◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2001年10月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。※「人文レジ前」は2004年6月で連載を終了いたしました。
[2001年10月2日]
トランスクリティーク
柄谷行人著、批評空間、3400円
◆来たるべき「戦後」に備えるために読まれるべき大著
「批評空間」第三期創刊号と同時に発売された本書は著者畢生の大著であり、著者自身が「もっとも納得のいく出来栄え」と証言する、ここ十年の粘り強い思索の成果である。本書に接するのにいかなる予備知識も必要とはされていない。資本主義社会と国家的論理が民衆すべてに押し付ける矛盾と対峙し、時代と格闘してきた著者の息遣いや思いが、熱く伝わってくる。第一部はカント哲学の可能性の中心をさぐって、超越論的であると同時に横断的でもある「批判」の契機を論じ、第二部ではマルクス主義に収束されつくさない資本の生態学としてのマルクス思想のアクチュアリティと、対抗運動としての「可能なるコミュニズム」の実践について論述している。この本を読まなければ世紀は始まらない。
◆自伝的ロング・インタビューを含む後期フーコーへの転回点
ミシェル・フーコー思考集成 8 政治・友愛
ミシェル・フーコー著 筑摩書房 6500円 4-480-79028-4
20世紀後期のフランスを代表する思想家ミシェル・フーコー(1926-1984)が最初期の1954年から死後の1988年までに発表した単行本以外のほぼすべての著作と発言を集成する「言われたことと書かれたこと」と題された全4巻の原著が出版されたのは、1994年だった。日本語訳は全10巻で1998年から刊行開始されており、本書は1979年から1981年までの新聞雑誌への寄稿論文、対談、インタビュー、序文、公開書簡、エセー、追悼文、講義要綱、覚書等を収める。生体政治や統治性、真理と主体性といった後期フーコーの『性の歴史』連作に結実するテーマ群が見出される。
イランをはじめとするイスラーム世界の諸問題や東南アジアの難民、ポーランドをめぐる時局的発言のほか、ロラン・バルトやラカンの死を悼むメッセージ等も収録している本書には「政治・友愛」という副題が付されている。ドゥチオ・トロンバドーリによるロング・インタビュー「ミシェル・フーコーとの対話」はまずイタリアの雑誌で発表されたものだが、英訳書「マルクスへのリマーク」一巻本としても知られる有名な対談。彼の思想の「つねに社会の現場から出発する」姿勢は世紀を越えてますます輝きを増しており、情況論の射程の深さがいまなお現代の私たちに与える示唆は大きい。必読。
◆学術から職人芸まで各分野のヴェテランが自身を語る
考える人びと この一〇人の激しさが、思想だ。
入沢美時ほか著、双葉社、本体価格: \2,500、ISBN:4-575-29292-3
贅沢なインタビュー集である。登場するのは総勢10名。日本史家の網野善彦、建築家の安藤邦廣、サル学者の伊沢紘生、美術史家の大西廣、文芸批評家の加藤典洋、ネイチャー・ライターの根深誠、舞踏家の森繁哉、写真家の森山大道、陶芸家の芳村俊一、思想家の吉本隆明らが、自分の人生を振り返り、あるいはプロフェッショナルとしての自分の仕事を語る。それぞれ重みがあって学ぶところが多い本だ。彼らが誰なのかいままで知らなくても問題ない。インタビュワーの質問は巧みだし、人名や事項にかんする注も十分な数が丁寧に付されているおかげで、なにひとつ不自由なく、興味さえあれば、いやたとえ興味がなくても引き込まれるし、気軽に読める。本文と注のレイアウトは美しく読みやすく、ポートレイトの写真の数々は10名の人間的魅力を十分に引き出している。「考える人びと」というタイトルはやや平凡に見えるかもしれないが、本書からにじみ出る滋養は、裏カバーに掲載された花村萬月氏の推薦文が見事に言い当てている通りである。ぜひ手にとってほしい。
◆古代ギリシアにおける最大の政治=詩学パフォーマンス
祝勝歌集/断片選
ピンダロス著 京都大学学術出版会 4400円 4-87698-129-9
待望の初完訳である。という以上に、これだけ歴史に名をとどろかせながら、一般読者が目にすることのできる邦訳が皆無に等しかった古代ギリシアの抒情詩人の最高峰が、2500年の時を超えてついにその力量を現代の日本人の眼前に現したことの感慨は大きい。本書ではまとまったかたちで現存している四大祝勝歌(オリュンピア、ピュティア、ネメア、イストミア)と貴重な断片選を収録。祝勝歌とは騎馬や戦車競争などの競技祭で優勝した者を祝して、おもに王の宴席の前で詠唱される長編詩のことである。現代で言えばさしずめオリンピックなどの開幕と終幕に催される祭典で歌われる歌の数々といったところだが、古代ギリシアではこれらの歌はすべてドラマティックな内容をもつオリジナル長編で、演奏と合唱を伴う、さながらオペラのような趣きであったろう。天空と大地、神々と王と英雄と民衆を詩という「場」でつなぐピンダロスの天使的な業績は、いっぽうで難解をもって鳴るその修辞の見事な連鎖で知られるが、めくるめく祝祭と栄光のスペクタクルへの想像力を働かせて読む楽しみはいまも失われてはいない。
※ギリシア・ラテン世界の叡智の宝庫!「西洋古典叢書」の既刊は→こちら
