Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics.  by Hiroshi Kobayashi


2001年12月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。※「人文レジ前」は2004年6月で連載を終了いたしました。

[2001年12月3日]

■アメリカの正義? 日本人はこれを読んで出直すしかない

9.11 アメリカに報復する資格はない!
ノーム・チョムスキー著 文芸春秋 1143円 4-16-358210-X

アメリカ同時多発テロ事件の関連書のなかでもっとも読まれるべき本。著者は高名な言語学者である一方で、こんにちまでアメリカの政治的横暴にもっとも深くメスを入れ、批判してきたユダヤ人知識人だ。9月19日から10月5日までマスコミ各社やジャーナリスト等から受けたインタビューを全7章にまとめている。なぜ事件が起こったのか、アメリカはなぜ標的にされ、恨まれているのか。その背景を探ろうとすること自体がタブー視されるさなか、著者はきっぱりと「歴史のルーツを直視せよ。そもそもアメリカはテロ国家の親玉なのだ」と言い放つ。

これは放言でもウソでもない。象徴的な数字を挙げれば、アメリカが第二次大戦後、こんにちまで20カ国もの国々と「戦争」し、爆撃し、大量の市民を巻き添えに殺してきたのは事実だ。それらはあまりにも堂々と行われたテロ活動だった。著者も指摘するように、国際司法裁判所が国際的テロで有罪を宣告した唯一の国がアメリカである。80年代、レーガン政権が実行したニカラグア攻撃はその判決によっても止まなかった。最悪だが、このあとさらに、アメリカは国連安全保障理事会と国連総会の三度におよぶ国際法遵守決議を拒否している。

上記は史実のほんの一部である。本書が一貫して主張するのは、今日までテロリストたちを積極的に養成し利用してきたアメリカの歴史を直視し、安易な「文明の衝突」的世界観に溺れず、暴力の悪循環のエスカレートをいまこそ断ち切るべきだ、というメッセージである。アメリカの現実を理解しようとしない人々にとっては「論理のすり替え」であるかのように映るだろうが、事態をありのままに認識し判断するためには、アメリカ人も日本人もまずこの本を読んで出直すしかない。

※本書第五章の既訳を掲載。知識人たちの声→『現代思想』特集:これは戦争か 青土社
※気鋭の国際ジャーナリストによる注目書→『「テロリスト」がアメリカを憎む理由』芝生瑞和著、毎日新聞社、ISBN:4-620-31541-9


■アフガンの日常を描き、世界の無知を難じた貴重なレポート

アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ
モフセン・マフマルバフ著 現代企画室 1300円 4-7738-0112-3

「石仏はほとんど跡形もない」とタリバンの外相が発表したのは2001年3月11日のことだった。世界最大級を誇るバーミヤンの仏教遺跡の立像は、建造から1500年後に「宗教的理由」から破壊された。前月に予告されてはいたものの、誰も止めることはできなかった。皆が呆然とする出来事だったし、世界中がタリバンを非難した。しかしここにこの事件の深層を見極めようとする、もうひとつの視点がある。本書は、イランの映画監督であるマフマルバフ(1957-)による、アフガニスタン関連の三つの発言をまとめたものだ。彼はこう書く、「『仏像』の破壊については皆声高に叫ぶのに、アフガンの人々を飢えで死なせないためには、なぜ小さな声すらもあがらないのか。現代の世界では、人間よりも像のほうが大事にされるというのか」と。

仏像破壊を正当化しているのではない。そうではなく、タリバンの圧政や飢餓、部族対立や内戦、移民問題や慢性的な貧困や荒廃した国土……等々といった国情をほとんど誰も知ろうとしないという現実を問題視して、こう喩えるのである。仏像はアフガニスタンに対する世界の無関心を恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って崩れ落ちたのだ、と。マフマルバフはアフガンの現状を活写した映画『カンダハール』(2001年)を制作する途中でこのレポートを書き、戦争や飢えで国民が死んだり難民化することの原因を追究した。本書には、『カンダハール』がユネスコの《フェデリコ・フェリーニ》メダルを受賞した際の記念スピーチや、アフガン難民の追放に反対するためにイランのハタミ大統領へ送った公開書簡も収められ、巻末にはアフガニスタン略年譜や映画『カンダハール』解説が付されている。必読である。

