティブ・アプローチ
フランシスコ・ヴァレラ著; 工作舎; 2800円; 4-87502-354-5
必読の「革命的」成果である。1946年チリに生まれ、2001年5月にパリで永眠した理論生物学者ヴァレラ(バレーラとも)が、カナダの認知科学研究者トンプソンとアメリカの心理学者ロッシュと連名で1991年に発刊した本書は、ヴァレラ自身が「私のテキストのなかで最も重要な著書」としている通り、マトゥラーナとの共著『オートポイエーシス』や『知恵の樹』といった70年代・80年代の成果以後、もっとも注目すべき書物となった。
メルロ=ポンティの身体論や大乗仏教の「縁起」説、「中観」理論にインスパイアされたヴァレラは、「身体としてあることembodiment」と「行動化enactive」をキーワードに、身体と心と環境の共依存性を説き、心身二元論や認知主義を批判的に乗り越えていく。さらにダーウィニズム的進化論に異議を唱え、本書がもたらす倫理的・文化的意義を展望する。それぞれ細分化した哲学と科学は結び直され、東西の知は融合される。近年の人文書・理学書において決定的に重要な著書である。なお、『現代思想』誌2001年10月号がヴァレラ特集となっているので参照されたい。
※関連書をさがす→「認知科学」「身体論」
■大哲学者を個別に取り上げる「リーダー」が流行
ハイデガー
木田元編、作品社、2000円、4-87893-400-X
昨年(2000年)夏以後、ニーチェやヘーゲル、マルクス、ハイデガーといった西洋の大物思想家をテーマに編まれたアンソロジーが増えている。平均的な特徴でいえば、サイズはA5並製で200頁以内、価格がだいたい1000円台から2000円までで、シリーズものとして刊行。編者は著名な思想家で、内容は思想家の原テキストの新たな抄訳や、識者による読解・解説の小論文が収録され、主著や基本的研究書の書誌紹介もしっかり添えられている、という体裁が多い。刊行順にざっと列挙すれば、「ニーチェ」「ヘーゲル」「だれでもわかるニーチェ」「マルクス」「ハイデガー」「ハイデガー本45」といったところだ。なかでも個性的で多産なのが作品社の「知の攻略・思想読本」シリーズである。
文芸書出版社らしく、哲学者ばかりではなく新旧のそれぞれ高名な作家からも寄稿や対談を得ており、アンソロジーに厚みがあるだけでなく、多数の写真を掲載したグラビアや年表などが添えられているのも非常に魅力的だ。このほか先に述べた通り、新訳やキーワード解説、主要著作完全ガイドなど、いたれりつくせりといったところ。今後は「ポストコロニアル」など、人物以外のテーマでもこうしたリーダー的入門書を刊行するようだ。楽しみである。
文献
ニーチェ(快速リーディング 1)
著者: 杉橋 陽一編著、出版:筑摩書房、サイズ:A5判
/ 198p
ISBN:4-480-84281-0、発行年月:2000.6、本体価格: \1,400
ヘーゲル(思想読本−知の攻略− 1)
著者: 長谷川 宏編、出版:作品社、サイズ:A5判
/ 179,10p
ISBN:4-87893-376-3、発行年月:2000.10、本体価格: \2,000
だれでもわかるニーチェ 没後100年記念特集(KAWADE夢ムック『文藝』別冊)
河出書房新社、A5判 / 207p、ISBN:4-309-97597-6、
発行年月:2000.12、本体価格: \1,143
マルクス(思想読本−知の攻略− 2)
著者: 今村 仁司編、出版:作品社、サイズ:A5判
/ 190p
ISBN:4-87893-390-9、発行年月:2001.5、本体価格: \2,000
ハイデガー(思想読本−知の攻略− 3)
著者: 木田 元編、出版:作品社、サイズ:A5判
/ 187p
ISBN:4-87893-400-X、発行年月:2001.8、本体価格: \2,000
ハイデガー本45 西洋哲学のハードコアを読み解く(Best selection)