◆トラウマ理論のすべてがこの一冊に。記念碑的集大成の刊行
トラウマティック・ストレス PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて
ベセル・A.ヴァン・デア・コルク編 誠信書房 8500円
4-414-40286-7
名著『心的外傷と回復』の著者ジュディス・ハーマンから「トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)に関する現在の知識の集大成として、また次世代の臨床家と研究者のガイドブックとして、本書は長年にわたって黄金のスタンダードであり続けるだろう」と絶賛された、精神医学・臨床心理学における記念碑的集大成の邦訳がついに成った(原著は1996年に出版)。こんにち「心の傷」は日常生活や社会のいたるところで見出され、問題化されている。戦争体験やレイプによるもののほかにも家庭内暴力、幼児虐待による「心の傷」へのケアはいっそうの注意を喚起するものとなってきた。総合的なキーワードとしてのPTSDが定義された1980年以来、急速に進展してきた研究分野の変遷と内実、課題と展望が、本書の全五部十九章の構成のなかにぎっしりと詰まっている。「心の闇」の時代を読み解く、まさに必読必携の基本書である。著者たちは「自らの過去に直面せざる者はそれを繰り返す運命にある」と「日本語版への序文」に書いた。過去の戦争への日本人の認識について率直に切り込んだ発言の含蓄は、本書をひもとくことによってより深刻で複雑な問題として胸に迫ってくることだろう。
※関連書をさがす→「トラウマ」「PTSD」
◆文学作品における女と男のいる風景に見る倫理的諸問題
片思いの発見
小谷野敦著 新潮社 1300円 4-10-449201-9
『男であることの困難』『もてない男』などに代表される「フェミニズム以後の男性学」の代表的論客として著名な比較文学研究者による評論集である。本書の中核となる「恋・倫理・文学」は雑誌「三田文学」に連載されたもので、文学における「恋愛」の描かれ方の類型学として読めるが、もし高校の国語の授業がこんな風だったら生徒も面白いだろうに、と想像してしまう。片思いの描写を作品別に図式化し、「告白グレイゾーン」という告白の有無があいまいなカテゴリーの例として漱石の『三四郎』を挙げるなど、俗っぽいアプローチは読者の好奇心をくすぐる。しかしこの論考は同時に文学作品および評論における倫理=生き方と美の問題についても言及しており、日本の論壇に対する著者お馴染みの辛辣な見方が窺える。新潮社装幀室によるいつもながら洒脱な装幀が素晴らしい。
※男性学さまざま→こちら
◆「涜神的行為」をテーマにした初の歴史書の誕生
冒涜の歴史 言葉のタブーに見る近代ヨーロッパ
アラン・カバントゥ著 白水社 4300円 4-560-02832-X
16世紀以降の西欧において、神を冒涜する言葉は時代ごとにどのように変遷してきたか。ユニークなテーマを掲げた本書の著者カバントゥはヨーロッパ近代心性史の研究家であり、近年では先達ジャン・ドリュモーとともに宗教史学的な近代都市論などを手がけている。聖なるものへの悪意としての「冒涜行為」は、ある時は厳格に処罰された犯罪であり、またある時は権威への抵抗と革命の証しでもあった。聖俗がせめぎ合うこの渦潮を追って、著者が博捜し分類し読解する記録資料の山脈は、さながら「裏の西欧近代思想史」あるいは「不敬の政治史」といった観を呈する。なかなかの力作である。
◆アインシュタインの80年前の来日の様子が伝わる資料集
アインシュタインの東京大学講義録 その時日本の物理学が動いた
杉元賢治編著 大竹出版 2300円 4-87186-070-1
1922年、東京女子高等師範学校の歓声をあげる女学生の群集に完全包囲されてごきげんな蓬髪の西洋人がいた。彼は早稲田大学でも実に一万人にのぼる学生の大集団の出迎えを受ける。主要都市を講演行脚した彼は京都帝国大学も訪れたが、哲学者・西田幾多郎は自らの出不精を理由に頑として講演会には行かなかった。湯川秀樹はまだ中学生でやはり出席してはいなかった。彼、当時もっとも脂の乗った40代前半のアインシュタインが、完成してほどないかの「相対性理論」をひっさげて来日した折の話である。本書はこの物理学者が東大でおこなった講義内容を伝える、数式で埋め尽くされた受講ノートの写真版や、来日を嬉々として報じる新聞等の記事の数々や貴重なスナップ写真を収録した「来日80周年記念出版」の歴史資料集だ。講義を聴講した学生や教師による感想文は感動を生々しく伝えている。近くアインシュタインの「日本訪問日記」日本語版も講談社から刊行されるようだ。
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[2001年10月8日]
◆共産主義的原理主義による大量虐殺の実態
なぜ同胞を殺したのか ポル・ポト-堕ちたユートピアの夢
井上恭介ほか著 日本放送出版協会 1600円 4-14-080632-X