※アフガニスタンを知るために→田中宇「タリバン」光文社新書、中村哲「医者井戸を掘る」石風社、レッシング「アフガニスタンの風」晶文社、イグナティエフ「仁義なき戦場」毎日新聞


■IBMとナチスの協力体制を暴いた衝撃の一大ドキュメント

IBMとホロコースト ナチスと手を結んだ大企業
エドウィン・ブラック著 柏書房 3800円 4-7601-2158-7

「本書を読むのは、非常に不快な経験となるだろう。書くのも非常に不快な作業であった」。冒頭にそう書かれている。著者はユダヤ人ジャーナリストで、両親はポーランドで強制連行され、収容所に向かう途中脱走して奇跡的に生き延びた。IBMの創業者ハーマン・ホレリスが発明した高速データ選別機がユダヤ人大虐殺にいかに貢献したか、その歴史の真実を綿密に解明したのが本書である。IBMドイツ支社が売り込んだ人口調査システムと高度な人口統計・登録技術によって、ナチスはユダヤ人を数え、特定し、管理し、虐殺した。ヒトラー政権はIBMの設備と技術的支援によって、人類史上初めて「人種絶滅の自動機械化・システム化」を強力に推進したのだ。

IBMのトーマス・ワトソン社長はこれによってナチスより叙勲されただけでなく、ドイツ全土に数千台の「ホレリス・システム」を配備したことによって莫大な利益を得ていた。これらは事実でありながら、誰も究明しようとしなかった最終解決の裏舞台なのだ。本文が二段組で450頁を超える大著ながら、飽きさせない。著者自身も書いている通り、本書は「IBMなしにはホロコーストは起こり得なかった」などと結論するものではけっしてない。IBMのテクノロジーが果たした決定的な役割を、順を追って冷徹に説明しているのである。原著は今年(2001年)はじめに刊行されたばかりのもので、本訳書はこの原著に著者が加筆訂正した改訂原稿を底本としており、いわば世界最新版と言える。渾身の力作である。

※大虐殺を新たな視点から見る→フェレンツ「奴隷以下――ドイツ企業の戦争責任」凱風社、クレー「第三帝国と安楽死」批評社、ブライトマン「封印されたホロコースト」大月書店、ビンディング「「生きるに値しない命」とは誰のことか」窓社、ヒルバーグ「ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅」柏書房


■残酷だが、強者が弱者を叩く非道の真実を忘れないために

世界の人権 2001
『アムネスティ・レポート世界の人権』編集部編集 アムネスティ・インターナショナル日本 1800円

リュックサックを背負った少年の後姿。白い荒れ地を隔てて向こうに軍用ジープが一台。その脇に銃を構えた兵士がいる。銃口は狙いたがわず、立ち尽くす少年に向けられている。このなんともいえない緊張感が漂う表紙をめくると、五十音順に各国別の人権の現状がレポートされている。例えば、一番最初は「アイルランド」だ。国名の英語表記や首都、人口、公用語、国家元首、政府首班、死刑制度(存続・廃止の有無)、条約批准・署名の明細など、まず基本的なデータが示される。続いて国内の全般的人権情況が手短に記述され、簡略な国土地図が示される。そしてここからはその国特有の年次レポートが項目ごとに分けられ、「和平合意の人権の側面」「治安部隊による銃殺」「虐待」「自由権規約委員会」「難民と差別」といった項目が淡々と事実を列挙する。