著者: 木田 元編、出版:平凡社、サイズ:B6判
/ 366p
ISBN:4-582-74514-8、発行年月:2001.8、本体価格: \2,000
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[2001年9月9日]
■20世紀文化の幕を開いたのはほかならぬ彼である
メイエルホリド・ベストセレクション
フセヴォロド・メイエルホリド著 作品社 4200円 4-87893-387-9
なんという新しさだろうか。革命前後のロシアを炎のように生きた演出家メイエルホリドの言葉は、いずれも自身がいまここにいる時代や社会の「現在」との対峙によって磨かれ輝いている。だからたとえ長い歳月が過ぎ、世紀を越えてもなお「新しい」のである。死後六十余年、まとまった一冊としては実に初めての邦訳書となる。「演劇の根源をめざして」「演劇の十月」「マヤコフスキイ」「批判に抗して」の全4部に分かれ、長短26編の演劇論・時評・演説等を収録。彼の演劇論の根幹を成す論考「演劇の歴史と技術」や、かの高名なビオメハニカ(俳優訓練システム)についての講義、そして晩年に彼の革新的芸術運動をめぐって執拗に繰り返された政府当局からの激しい非難に対する反論など、まさにメイエルホリドの魂を伝える貴重な選集となっている。スパイ疑惑の冤罪によって監獄で銃殺される前年に行った「最後の演説」はまさに心揺さぶる絶叫だ。巻頭には貴重な写真資料、巻末には詳細な年表と演出作品全リスト、便利な索引を付した決定版。
※関連書を探す→「ロシア演劇」「ロシア・アヴァンギャルド」「マヤコフスキー」「スタニスラフスキー」
■異郷の探究者セガレンの著作集全8巻が刊行開始された
セガレン著作集 5
ヴィクトル・セガレン著 水声社 4500円 4-89176-448-1
フランス生まれの旅する作家・思想家ヴィクトル・セガレン(1878-1919)への再評価の高まりが日本では1990年以後のものであることから、この作家は死後まもないか、さもなければ存命中なのではないか、と勘違いされることがいままで多少あったと思う。仏文に詳しくない向きはこの日本初の著作集の出現に驚かれたろう。しかしセガレンのことをそのエグゾティスム論などで知っていたとしても、今回の著作集が刊行開始されることにやはり驚きを禁じえないはずだ。快挙である。全8巻を3年間で刊行する予定。ここ10年で個別に邦訳されていた著書の新訳も含まれる、意欲的な企画だ。
第1回配本となる第5巻「ルネ・レイス」はセガレンの死後、1922年に刊行された小説である。舞台は清朝末期の北京、紫禁城への謁見を許されなかったフランス人の主人公がベルギー生まれの青年ルネ・レイスと出会ってからの日々が日記風につづられている。紫禁城の秘密を語るレイスがやがて毒死するに至る過程は探偵小説のようでもある。本書の創作の背景となったふたつの資料「モーリス・ロワに基づく秘録」「書簡抜粋(1909年6月〜7月)」を併載。異郷を舞台に数々の作品を書いたフランス作家といえば日本ではピエール・ロティ(1950-1923)が有名だが、ロティの素朴で紀行文的な作風に比べ、セガレンのそれはあくまでも物語的な迷宮の広がりとでもいうべき魅力を宿している。菊地信義氏による可憐な装丁はぜひ手にとって確かめて欲しい。
※「エグゾティスム」ってなんだ?→ハティビ著「異邦人のフィギュール」水声社
■奇人ルーセルの二大戯曲の緻密なる狂気宇宙
額の星 無数の太陽
レーモン・ルーセル著 人文書院 2800円 4-409-13025-0
ブルトンやデスノスらシュルレアリストの立ち回りによって、無冠の帝王による戯曲の上演劇場はほとんど騒乱のるつぼとなった。彼らとの同時代性にもかかわらず、ルーセルはシュルレアリストではない。『ロクス・ソルス』(ペヨトル工房、1987年刊、絶版)や近く白水社から再刊される『アフリカの印象』をはじめ、絢爛たる言語実験によってロートレアモン以来の創造者であった彼の作品はしかし、スキャンダル以上のものとしては当時受け止められなかった。ルーセル自身は睡眠薬の過剰摂取により、1933年、56歳で客死した。