1975年4月から79年1月まで成立した民主カンプチアは、農業立国を一大政策に掲げたポル・ポト政権によって、隣国ヴェトナム同様、戦火と飢餓に覆われた悲劇の地となった。ナチスのユダヤ人大虐殺、スターリンによる大粛清とならび、20世紀でもっとも陰惨な「死の専制」が行われた。四年に満たない歳月に自国民の五分の一にあたる150万人以上が処刑され、あるいは強制労働の過程で餓死した。共産主義がなぜ人民を抹殺するイデオロギーとひとつになったのか。本書はポル・ポト政権を支えた幹部たちへの生々しいインタビューをもとに、いまだにその全容が謎に包まれている70年代後半のカンボジアの実態に迫った渾身のルポルタージュであり、類書が少ないなか貴重な一冊だ。理想国家建設の恐るべき逆説を私たちは未来永劫けっして忘れてはならないだろう。
※隣国ヴェトナムの悲劇→「憎しみの子ども」キエン・グエン著
早川書房 2200円 4-15-208370-0
◆ハンセン病隔離は日本国内だけのことではなかった
朝鮮ハンセン病史 日本植民地下の小鹿島
滝尾英二著 未来社 3500円 4-624-11184-2
2001年春、ハンセン病患者をめぐる90年間にわたる隔離政策の非を国が認めることとなった「歴史的和解」が成立した。まさに感動的な一瞬だった。しかしこの「和解」が解決そのものではなく、解決への道程の一歩であることに気づいていない国民は多いのではなかろうか。「民族浄化」の掛け声のもと合法的に患者を強制収容し、長きにわたって非人道的な処遇を続けた許しがたい国家的過誤の全容はまだ認知されているとはいえない。げんに国は隔離施設の入居者へのささやかな賠償を認めたばかりで、遺族、非入居者、朝鮮人への賠償は依然として実質的に拒んでいるのである。
本書はハンセン病政策や部落問題から見た日本近代史をテーマに地道に研究し続けている民間の歴史家によるライフワークであり、日本帝国による植民地支配下の朝鮮総督府におけるハンセン病患者隔離政策の歴史を丹念に追った労作である。小鹿島(ソロクト)の療養所に幽閉されいかなる人間的交流をも断たれた患者たちの苦しみ、患者の人間性や存在意義を否定するにいたる「優生思想」の傲慢と医学者たちの偏見、それに追随する当時の無批判なマスコミ、何ら人間的扱いのないなかで患者たちがなお「皇民」たることを要求されていた様々なエピソード……いずれも胸中が暗澹となる事実が淡々と記述されている。苛酷な棄民政策の真実から私たちは目をそむけるべきではない。
※「ハンセン病問題」関連書→こちら
◆非暴力主義はリアリズムだ。不屈の闘士が語る真髄
非暴力の精神と対話
ガンディー著 第三文明社 800円 4-476-01238-8
1942年7月、「すべての日本人に」。「かりにあなたがたが戦争に勝ったとしても、国民が誇りに思うような遺産をなにひとつ遺すことにはならないでしょう。どんなに巧妙に演出されても、残虐行為の独演会に国民が誇りをもつはずがありません。また、かりにあなたがたが戦争に勝ったとしても、それは、あなたがたが正しかったことを立証するものではありません。それはただ、あなたがたの破壊力のほうがまさっていたことを示すだけです」。ガンディーのこの忠告に耳を傾ける為政者やジャーナリストは当時いなかった。
これは、ガンディーが世界へ向けたメッセージの数々のうちのひとつで、本書に収録されている。彼はそれぞれヒトラーに、英米帝国主義に、社会主義に、アジアに向けてもメッセージを書いている、まず冒頭に「友よ」と語りかけながら。民族や肌の色や主義の相違を超えて人類を友とする彼の信条を、単なる理想主義と笑うことはできない。日本人への上記の指摘にせよ、ガンディーの視点はむしろきわめて現実的である。『わたしの非暴力』みすず書房、『私にとっての宗教』新評論、『不可触民解放の悲願』明石書店からその24編のエッセンスを集約した本書は、姉妹篇『わが非暴力の闘い』とともに、ポケットに入れて常時携帯できる希望の書である。艱難を覚悟して進もうとする時、非暴力はもはや非力でも無力でもないことを教えてくれる。
※英国からのインドの独立、パキスタンとインドの宗教的宥和をめぐるガンディー自身の証言→「真の独立への道」M.K.ガーンディー著
岩波書店 500円 4-00-332612-1
◆「大中国」が擁する民族圏の多様性がわかる
中国少数民族事典
田畑久夫ほか著 東京堂出版 3800円 4-490-10592-4
中華人民共和国がヨーロッパとアジア諸国に隣接し、洋の東西を結ぶ大国であることを「シルクロード」という世界史的象徴で私たちは知ってはいる。しかし「中国人」を想像する時のそのイメージ(容貌や音楽や話し方等々)はまことに単一的で貧弱なものだ。実際の中国を見てみると、漢民族のほかに、55の少数民族が国家から承認されており、それぞれの文化や風習は自然環境と同じく多様で独自の歴史を持っている。本書は日本人の大半が知らない彼ら少数民族の暮らしと伝統が分かる魅力的な事典である。簡潔な記述に地図や写真が付されており、どのページをひらいても感心することしきりだ。着ている民族衣装どころか、使用する言葉や文字すら異なる人々を見ていていると、「国民性」という術語の存在がいぶかしくなるほど。ユニークな事典づくりで定評のある東京堂出版がまたやってくれた。
※変り種辞典・お役立ち事典の新刊→
古代の出雲事典
滝音能之著 新人物往来社 5800円 4-404-02941-1
手紙・はがき常識事典 すぐ使える、文例と応用
主婦の友社編 主婦の友社 角川書店(発売) 1400円
4-07-231283-5