このほかにも、失踪や人質、政治的投獄、言論抑圧、警察による暴虐行為、女性の地位、同性愛者の人権、宗教的マイノリティの立場など、国によって様々な項目が立てられている。むろん「日本国」についてのページもある。この国も相当ひどい人権侵害を犯してきたという事実が明白になる。たとえば、2000年8月、入国管理局の職員が、日本語が話せない中国人を取り調べ中に頭蓋骨が骨折するまで殴打した事件があったことをご存知だろうか! 職員は中国語が喋れず、そこには通訳も同席していなかった。一対一の密室における、逃げ場のない暴力だった。

大国から小さな国まで、この一冊で世界における人権の現在がわかる。巻末には、多数の図版つきでアムネスティのここ一年の活動レポートが付され、さらに国際人権条約批准状況や地域別人権条約批准状況は一覧表になっており一目瞭然だ。本書は、西暦2000年の地球において、どのような人的暴力がどのように誰にどこでふるわれたかを総覧する地図である。人類の悲惨や犯罪は全地上に存在しており、容易に改善されてはいないのだという暗い事実が突きつけられる。それでも私たちはこのレポートを読むべきだろう。アムネスティは、言わずと知れた世界的な人権擁護団体であり、活動のかたわら、毎年このレポートを更新・作成している。

※おすすめしたい関連書→
『人権読本』鎌田慧編著 岩波書店 740円 4-00-500386-9
『人権用語辞典』明石書店 4-7503-1465-X


■年末恒例、盛りだくさんのガイドブック

ことし読む本いち押しガイド 2002
リテレール編集部編 メタローグ 1500円 4-8398-0033-2

2001年秋から2002年秋までに刊行された書籍のなかから、各界識者や読書人がそれぞれ注目するタイトルをピックアップした、年末恒例のガイドブックが完成。文学から人文社会、科学、芸術まで幅広いジャンルをカヴァーしているため、「こんな本が出ていたのか」という発見が多い。大きな本屋をウロウロするのは面倒、という読者にとっては毎年の福音である。各界を代表する49人による「2001年単行本・文庫本ベスト3」、坪内祐三や斎藤美奈子ら「精鋭読者家」12人によるブック・コラム、16分野216冊のガイドに加え、岡野宏文と豊崎由美による辛口対談「2001年のベストセラーを読む」、宮台真司と速水由紀子によるカルチャーレビュー対談など盛りだくさんである。どの書き手がどの本を選んでいるか、思いがけない本音や感想、関心の広がりに出会えるのが楽しい。イモヅル式読書のすすめである。

※既刊にも発見あり→「1999年版」「2000年版」「2001年版」

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[2001年12月10日]

◆1000頁を超えるライフワークで歴史学の限界に挑む

聖王ルイ
ジャック・ル・ゴフ著 新評論 12000円 4-7948-0530-6

書影画像では伝わらないのが残念だが、本書はものすごく分厚い。ツカが53ミリもあって、並みの辞書を凌ぐほどの重量感。その威容は探検家たちを挑発してやまない高峰の如くだ。歴史学界にその名声をとどろかせるフランス・アナール学派の重鎮ル・ゴフ(1924-)による、畢生の大著である。原著は1996年刊。主題となるルイ9世(1214-70)は、まだ少年だった1226年に即位し、その政治力によって国内の集権化を進め、国外ではカペー朝の権勢を拡大したフランス王である。二度目の十字軍遠征の途上で客死した後に列聖され、理想の君主と見なされた。

本書は三部から成る。第一部「聖ルイの生涯」は、13世紀のキリスト教世界において中心的人物であった王の一生を節目ごとに区切って叙述。死後27年後に列聖されるまでの期間も解説される。第二部「王の記憶の生産」は、数多くの「聖ルイ伝」にあたり、聖王伝説の生成と構造を解明する。第三部「聖ルイ、理想的で比類なき王」では、王の外面的な歴史の叙述ではなく、その内面性、メンタリティから見た人物像を浮かび上がらせる。小説的伝記ではなく、単なる歴史記述でもない、一個の全体史としての「歴史学的伝記」の可能性が試される。従来の歴史学の学問的枠組への全面的な挑戦である本書は、韜晦に陥らない具体的な記述によって、誰もが楽しんで読めるエンターテイメントにもなっている。