本書はルーセルの1920年代後半の代表的戯曲二作を収録したものだ。訳注を小事典仕立てにしたのはルーセルにそぐわしく、楽しい。読んでいただければたちどころにおわかりになると思うが、「これが戯曲なのか? 上演できるのか?」と目を見張るような難解ぶりである。難解だというのは、その台詞の意味が理解できないというよりは、その重層的な薀蓄の連続性がいったいどこへ向かおうとしているのか容易には分からないということである。独白の呪文のような台詞が蛇のようにのたうち回るこの作品を俳優が演じることなど不可能ではないのか? 戯曲として発表されたにもかかわらず、これらは異次元への入口となる「図書館」であり、けっして降り止むことのない雨である。この図書館は読者をさまよわせ、雨は読者の脳髄を溺れさせるだろう。
※「レーモン・ルーセル」って誰だ?→フーコーやレリスの解読など、こちら
■図書館とは書物の単なる置き場所や閲覧場所なのではない
図書館逍遥
小田光雄著、編書房
小田光雄氏と言えば、近年『出版社と書店はいかにして消えていくか』をはじめとする一連の業界研究本で著名であり、今度もまた否応なく「暗くなる」話題を扱った新刊だろうと思う人もいるだろう。それはちがう。収録された50篇のエッセイはいずれも図書館への愛情に溢れた多層的なエピソードで満ち満ちており、「ああ図書館って色んな出会いのある場所だったんだなあ」とあらためて実感できるような、そんな本なのだ。図書館によく行く人も、一度も利用したことがない人でも楽しめる。なぜならここでいう図書館には、本がいっぱい置いてある「倉庫」的なイメージも、無料で閲覧できるという「経済」メインのイメージもないからである。ない、というよりはそちらの側面に固執していない。もっと本質的な「雰囲気」とその豊かなポテンシャルの歴史が魅力たっぷりに紹介されている。それぞれが具体的なエピソードでありながら、本書は「図書館とは何か」というメタフィジカルな問いに対する50通りの回答であるとも言えるだろう。
※小田氏が発行人をつとめる出版社「パピルス」の本はいずれも個性的な粒揃い→こちら
■大林民俗学の最晩年の連載が絶筆によって中断するまで
私の一宮巡詣記
大林太良著 青土社 3400円 4-7917-5908-7
『現代思想』(青土社)1998年10月号から2001年1月号まで連載された論考24編を一冊にまとめたもの。巻末に付された「構想覚書」を参照すると、連載は終盤にかかっていたことが確認できる。著者の逝去により完結に至らなかったのがまことに残念だが、九州各地の一宮(いちのみや)を除き、全国の主要神社が探訪されたことになる。著者晩年の知力とフィールドワークがもたらした、大きな成果と呼ぶべきである。一宮とは、各地でもっとも由緒があり、その土地の第一に格付けされた神社のこと。著者は全国各地の一宮をめぐりながら、古い文献をあたって、明治に成立した国家神道による変容以前の一宮の古いすがたを追った。景観的にも、時として祀っている神すらも異なる、「以前のすがた」をである。この本を持って旅に出たくなること請け合いである。
※「古社」巡礼の旅へ→こちら
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[2001年9月17日]
■きわめてアクチュアルなユダヤ研究の深さに感嘆
錬金術とカバラ
ゲルショム・ショーレム著 作品社 2800円 4-87893-398-4