語源辞典 植物編 吉田金彦編著 東京堂出版 2400円
4-490-10586-X
詐欺とペテンの大百科 カール・シファキス著
青土社 4800円 4-7917-5916-8]
◆17世紀ヨーロッパを生きた三人の女性の生涯を活写
境界を生きた女たち ユダヤ商人グリックル、修道女受肉のマリ、博物画家メーリアン
ナタリー・Z.デーヴィス著 平凡社 5200円 4-582-74428-1
西欧近世文化史の大家デーヴィス女史による著作の四番目の邦訳が刊行された。17世紀ヨーロッパで、三人の平凡な生まれの女性が、生涯にジェンダーによる序列とどうわたりあったかをめぐる、異貌の女性史である。原著は1995年刊。優秀なユダヤ商人で寡婦のグリックル、息子を置いてアメリカ原住民への布教に旅立った修道女マリ、スリナムの昆虫・植物画を描いた名匠的博物画家のメリーアン。エネルギッシュな行動力と才気で「男勝り」の業績を残した。それぞれの別々の信仰――ユダヤ教、カトリック、プロテスタントが、彼女たちに与えた価値観や、多文化的な都市に住む女職人の特徴的な気質などを活写し、専門的歴史書にもかかわらず楽しく読めるのが魅力だ。デーヴィス史学の真骨頂である。
※近代ヨーロッパを捉えなおす注目関連書新刊→ゲイ著「快楽戦争」青土社、「ホブズボーム歴史論」ミネルヴァ書房
◆フロイトが「発見」した名高い「狼男」の生涯
W氏との対話 フロイトの一患者の生涯
K.オプホルツァー著 みすず書房 3600円 4-622-03969-9
W氏つまりヴォルフマン=狼男は、精神分析史上もっとも有名な患者の一人である。彼が4歳のころ見た「狼に食べられる」夢はフロイトによって幼児期の強迫神経症の格好の症例であると診断された。彼は1979年に死去する。フリーの女性ジャーナリストである著者が、仮名でしか知られていなかったこの「狼男」をウィーンで探し出し、最晩年に緊密なインタビューを重ねた成果として1980年に発表したのが本書である。「狼男」はフロイトならびにその弟子たちにとって特別な存在であり、いわば彼らの「お抱え」患者だった。
男はこう言う、「精神分析のあまり良くない点というのは、他人から指示を受けて生活することに慣れてしまうことです。精神分析は自我を弱めると私は言いたいのです。精神分析によってイド〔=本能的衝動〕はいくらか楽になるかもしれませんが、権威と結びつく結果、自我は損なわれます」。「精神分析家は父親像です。……理論によれば……本当なら精神分析は父親像なしに生きていけるようにできるはずではありませんか。しかし、実際は、その父親像とともにさらに生きつづけることになります。……私は〔分析家と〕考えを共有したのです」。患者から告白されたこの共犯関係を読者はどう読むべきだろうか。興味の尽きない本である。
※「幼児期」をめぐり、身体論と心理学が架橋される→「メルロ=ポンティ・コレクション 3」みすず書房
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[2001年10月15日]
◆世界の構造改革のために。簡潔にして要をえた分析と提言
暴走する世界
ギデンズ著 ダイヤモンド社
イギリスを代表する社会学者であり、トニー・ブレア首相が大きな信頼を寄せている新たな社会民主主義路線「第三の道」の唱道者であるギデンズが1999年に刊行した本書は、グローバリゼーションがもたらしつつある様々な社会的変化を主題に現代を読み解く、一般読者向けの中篇論文である。多様化するリスクを福祉社会はどう共同管理するか。伝統を生かすコスモポリタニズムとは何か。家族像の変容に現代人はどう適応すれば良いか。そして民主主義は今後どのように深化されるべきか。ギデンズに同意するにせよしないにせよ、これらの考察と提言はいずれも傾聴に値する。加速度的に変転する世界はけっして人類の手におえなくなってしまったのではない。錯綜する問題の要点を簡潔にまとめたこの論考はいわばギデンズから読者に手渡された宿題であり、世界がどう「構造改革」されるべきか、真剣に考えたい読者にとって試金石となるだろう。巻末の参考文献も充実している。
※こちらもギデンズの注目新刊→「ギデンズとの対話」而立書房
2500円 4-88059-280-3
◆類書が少ない重要な分野で角川が頑張った
角川世界史辞典
西川正雄ほか編 角川書店 3800円 4-04-032100-6
アップデートされたハンディな世界史辞典が欲しかった読者に朗報。好評の日本史辞典(『角川日本史辞典
新版』朝尾直弘ほか編)に続き、角川書店が十年の歳月をかけてついに完成させたのが本書だ。収録項目は14,000項目。第一線の研究者約五百名の分担執筆によって、日本で初めて取り上げられる固有名詞や歴史用語が多数あり、これまで類書では手薄になりがちだったイスラム圏の関連項目なども充実している。概念語の項目では由来の説明を重視。世界地図の歴史などの六つのテーマで図説した豊富なカラー口絵写真110余点は楽しいし、主要国政治指導者表、主要地名対照表など八つの付録が便利だ。激動する日々の世界情勢、ニュースの背景を知るうえで、役に立つだろう。
※これも一緒に持っていたい→「TVのそばに一冊ワールドアトラス」8訂版
帝国書院編集部編、帝国書院、ISBN:4-8071-5276-9、\1,200
◆国民/非国民という近代日本社会における差別の起源は