※関連資料はこちら→「西洋中世史料集」東大出版会、「黄金伝説」人文書院、「十字軍」創元社、「西洋中世史事典」東洋書林。


◆山賊か自然人か。サンカ研究史を検証する民俗誌の到達点

幻の漂泊民・サンカ
沖浦和光著、文芸春秋、ISBN:4-16-357940-0、本体価格: \2,095

戦後ほどなく姿を消したとされるサンカの人々とは、かつて「山野河川で野宿をしながら、川魚漁と竹細工など自然採集を主とした独特の生業で生活してきた」非定住民である。広く各地の農山村部で回遊型の生活形態を保持してきたのだが、実際はその後「姿を消した」というよりは、戸籍によって「定住社会」に組み込まれたのだ、と表現する方が正しいのかもしれない。本書は、日本近現代民俗誌において様々な論争を呼んできた、サンカという記録なき習俗の実像に迫る、丁寧な論考である。

様々な歴史資料にあたってその起源を探究しつつ、先行する民俗学的研究を振り返り、また、柳田國男による未完の成果を整理し引き継ぐ一方、三角寛による奔放な大衆小説と虚実ないまぜの彼の大研究書がもたらしたサンカ幻想を解体。近現代におけるサンカへの不当な民間差別の起源を明らかにするだけでなく、自らもフィールド・ワークに乗り出して、かつて非定住・非所有を生きた彼らの末裔の現在と向き合った。柔らかくも率直な語り口が魅力的な本書は、作家の五木寛之氏にも推薦されている。


◆「1+1」がなぜ「2」なのか、そもそも「1」とは何なのか

フレーゲ著作集 2 
G.フレーゲ著 勁草書房 3800円 4-326-14821-7

勁草書房は分析哲学系の基礎研究書の出版においては幾多の貢献を成してきたが、「フレーゲ著作集」全六巻はわけても快挙と呼びたい重要な事業である。今回第五回配本として世に出たのは第二巻「算術の基礎」。1884年に刊行されたフレーゲ第二の書であり、長らく完訳が待たれていた名著だ。本書では、数学や論理学、哲学において自明の前提と見なされ、証明不可能な原初的真理とされてきた単位である「数」について、厳密に論理的に定義することが試みられる。そもそも数字の「1」とは何なのか。「1」とは何かを定義するためには、「0」について論理的に説明できなければならない。フレーゲは「0」を「自己自身と等しくない」数だと定義する。なぜそのように定義するのかは読んでのお楽しみだ。本巻には、「算術の基礎」に関連する二つの書簡や、遺稿、講演が併録されている。哲学の現代を徴づける淵源がここにある。

※フレーゲって誰?→ケニー「フレーゲの哲学」法政大学出版局、野本和幸「フレーゲの言語哲学」勁草書房、「現代哲学基本論文集1」勁草書房、ダメット「真理という謎」勁草書房、モハンティ「フッサールとフレーゲ」勁草書房、アンスコム「哲学の三人」勁草書房


◆リオタールが書いた「物語」、約四半世紀ぶりに本邦初訳

震える物語
ジャン=フランソワ・リオタールほか著 法政大学出版局 2000円 4-588-13015-3

現代フランスの画家ジャック・モノリ(1934-)によるコラージュ作品16作と、それにインスパイアされたリオタール(1924-1928)が書き下ろした「物語」を一冊にまとめたのが本書である。原著は1977年刊。リオタールは1984年にもモノリ論を発表している(『経験の殺戮:絵画によるジャック・モノリ論』横張誠=訳、朝日出版社、1987年刊。絶版)。「震える物語」と題されたモノリの作品は、アメリカの郊外の荒涼たる風景を映した写真と、それと対になる写真のコラージュからなる。世界像とそのパズルを表象しているように見えるシンプルな出来で、積極的に「無意味」を選んでいるように思える。一方リオタールが書いたのは、ロードムービー的心象風景のような印象を与える、男と女による独白あるいは手紙にも似た、主題も風景も移動しつづける語りである。複数の語りが不連続な断層の中に折りたたまれた奇妙なテクストで、要約されることを拒んでいる。エピグラフに掲げられたモンテーニュの言葉「私は教えない、私は語る」という一節は、まさに本書の性質を表すものだ。