現代におけるユダヤ思想研究の比類なき大家ショーレム(1897-1982)の業績を集大成した「ユダイカ(ユダヤ論集)」は、著者の死後も継続して刊行されていて、原著は1997年刊の第6巻までが上梓されている。本書は1984年に刊行されたその第4巻の邦訳である。カバラ論や神秘主義研究を中心とする6つの論文で構成されているが、特に第3論文の「宗教現象としてのニヒリズム」から第6論文「ユダヤ的敬虔の三つのタイプ」までは現代において決定的に重要な論考である。日本人はとかくユダヤやイスラムなどの異教徒に対して歪んだイメージしか持っていない分、ショーレムによる第一級の宗教論やユダヤ文化論が教えるものはまことに大きいだろう。タイトルから誤解する読者がいるかもしれないが、本書はいわゆる占い本や魔術本ではない。
旧体制の転覆を試みる急進的な革命的ユートピア主義としての「ニヒリズム」運動にかんする第3論文は、人類史において普遍的な社会現象である反権威主義的潮流を理解するうえで非常に有効であるし、メシアの到来にかんする教えが究極的な隣人愛と結びついており、日常的実践として信仰の根幹になっていることを示した第6論文は、ユダヤ教が選民的排他主義とは異質であることを教えてくれる。イスラエルの国情がどうであれ、日本人はユダヤ文化全体までを見誤ってはならないことが痛感される。「ユダイカ」の邦訳はこれまでに第1巻が1972年に『ユダヤ主義の本質』と題されて刊行されて以来、第2巻が1973年に『ユダヤ主義と西欧』、第3巻が1975年に『ユダヤ教神秘主義』としてそれぞれ河出書房新社から発売されていた。しかし現在は残念ながらいずれも品切重版未定だ。
※洋の東西を結ぶ宗教的起源をさぐる→ボテロ著「最古の宗教」法政大学出版局
※「ユダヤ」と「イスラム」についてもっと学ぶ
■1995年に発見された450年前の説教文書が甦る!
霊性の飢饉
J.カルヴァン著、教文館、ISBN:4-7642-6012-3、本体価格:\1,500
ロンドンのフランス人プロテスタント教会の図書館でそれはとある夫婦によって1995年に発見された。ジュネーヴ大学宗教改革研究所のアンガマル氏夫妻が発見したのは、なんと1558年にスイスで晩年のカルヴァンが「イザヤ書」について説教した、幻のその筆記録だったのである。果敢な改革者が晩年の15年間だけでもじつに2500回は行ったとされる説教がどんなものだったのか、日本ではあまり知られていないが、ここにその一端が読めるようになったわけだ。「イザヤ書」第55章1−2節で説かれた精神的な(信仰上のより正確な言葉で言えば「霊的な」)飢えについて平易に語ったカルヴァンの息吹は慈愛と熱情にあふれている。物質的浪費の上位に精神的道徳の探究と愛を置くこの説教には、迷信的なはかなさは微塵もない。西洋世界の価値観の根源を成すキリスト教のもっとも崇高な側面が明確に現れた好篇である。
※改革の闘士たちに学ぶ→「宗教改革著作集」
■宗教人類学者・中沢新一氏による神話劇が完成!
佐久夜
中沢新一著、静岡新聞社(発売) 952円 4-7838-9501-5
記紀神話の創造的「誤読」によって、古代と現代を結ぶ「根」が再びあらわになった。それが本書である。2001年8月から公開される、市川猿之助総合演出による祝祭劇「佐久夜」の原作だ。かつて江戸は享保の世に近松門左衛門は『日本振袖始』(「正本近松全集
第18巻」勉誠社所収)という人形浄瑠璃を書いた。スサノオによる八岐の大蛇退治をめぐる物語の大胆なリメイクである。中沢氏が挑んだのはこの退治神話の新たな「異文」の創造だ。
父なるもの、母なるもの、生と死、善と悪、終末と救済――いにしえよりの「遺伝子」が佐久夜という女神のもとにいまいちど物語を紡ぎだす。著者自身の解説によれば本書には「芝居の台本という制約のため、作中にもりこめなかったことも山ほどある」という。そしていつか「もっと大きな物語として完成したい」と。今回の作品はいわばそのプロローグであり、エッセンスであるとともに、中沢宗教学の根幹をもっともストレートに表現した作品であると言える。あえて神話的領域を侵犯するという危険をおかした著者の冒険の是非を問うのは読者一人一人である。