文明開化と差別
今西一著 吉川弘文館 1700円 4-642-05527-4
全冊書き下ろしの名シリーズ「歴史文化ライブラリー」からの一冊。『国民国家とマイノリティ』などの研究で知られる日本近代史家が長年にわたって主題化してきた日本における身分差別の近代化を、コンパクトに再説した好著である。村落共同体における最下層とみなされた人々の中には、穢多や非人のほかに「雑種賎民」といわれる芸能者たちがおり、大道芸や見世物といった場を生成した。共同体が近代都市化するにつれ、彼らが提供してきた多様で雑多な大衆文化は制限され、一方で身分制度は1871年(明治四年)に布告された「解放令」をもって形式上終焉する。しかしこれを境に民衆の「国民化」が始まり、歌舞伎や相撲が伝統芸能や国技と認可され、国益という基準とそれに適わない「非国民」というカテゴリーが誕生したことを著者は鋭く指摘する。小書ながら多くのポイントが整理された必読の近代史研究である。
※「国民国家」の起源と未来を考える→こちら
◆カリブ海文化圏を代表する黒人女性作家の初の講演集
越境するクレオール マリーズ・コンデ講演集
マリーズ・コンデ著 岩波書店 2800円 4-00-022260-0
『わたしはティチューバ』『生命の樹』などの小説で知られる、仏領グァドループ生まれのフレンチ・クレオール作家によるエッセイおよびインタビューを11篇集めた、日本オリジナルのアンソロジーである。パリで学位を得た後、ギニア、ガーナ、セネガルを転々とし、現在はニューヨークのコロンビア大学で教鞭を執っている彼女の代表的テキストを「私の言葉を求めて」「カリブ海文学の軌跡」「グローバル化とディアスポラ」の三部に振り分け、西成彦、管啓次郎、今福龍太による各部の総括的な解説を付す。自伝的エピソードあり、セゼール、サンジョン・ペルス、グリッサンらをはじめとするクレオール作家たちの紹介あり、ネグリチュードや移民、植民地をめぐる論考ありと、いずれも見逃せない内容で一気に読ませる。なお、2001年10月には二度目の来日を果たし、カリブ海文学における文学的カニバリズムをめぐって講演した(本書にも「英雄とカニバル」と題された論考が収録されている)。
※ネグリチュードと女性→「ジャメイカ・キンケイド」「エドウィージ・ダンティカ」「ジュノ・ディアズ」「ゾラ・ニール・ハーストン」
◆中断を乗り越え約四半世紀をかけた地道な訳業がついに完成
精神現象学
G.W.F.ヘーゲル著 未知谷 10000円 4-89642-039-X
私塾・鶏鳴学園および鶏鳴出版を主宰する在野の哲学者が、1977年以来、24年を費やして彫琢した訳業がついに完成した。もっとも、完成というよりは、訳者の心意気からするとおそらく生涯をかけて更なる進展を期するといったところか。先行する全訳はこれまでに三点。金子武蔵(岩波書店版、上下巻、現在品切)、樫山欽四郎(平凡社ライブラリー版、上下巻)、長谷川宏(作品社版)の訳がある。今回の新訳で特徴的なのは、訳注がいわば翻訳のための覚書として読めることで、既訳とどう解釈が違うのかが随所に明示され、あるいは解釈に迷う箇所は率直にその旨を述べている。本書は戦後の西洋においてコジェーヴ、ジャン・イポリット、フランシス・フクヤマなどによる自由な解釈によって、近代社会と人類の未来を考察する上で依然として欠かせない思想的源泉とみなされており、人間精神の進化論としてこんにちもなお読み継がれる古典中の古典だ。それだけに、こうした訳注は勉強になる。ズシリと重い質感にふさわしい、華美なところのないシンプルな装丁もいい。
※「精神現象学」を読み解くために→こちら
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[2001年10月20日]
◆キリスト教文化に潜在する他者への「優越感」を暴く
ピノッキオの眼 距離についての九つの省察
カルロ・ギンズブルグ著 せりか書房 3800円 4-7967-0234-2
現代イタリアを代表する歴史家の十番目の著書(原著1997年刊)の邦訳。いずれも90年代に書かれた、未発表論文三篇を含む九つの省察から成っている。原題は「木切れの眼:距離についての九つの省察」という。木切れの目とは異人や他者の視線であり、歴史を見つめ直す素朴な(人形の目のように純粋な)問いかけである。現実と批判的に対峙する「距離」が見出される。本書の中核を成すのは、ユダヤ教とキリスト教との間の思想的距離をめぐる諸論考で、著者はユダヤの知識人として西洋文化の根源(ユダヤ人を「追放」し続けてきた風土の来歴)と向かい合う。「歴史とフィクションの境界を不分明なものにするまでにぼかしてしまう流行の理論に、あたう限りの明晰さをもって対抗したい」と著者は断言する。物語化や神話化の誘惑をきっぱりと退けつつ、なおも物語と神話の生成現場へと分け入る果敢さが、この歴史家の魅力なのだ。
※歴史とはそもそも虚構なのか、それとも虚構を排するものなのか?→「アウシュヴィッツと表象の限界」
◆取り返しのつかない危険がすぐそこまで近づいている
監視社会とプライバシー
小倉利丸編 インパクト出版会 1500円 4-7554-0112-7