※フランスの知識人とアメリカ→ボードリヤール「アメリカ」法政大学出版局、モラン「カリフォルニア日記」法政大学出版局。]


◆工作舎30周年記念出版の第二弾は、さながら知の玉手箱

オデッセイ1971-2001 工作舎アンソロジー
工作舎編 工作舎 2000円 4-87502-358-8

かの工作舎が創業してから今年で30周年になるという。えりすぐられたコンテンツと、他社の追随を許さない優れたエディトリアル・ワークで数多くの読者を魅了してきた中堅出版社である。1999年には『ライプニッツ著作集』で日本翻訳出版文化賞を受賞している。本書は30周年記念出版の第二弾で(第一弾は『脳図鑑21』)、工作舎が刊行してきた伝説の雑誌『遊』から単行本最新刊までの全出版物より、24のテーマごとセレクトされた断片の数々を抽出した、魅力的な「引用の織物」である。

テーマと言っても平凡なものではなく、「星と世界模型」「シンメトリーと情報」「植物と結晶」など切り口が面白い。どの出版物から取られたものかがわかるように、索引が完備されているのも、工作舎らしいきめ細やかな配慮だ。ひらめきと熟慮を兼備した断片集の幕間には、『遊』のダイジェスト(1971年「創刊号」と78年の「相似律」)がサムネイルで掲載され、デザイナーと編集者たちによるこんにちもなお新鮮な仕事ぶりを眺め渡せる。締めくくりは、初代編集長である松岡正剛氏と二代目編集長の十川治江氏の対談と、工作舎出版年譜。エピソード満載の対談は、古くからの読者も新しい読者も大いに楽しむことができるだろう。

※ちなみに25周年記念にはこんなことを→「ブックマッププラス」
※30周年フェア好評開催中→こちら

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[2001年12月17日]

◆コジェーヴの予言以後の世界に私たちは生きている

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会
東浩紀著 講談社 660円 4-06-149575-5

新世代の批評家を代表する若手による注目最新作。雑誌「ユリイカ」に連載された論考「過視的なものたち」が大幅に改稿された。フランスのヘーゲル研究者コジェーヴは、彼のいわゆる「歴史の終焉」論で、西洋世界がやがて日本化(形式至上主義的スノビズム化)することを予言したが、東氏によれば、いまや日本はスノビズムではなく、動物化の過程にあるという。大雑把に言えば動物化とは、欲求充足と閉じられた社交性を特徴とする人間性の新たな段階への移行を指す。現代人は「大きな物語」をもはや欲望せず、ただ細切れのデータベースを消費する。その代表例であるオタク系文化に対する分析と整理を通じて時代を読み解く東氏の手さばきは鮮やかだ。「日本の現在の文化状況一般について、当たり前のことを当たり前に分析し批評できる風通しのよい状況を作り出すこと」(11頁)を企図した本書の射程は、旧来の思想的枠組に固執する批評家たちの反論を超えた、来たるべき価値観の到来を告げるものだろう。

※参照項→「大塚英志」「岡田斗司夫」「大澤真幸」「斎藤環」「宮台真司」
※ポストモダンを音楽文化から見る→「ポスト・テクノ(ロジー)ミュージック」大村書店


◆西欧中心主義が覇権を握る以前、世界はもっと多元的だった

ヨーロッパ覇権以前 もうひとつの世界システム 上下
ジャネット・L.アブー=ルゴド著; 岩波書店; 各2800円

都市社会学の大家による画期的研究の待望の邦訳。西欧中心主義によって主導される近代的秩序が台頭する以前に存在した、多文化共存型の13世紀世界システムを発見し、その仕組みを仔細に検証した大著である。「発見した」というのも、先行するブローデル(『地中海』藤原書店)や、ウォーラーステイン(『近代世界システム』岩波書店、名古屋大学出版会)らの研究においては、世界システムは15世紀ないし16世紀に成立したとされるからである。アブー=ルゴド女史によれば、彼らは西欧中心主義的な視点によって世界を見ているのである。