※「神話的領域」への扉は→こちら
■色彩豊かな江戸の男女の風俗誌とその歳時記的背景の妙味
春画・江戸ごよみ【秋の巻】
岡田芳朗ほか著、作品社、4800円、4-87893-622-3
春画というと好事家たちのひそやかな愉しみと思われがちだが、本書はいかにも秘本的画像ズラリの平板なイメージを脱却している。つまり、デフォルメされた性を取り立てるというよりは、画全体を決定している四季折々の風情を丁寧に解読しているのだ。読者は華やかな春画とそれに付された滋味深い歳時記的解説のギャップに最初のうちは驚くかもしれない。しかし、その取り合わせの妙味ゆえに、読者は好事家でなければならない奇妙な責務から解放される。
江戸の四季がページからふわりと風のように立ち上がってくる。本邦初公開を含めた清長・国貞・国芳らの名品が、歴史家・民俗学者・美術史家らの多彩な執筆陣によって柔らかく鮮やかに語られる。すでに「夏の巻」が刊行されているが、本書のあと「秋の巻」「春の巻」が季節ごとに順次出版される予定。本書を見ていて思いがけない発見がひとつ。最古の江戸暦である伊勢暦の表紙に描かれた、日本国を背中に乗せた大ナマズは、ギリシア神話に出てくる「世界を囲む大蛇」ウロボロスのように自らの尻尾を噛んでいる。これは……。
※一緒に買っておきたい貴重な復刻本→「世事見聞録」武陽隠士著
青蛙房 3500円 4-7905-0114-0
■定評あるコンパクトな人名辞典の最新第4版が出た
コンサイス日本人名事典
三省堂編修所編 三省堂 4800円 4-385-15803-7
日本の歴史的人物のみならず、伝承や作中における架空の人物を古代から現代まで網羅した総項目数14,500名の人名事典の最新版である。これまでの歩みは初版が1976年、改訂版1990年、改訂新版1993年ときて、今回、1,000か所以上の補訂と500余名の追加がなされ、8年ぶりに第4版が刊行された。片手で支えられる手軽な判型に、小さすぎず読みやすい本文。辞書づくりの老舗ならではの出来栄えである。項目は血縁系譜、出生地、本名(あるいは通称・字・号・筆名など)、学歴、人物解説(異説がある場合は特記)、墓所、著書、参考文献で簡潔に構成される。付録は三つ、古代における行政機関の変遷を知るうえで役立つ7世紀後半の官職表、中世姓氏揺籃(付略系図)、近代日本の発展に関与した外国人小事典である。索引は漢字の画数で引く体裁。この一冊があればたいていは事足りる。必携である。
※必ず役に立つ!変り種事典→
揮毫辞典 松崎覚本編 東洋書院 2800円 4-88594-309-4
業界用語辞典 米川明彦編 東京堂出版 2800円 4-490-10572-X
ミリダス 軍事・世界情勢キーワード事典
大波篤司著 新紀元社 2200円 4-88317-359-3
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[2001年9月24日]
◆想像を絶する災厄のあとに「倫理」は再構築できるのか
アウシュヴィッツの残りのもの アルシーヴと証人
ジョルジョ・アガンベン著 月曜社 2400円 4-901477-00-5
アウシュヴィッツ以後に詩を書くことの野蛮さについて書いたのはアドルノだった。大虐殺を境に何かが決定的に変容してしまったことを彼は告知した。イタリア現代を代表する思想家アガンベン(1942-)は彼の主著である『ホモ・サケル(聖なる/呪われた人間)』連作の第三部となる本書でこう述べる、「アウシュヴィッツ以後に倫理の名を思いあがって自称しているほとんどすべての理論を一掃」せざるを得なかった、と(『ホモ・サケル』第一部の邦訳は以文社より刊行予定。第二部は2001年9月現在、原著未刊)。