IT革命に象徴される高度情報化社会は、セキュリティの向上という名のもとに、市民のプライバシーを巧みに管理しかつ監視する、いわば偽りの公共化が進んでいく社会でもある。本書は国内外で明らかになってきた危機的状況を分析し、監視社会を推進する政治的暴挙に反対する活動家たちのリポートを集めたアンソロジーだ。国民総背番号制の基礎となる「住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)」、車のナンバープレートを認識し指名手配車両を検挙するための「Nシステム」、一般市民が知らない水面下で行われている「盗聴捜査」などが日本では問題視され、国際社会では、通信監視ネットワークの「エシュロン」や、ヨーロッパの「サイバー犯罪(取締)条約」が注目されるようになってきた。それらは危機管理や犯罪の抑止という側面では善なのかもしれないが、裏返せば国家や国際社会の掲げる大義へ民衆を過剰に従属させる権力装置ともなる。「目を覚ませ」という本書のメッセージが重大である所以だ。
※すべての「危機管理」は善であるか? 問題の諸相は→こちら[「危機管理」キーワードで]
◆ナチズム成立前史を緻密に記述した恐るべき大著
ヴァイマール共和国史 民主主義の崩壊とナチスの台頭
ハンス・モムゼン著 水声社 7000円 4-89176-449-X
1930年マールブルクに生まれた現代史研究の重鎮ハンス・モムゼンによる記念碑的大著。原著刊行は1989年。待望の完訳である。ウェーバー研究で有名な歴史家である双子の兄ヴォルフガングの著書は数多く邦訳されてきたが、弟ハンスの単著はこれが本邦初訳となる。本書の舞台は、1918年より1933年までドイツを統治したヴァイマール共和国である。第一次世界大戦終結と並行して起きたドイツ革命(ドイツ帝国の崩壊)を経て成立したヴァイマール共和国が、やがてナチスの政権掌握によって終焉するまでを綿密に描く。帝国戦争で消耗した国土を再建するはずの共和制が、わずか四半世紀を経ないうちになぜファシズムにとって替わられたのか。「みすみす失われた自由」という本書の原題は、価値観や道徳の崩壊に続く暴力とテロの独裁が、国民世論の積極的支持によって実現されてしまったことを含意する。様々な国でよく似た歴史が繰り返されようとしている昨今、まさに教訓とすべき書物である。
※ナチズム(民族/国民/国家の社会主義)という症例→
KGB〓調書ヒトラー最期の真実 (〓は「マル秘」のマーク)
20世紀の人物シリーズ編集委員会編 光文社 3500円
4-334-96113-4
ドイツ・ナチズム文学集成 1
池田浩士編訳 柏書房 3800円 4-7601-2065-3
パラノイアに憑かれた人々 上
ロナルド・シーゲル著 草思社 1600円 4-7942-1083-3
パラノイアに憑かれた人々 下
ロナルド・シーゲル著 草思社 1800円 4-7942-1084-1
わが闘争 完訳 上 アドルフ・ヒトラー著
角川書店 800円 4-04-322401-X
わが闘争 完訳 下 アドルフ・ヒトラー著
角川書店 705円 4-04-322402-8
◆遺伝子学的言説の物質的・経済的・社会的背景を探る
遺伝子の新世紀
エヴリン・フォックス・ケラー著 青土社 2400円 4-7917-5917-6
『科学とジェンダー』(工作舎)、『生命とフェミニズム』(勁草書房)などの著作で知られるアメリカの高名な科学史家・科学哲学者による「ポストゲノム」時代の生物学をめぐる刺激的な論考である。発生する生命体の特性を決め、先代から後代へとこの特性を安定的に保たせる、という遺伝子の不思議な性質の正体とは何か。つい百年前まではほとんど何も答えられなかったに等しい、未知の学問であった遺伝子学は、20世紀の最後の四半世紀に著しい進歩を遂げ、ついにヒト・ゲノムの解読が完了するまでになった。生きとし生けるものの謎すべてが遺伝子で説明できる時代になったのではと思われた。しかし実際はそうではなく、科学は生と死の二元論では解明できない、より複雑な領域へ踏み込みつつあるのだ、と著者は指摘する。遺伝子という言葉すらもはやそぐわしいものではない。遺伝子学の進歩とはすなわち、遺伝子学が前提としてきたものの解体過程でもあったのだ。とすれば、遺伝子で説明をつけようとしてきたこれまでの「科学的姿勢」は何だったのか。著者ならではの立ち入った追究に教えられるところは多い。
※気になるキーワード→「ポストゲノム」
◆これは絵画か、それとも? 現代芸術の転換点を読み解く
マルセル・デュシャン 絵画唯名論をめぐって
ティエリー・ド・デューヴ著 法政大学出版局
3800円 4-588-00701-7
ロザリンド・クラウスとともにこんにちもっとも注目されているベルギー生まれの現代美術史研究家による主著がついに邦訳された。著者の単行本としては本邦初訳である。マルセル・デュシャンの個人的な芸術的転回が現代芸術全体の運命をも変えたのは何故か、それが本書で論じられる主題である。1912年9月以来、デュシャンはキュビスム形式の絵画を描くのをやめ、自転車の車輪や雪かきシャベルなどの既成の工業製品を使って、オブジェを作りはじめる。人々はそれらを芸術ではないもの、反芸術的なものと評した。彼の一連のいわゆる「レディメイド」作品で有名なのは、「泉」と題された(単なる)白い便器である。デュシャンのこうした試みによって、「芸術とは、絵画とは何か」という問いにはもはや確固たる定義が与えられなくなったのだ。これが著者の説明するところの唯名論――つまり「普遍的芸術」とは名前だけの存在で、実体的に在るものではないということ――である。著者は本書のあとにも『デュシャン以後のカント』を刊行しているが、こちらも邦訳が待たれるところだ。