本書は「ヨーロッパ」「中東」「アジア」の三部に分かれ、それぞれの地域が13世紀においてどのようなサブシステムを持ち、ユーラシア大陸と周辺海域を舞台にどのようにつながりあっていたか、豊かな全体像を提示している。西欧中心の近代世界システムは生き延びるか、という問いに、著者は「いかなるシステムも永久ではない」と答える。そして「世界システムが真のグローバル化を遂げるはずの21世紀の新条件下にあっては、諸民族が平和のうちに共存する能力がこれまでよりさらに必要不可欠となる」と述べ、13世紀世界システムについて学ぶことの意義を示した。当時、蒙古襲来によって世界の動向とも無縁ではなかった日本だけに、本邦ではいっそう興味深く読まれるだろう。

※西欧中心主義を脱するための併読書→フランク「リオリエント」藤原書店


◆東北アジアの新地域秩序を提言し、国家的エゴの超克を模索

東北アジア共同の家をめざして
姜尚中著 平凡社 1800円 4-582-70234-1

アメリカ同時多発テロ事件以後あらたな展開を迎えつつあるポスト冷戦の世界において、ナショナリズムやグローバリゼーションによる文明のジレンマを乗り越える「東北アジアの新地域秩序」を構想・提言する大胆な書。表題作となる今年(2001年)三月の衆議院憲法調査会での発言と質疑応答を中核に、各種メディアで発表した論説やインタビューなどがまとめられている。国会議員を前にした周到な語り口と質疑は、学者と政治家の直接対決の緊張感が伺えるもので、著者の従来のテクストに親しんだ読者には新しい発見があるだろう。都知事の「三国人」発言や某漫画家の台湾論、テロ事件後の日本の「後方支援」問題を鋭く分析する論考も含まれている。国家的エゴイズムによる暴力的な「共栄圏」や、覇権主義的な超国家的連合ではなく、多文化理解と和解的参加の政治を模索した本書は、著者の新たな文化政治的出発点を打ち出した重要作と言えるだろう。

※関連書はこちら→「ナショナリズム」岩波書店、「ポストコロニアリズム」作品社、「〈小林よしのり『台湾論』〉を超えて」作品社


◆アメリカ出版界の名士が語る、書籍文化の過去と未来

出版、わが天職 モダニズムからオンデマンド時代へ
J.エプスタイン著 新曜社 1800円 4-7885-0787-0

アメリカの大手出版社の名門ランダムハウス社の名物編集者による出版ビジネスをめぐる刺激的なエッセイだ。大作家たちとの交友など興味深い回想を交えながら、文化産業の過去と未来をめぐって率直に語っており、一般読者の耳目にはほとんど入ることのない裏舞台のエピソードや心情が明かされている。原著は2001年刊。新曜社の社長自らが翻訳を手がけた。もともとは99年秋にニューヨーク公立図書館の学者・作家センターの後援で開催された三回の講演が核となっており、その講演を敷衍して全七章にまとめたのが本書。弱冠24歳で高級ペーパーバックのシリーズを創設し、読書界に革命を起こした第一人者が、戦後の出版=書店業界の変遷をたどり、ベストセラー依存型の不健全な成長を鋭利に分析しつつ、ディジタル・コンテンツ時代の出版の変容を展望する。読み進めるごとに絶望と希望がある。滋味深い卓抜な文化論として広く読者にお奨めしたい。

※本をめぐる様々な思い→
『本屋はサイコー!』安藤哲也著 新潮社 486円 4-10-290134-5
『「本を読む日本の経営者」52人が読んだ本』新講社編集部編 新講社 1800円 4-915872-71-8

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[2001年12月24日]