アガンベンはアウシュヴィッツを奇跡的に生き延びた作家プリモ・レーヴィの提出したパラドクスから出発する。「大虐殺の真の証人は死者たちである。しかし死者たちは証言することができない」。死人に口なしという言葉があるが、だからといって大虐殺がなかったかのように歴史が歪曲されていいはずはない。アガンベンは絶滅収容所を生き延びたごく少数の人々の証言に耳を傾ける。生存者たちは収容所で非人間的な扱いを受け続け、死の淵をさまよった。ユダヤ人たちの当時のスラングで、衰弱してもはや生きる希望を完全に失ってしまった者たちを「回教徒」と呼んだ。生ける屍と化した彼らのうずくまる格好が、イスラム教徒の祈る姿を連想させたからだという。極限状況を生きた人々の想像を絶する体験をもとに、アガンベンは考察をすすめていく。
残りのものとはけっして抹消することのできない彼らの証言のことであり、殲滅しえない人間の尊厳である。アウシュヴィッツ以後の倫理の可能性を模索した本書は、フーコーやドゥルーズが課題として残した「生政治」や「管理社会」をめぐる問いへ、歴史認識のアポリアに挑戦しつつ応答することを試みたユニークな注目作だ。かのジュディス・バトラーも「心揺さぶるテクスト」として本書を絶賛しており、欧米ではつとに高名なアガンベンだが、このたび2001年12月には立命館大学主催の国際シンポジウム「21世紀的知の構築に向けて」への参加のために、マーサ・ヌスバウムとともに初来日を果たすことになっている。
※奇跡的生還者たちの証言→「アメリー」「アンテルム」「ベッテルハイム」「コーゴン」「レーヴィ」「ヴィーゼル」
※注目の再刊書→「アメリカのユダヤ人」チャールズ・E.シルバーマン著
明石書店 4800円 4-7503-1460-9
◆人類遺伝学の画期的発見は人種差別を根絶するか
文化インフォマティックス 遺伝子・人種・言語
ルイジ・ルカ・キャヴァリ=スフォルツア著
産業図書 2800円 4-7828-0138-6
これはぜひとも読んでおきたい本だ。1996年に原著がイタリア語で刊行以来、英語やフランス語、ドイツ語、スペイン語などに翻訳され、進歩著しいこの分野の最新の研究成果を取り入れ改訂を重ねてきた。本邦訳書は2000年に出版された英語最新版に基づいており、原題は邦訳副題にある「遺伝子・人種・言語」である。著者は1922年にイタリアのジェノヴァに生まれ、現在はアメリカのスタンフォード大学名誉教授を務める遺伝学の世界的権威。これまで映像作家である息子のフランチェスコとの共著が二点邦訳されている。『わたしは誰、どこから来たの
: 進化にみるヒトの「違い」の物語』(千種堅訳、三田出版会、1995年9月刊、絶版)と、『こんな時代でも、人は幸福になれる』
(泉典子訳、草思社、2000年1月刊、本体価格1,800円)などいずれも親しみやすい本だ。
本書はキャヴァリ=スフォルツアの記念碑的名著『人類の遺伝子の歴史と地理』(プリンストン大学出版、1994年刊、未訳)の成果を一般読者向けに分かりやすく書き換えたもので、先進的な専門的知識をやさしく噛み砕いて解説する技量はやはりただものではない。遺伝子研究から見たここ十万年の人類史の骨子と系統を論述する第五章までが上記書の要約的リライトであるが、第六章目は人類と他の動物との大きな差異である文化伝達の問題を扱う。これが邦訳タイトルの意図するところだ。遺伝子のレベルではハエと人間は「大差ない」存在であるけれども、遺伝的進化に影響を与える人類の文化的(習慣的・技術的)蓄積は注目に値するわけである。さらに著者は人種差別は遺伝学的にまったく無根拠であると論証する。
学問の進歩に寄せる著者自身の期待はやや純粋すぎるきらいがあるようにも思うが、それが嫌味にも独断にも感じないのは彼の人徳だろうか。考古学、遺伝学、言語学のみならず、文化人類学、人口学、経済学、生態学、社会学を横断していくキャヴァリ=スフォルツアの研究は今後ますます注目されるだろう。
※日進月歩の科学的成果をウォッチ→「遺伝学」
◆大衆はもはや革命の担い手ではない?