※デュシャンの作品やテクスト、デュシャン研究→こちら
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[2001年10月26日]
■戦争だって? いまこそ何が真実かを見極めなければ。
「現代思想」11月臨時増刊号:これは戦争か 青土社
これは戦争か、と自問してみよう。そして誰が戦争だと言っているのか、耳を澄ませよう。米国同時多発テロ事件およびアフガン報復攻撃について、誰がいつどんなシチュエーションで何を語っているか。今回の一連の出来事をめぐる発言ほど、世界中の識者の「旗色」が見えてくるものはない。テロの背景とは何か、報復攻撃は是か非か、「戦争」はこの先どうなるのか、私たち日本人はどう対処するべきなのか。本特集号に掲載された国内外の27編の論考とインタビュー、そして総括的な武藤=市田対談は、日本のマスコミ報道からは得ることのできない視点と論点を、読者に与えてくれる。「世界でもっとも貧窮した国の一つへ対して米国が軍事行動に出、市民の自由が深刻に侵害されるという恐れを前にして、私たちは反応せずにはいられない」というド・バリーの言葉は、戦争の行方を憂うすべての人々の声でもあろう。
本特集より「世界からの声」を一部抜粋してご紹介する:レイコフ「テロを終わらせようと望むなら、アメリカは自らがおこなっているテロへの寄与をやめなければならない」。チョムスキー「私たちは破局へ向かって断固として進む必要などないのです、進撃命令が下されたからといって」。ウォーラーステイン「この『戦争』は、勝利も敗北もありえない……それは単に終わらないということだ……その闘争は、長期にわたって続き、この星に生きる大半の人々にとっての暗い時代となるであろう」。フクヤマ「アメリカは、アメリカもその一部である世界のありかたを一方的に規定でき
ると考えるのではなく、むしろ具体的な利害関係があり、実際の攻撃にたいする脆さをもった国という意味で、もっと普通の国になるだろう」。ジジェク「アメリカのテロリスト対策組織に最初ついたコードネームが『無限の正義』だったことほど、巨大なアイロニーを想像できるだろうか」。マフマルバフ「主観的な描写には、平和の片鱗も、安定も、進歩も見つけられない……アフガニスタンはむやみに麻薬を製造し、好戦的で、女性をブルカで覆い隠すような原理主義の人々であると、辞書に書かれてしまいそうなところまで、アフガニスタンに対する中傷は達している」。
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[2001年10月29日]
■ようやく本格化した「公式」アルチュセールの復活
マキャヴェリの孤独
ルイ・アルチュセール著 藤原書店 8800円 4-89434-255-3
かつて雑誌論文や単行本として公刊されていたが、長らく絶版で入手不可能となっていたアルチュセールの著作のうち、主要なものを一冊にまとめた、待望の新刊である。原著は1998年。近年、遺稿集が邦訳されたり、主著が新訳(ないし改訳)されたりということはあった。だが、福村書店の『歴史・階級・人間』『国家とイデオロギー』『科学者のための哲学講義』『自己批判』や、紀伊国屋書店の『政治と歴史』、人文書院の『レーニンと哲学』といった、70年代に邦訳出版されていた書目はいずれも絶版で、こんにちも入手が難しいままだ。じつはそうした情況は日本だけのものではなく、フランス本国でも同じだったのだ。アルチュセールはいわば、公的には忘却の地へ流刑に処されていたわけだ。
上記絶版書に収録されていたすべての論文がこの新刊におさめられているわけではなく、むしろ本書に収められたうち半分以上の論文が本邦初訳になるわけだが、何より公刊論文など未訳だったものが多く読めるようになったのは嬉しい。整理しておくと、全14章のうち、既訳があるものは「〈社会契約〉について」(『政治と歴史』所収)、「レーニンと哲学」(『レーニンと哲学』所収)、「革命の武器としての哲学」(『国家とイデオロギー』所収)、「自己批判の要素」(『自己批判』所収)、「アミアンの口頭弁論」(同上)、「やっと、マルクス主義の危機!」(新評論『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』所収)である。
初訳となるのは、「歴史の客観性について」「レーモン・ポラン『ジョン・ロックの道徳的政治学』について」「哲学と人間科学」「終わった歴史、終わらざる歴史(D・ルクール著『ルイセンコ』への序)」「G・デュメニル著『「資本論」における経済法則の概念』への序」「「有限」な理論としてのマルクス主義」「今日のマルクス主義」「マキャヴェリの孤独」の8つ。自らの所属する共産党の党組織に痛烈な批判を向ける78年までの過程が読み取れると言ってもいい。マルクス自身が「私はマルクス主義者ではない」と言ったことの意味を当時もっともよく理解していたのは、アルチュセールであろう。
※アルチュセール研究は→こちら。
■倫理学の新しいフロンティアを開拓する困難な作業
臨床的理性批判