大衆の侮蔑 現代社会における文化闘争についての試論
ペーター・スローターダイク著 御茶の水書房
1600円 4-275-01867-2
昨年(2000年)の『「人間園」の規則』(御茶ノ水書房)に続いて、ドイツ現代の論客がまたしても毒舌(と言おうかクールと言おうか)な小論を発表した。1999年夏、ミュンヘンの芸術アカデミーで発表された講演がもとになっている本書において、著者はこう述べる、「大衆はもはや合流して、一緒に行動することはなく、(中略)もはや共同の叫び声を挙げはしない。彼らは実用的・慣性的なルーティンを脱して革命的に先鋭化していく可能性から次第次第に遠ざかっていく」と。さらに大衆はパニックに対してますます無感覚的であり、万民による万民の侮蔑の傾向が進んでいると分析。知識人論や「無関心=非差異(Indifferenz)」としての大衆文化論も同時に展開している。一文ごとが警句に富んでいる。参照されている先行研究であるカネッティの『群集と権力』以後、小書ながらもっとも刺激的な示唆に富んだ論考のひとつだろう。ぜひ読まれたい。
※「大衆」について考える→「オルテガ」「シオラン」「フィンケルクロート」
◆「円」誕生秘話――知られざるお金の単位名の由来
\の歴史学 貨幣に秘められた謎を解く
三上隆三著 東洋経済新報社 2200円 4-492-46026-8
明治以来の貨幣の名称「円」は誰によっていつどこで何ゆえに「両」に代わるものとして定められたか。歴史的な由来とその起源は、驚いたことに、実は正確には究明されていないのだ。決め手となるような関係資料に乏しく、探索は憶測の閾を出ない。しかも「円」がなぜ「Yen」と英語表記され、略記号が「Y」のタテ棒に「=」を交差させたものとなったのか、これもはっきりした説明はできないというのだ。かくも公的な存在で知らぬ者は一人としてない「円」なのに、なぜわからないのか? 本書はケインズ研究や貨幣史のエキスパートである老練な経済学者によるライフワークの一環で、「円」をめぐる歴史探訪である。日本近代史の様々なエピソードの博捜のもと浮かび上がってくる謎の数々。真相に迫る軽妙なエッセイは、まるで時間旅行のようだ。「円」を通じた日本の姿に接する楽しみがある好著。
※関連書を探す→「貨幣史」
◆国際社会を論じるうえで必携の政治キーワード辞典
人権用語辞典
H.ビクター・コンデ著 明石書店 4500円 4-7503-1465-X
日本において「人権」という言葉はこのところ激しい中傷を浴びたり、軽んじられたりしているが、多くの場合、この言葉が正確には理解されていないことに端を発している。その意味で、国際レベルと国内レベルで頻出する人権の基礎用語について的確かつ簡潔にひとつずつを解説した本書の出版は時宜を得ており、広く歓迎されるだろう。人権論の諸概念、理論、法と手続き、機関、団体など、項目は800にのぼる。英語、フランス語、ラテン語などの原語付きで、対義語がある場合には指示されている。たとえ全部を憶えなくとも、本書によって絶えず用語の相関関係について頭脳を鍛えておくことが肝要だろう。付録として国際人権章典を構成する四つの主要文書や参照条文が収録されている。グローバル化する現代社会においては必携のツールであり、「面倒な法律用語」とは異なる普遍的問題群について蒙を啓いてくれる貴重な本である。
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最新時事用語 2003年版 成美堂出版編集部編
成美堂出版 1200円 4-415-01811-4
世界帝王系図集 下津清太郎編 東京堂出版 15000円
4-490-20440-X
市町村名語源辞典 溝手理太郎編 東京堂出版 3000円
4-490-10590-8
あいさつ語辞典 奥山益朗編 東京堂出版 2300円 4-490-10585-1
ペンネームの由来事典 紀田順一郎著 東京堂出版
2600円 4-490-10581-9
世界お守り大全 ビジュアル版 デズモンド・モリス著
東洋書林 3800円 4-88721-404-9
ケルト事典 ベルンハルト・マイヤー著 創元社
3500円 4-422-23004-2
図説ヴィクトリア朝百貨事典 谷田博幸著
河出書房新社 1800円 4-309-72665-8
現代雑木林事典 全国雑木林会議編 百水社 星雲社(発売)
2600円 4-7952-6495-3]
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