中岡成文著 岩波書店 2800円 4-00-026586-5
こんにちアカデミズムの枠を超えて広く求められているのは、知や理性といった普遍的モジュールを、単なる形而上学的な抽象に限定するのではなく、現実社会の諸問題に対峙しうる「臨床的な」倫理として、批判的に鍛え直す作業である。本書は、逼塞するモラルの閉域を解体し組み替えていこうとする、非常に困難な試みに挑戦している。モラルの旧弊を突き抜けようとするとき、ともするとそれは非モラル的な暴力であるか、超越者のエキセントリックな振る舞いになってしまう。そこで著者が足がかりにしたのは、ハーバーマス/アーペル的な「対話の倫理」の再検討とニーチェのアフォリズム遺稿集『生成の無垢』だった。理性のもとに平等なユートピアを見るのではなく、コミュニケーションの非対等性を認識し、原理的に導き出されるのではないモラルを模索している本書には、学問の硬直を逃れるしなやかさが感じられる。
※倫理学の最前線→
『「聴く」ことの力』鷲田清一著、TBSブリタニカ、ISBN:4-484-99203-5
『弱くある自由へ』立岩真也著、青土社、ISBN:4-7917-5852-8
『ためらいの倫理学』内田樹著、冬弓舎、ISBN:4-925220-02-0
『身体/生命』市野川容孝著、岩波書店、ISBN:4-00-026426-5]
■「死後の霊魂の安定」とは何か。特異な国学者の実像に迫る高著
平田篤胤の世界
子安宣邦著 ぺりかん社 3000円 4-8315-0984-1
江戸思想史学の第一人者である著者が、初めての著書『宣長と篤胤の世界』を中央公論社から刊行したのは、1977年だった。『霊の真柱』(岩波文庫)などの著書で知られる国学的宇宙論の提唱者・平田篤胤(1776-1843)をめぐる研究はその後も続けられ、長らく品切れになっていた著書に四つの論考を増補し、新たな一冊としてよみがえらせたのが本書だ。もともとは篤胤論のみが一冊にまとめられるはずだったが、著者にとってそれらは本居宣長研究との相補的な成果であって、本書の三部構成のうち、旧著にあった宣長の思想研究を扱う第一部は、篤胤論である第二部と序論とともに、そのまま残されている。古史古伝の注釈学者としての宣長による『古事記伝』(筑摩書房「平田篤胤全集」第9〜12巻)から、神道神学者としての篤胤による『古史伝』(名著出版「新修 平田篤胤全集」第1〜4巻)に至る国学の継承を跡づけ、篤胤独自の幽事概念を軸に、その救済論的立場を解明した高著である。
※本書のほかの平田篤胤研究も見る→こちら
■イタリア・ルネサンスの天才画家の生涯と作品を読み解く
ラファエッロ 幸福の絵画
H.フォシヨン著 平凡社 920円 4-582-76412-6
20世紀前半を代表するフランスの高名な美術史家による、1926年に刊行された小編。かのバルトルシャイティスの岳父でもある著者は、生涯に四百点近い著書を書いたが、本邦では『形の生命』(岩波書店、絶版)などをはじめとする数冊しか訳されておらず、名のみ高くしてその業績は十分に知られているとは言えない。本書は15-16世紀イタリアに生きたフレスコ画家ラファエッロの生涯と作品を紹介したもので、37歳で短い生涯を終えたこの天才を、「無垢の青春」とたたえ、「努力家」ミケランジェロと対照的に論じている。「生まれながらの偉大な肖像画家」と、深い愛をこめて語られた彼の画業のうち、高名な「アテネの学堂」など、多数の図版が本書を飾る。
※同時代を生きたもう一人の偉大な美術史家をめぐる邦人初の本格的研究書→田中純「アビ・ヴァールブルク記憶の迷宮」青土社
3600円 4-7917-5918-4
■神学、天文学、数学とひとつだったころの音楽理論
音楽論 全訳と手引き
ヨハンネス・デ・グロケイオ著 春秋社 4800円 4-393-93015-0
ヨハンネス・ティンクトリスの『音楽用語定義集』(1979年、シンフォニア)の邦訳に続く、中世ルネサンス音楽史研究会による地道な研鑚の大きな成果が刊行された。13世紀末の人グロケイオのヨハンネスは、当時スコラ哲学最盛期のパリ大学で教鞭を執っていた聖職者だったとされており、中世における音楽理論の重要文献のひとつである本書『音楽論』を著した。音楽史でいうところのアルス・アンティクァ(旧技法)からアルス・ノヴァ(新技法)への移行期、高度な多声音楽が展開していく時代に成立したと推察される本書は、プラトンの『ティマイオス』や、アリストテレスの『自然学』、ピュタゴラス派の「調和」論への言及から出発して、音楽の原理としての「協和音」について語り、続いて音楽を三つ(世俗音楽、計量音楽、教会音楽)に分類し、解説する。古代ギリシアにおいて天文学と数学とひとつのものだった音楽学は、中世において神学のもとに受け継がれていく。原典の邦訳と詳しい注に加え、六篇の周到な解説論文が、西洋音楽の源流を浮かび上がらせる。貴重な本だ。
※音楽と人間精神のつながりを読み解く新刊→
ベートーヴェンの日記
ベートーヴェン著 岩波書店 2800円 4-00-002059-5
音楽のエゾテリスム フランス「1750-1950」秘教的音楽の系譜
ジョスリン・ゴドウィン著 工作舎 3800円 4-87502-355-3]
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