◆テロ事件後にネット上で一気に広まったあのメッセージが書籍化

世界がもし100人の村だったら 
池田 香代子再話 D・ラミス対訳 \838 マガジンハウス ISBN:4-8387-1361-4

中学校の先生の「学級通信」として、米国同時多発テロ事件後にEメールで転送に転送を重ねられ、一気に日本中へと広まったメッセージがある。世界を百人の村に縮めたと仮定した上で語られるこのメッセージは、統計をひとつの社会的縮図に置き換え、見事な明瞭さで和平への意識を読者に喚起させた。本書はそのメッセージを和英対訳で再話して小さな本にしたもので、ネットロア(インターネット上で形成された現代的民話)としてのその起源も解説されている。実は、警世の書『成長の限界』(ダイヤモンド社)で知られる環境学者ドネラ・メドウズ女史が1990年5月に書いた新聞コラムが、このネットロアの起源だったのだ。世界中を駆け巡ったメッセージが柔らかなクレヨン画とともに生まれ変わる。憎しみや争いではなく愛を訴えるシンプルなテキストは老若男女を問わず、彼らの心にひたひたと沁みていくだろう。繰り返し読み、誰かにプレゼントしたくなる素敵な本だ。

※「博愛主義」は死んだのか?→アタリ著「反グローバリズム」彩流社、中山元著「新しい戦争?」冬弓舎


◆人間って何だ? 自分って何だ? 心の闇を40の物語があばく

本当はこわいフツウの人たち
香山リカ著 朝日新聞社 1000円

なぜ「本当はこわい」のか。たしかに杉本まりこの挿画の特異なタッチはこわい。描かれる人々は皆どこか憂鬱そうだ。しかしよく知られた精神科医である著者が40の短編で描き出した40通りの現代人の肖像は、こわいというよりは「ああ、こんな人いるかも」という感じで、自身に思い当たる節がある読者も多いのではないか。習慣的な欲望に執着したり、思うようにならず努力を諦めたり、現実よりも夢想を選んだり、いつも満たされていなかったり。誰しも悩みがあり、相談したくない内面の屈折と過剰さ(ないし欠乏)がある。心に闇を抱えている。他人の心の内は分からないという意味では、ありふれたフツウの人たちも、たしかに一抹の不気味さを感じさせる。その意味では確かに恐いし、この本は真夜中に鏡を覗き込むようで恐い。もともとは『電通報』に2000年秋から一年間連載された文章に大幅加筆したもので、40編の中には救いやオチがあるものもあれば、ぷつりと途切れたり、曖昧なまま中断されるものもある。この本を読んで癒されることはない。しかし、自分の心と向き合うきっかけにはなるかもしれない。

※ほぼ同時に発売された相互補完的な著者の新刊→「多重化するリアル」広済堂出版 4-331-85010-2]


◆天才物理学者が解き明かす、驚愕の最先端宇宙像

ホーキング、未来を語る
スティーヴン・ホーキング著 アーティストハウス 角川書店(発売) 2500円 4-04-898070-X

ベストセラー『ホーキング、宇宙を語る』出版から十数年、車椅子の天才物理学者ホーキングが2001年、ついに続編を発表し、それが早速邦訳出版された。今回の本でまず驚くのは、ほとんどずべてのページにフルカラーCG図版が掲載されていることだ。すべての図版がフルカラーであり(もちろん古い写真や絵はセピア色のものもあるが)、視覚的理解への配慮は前著より数の上でも分かりやすさの上でも数段向上している。さらに、前回の本が一章ごとに深まるかたちで彼の最先端の宇宙理論を展開していたのに比べ、本書ではそれぞれの章を独立したものとして読めるのも特徴的。予備知識としてアインシュタインの相対性理論および彼以後の宇宙物理学について概説する第一章、第二章の後は、どの順番からでも読めるように工夫されている。宇宙に始まりと終わりはあるのか、タイムマシンや未来予知は可能か、そもそもこの宇宙とはいったいどのような構造をもっているのかといった問いが、一般相対論、量子力学、超ひも理論、M理論、ブレーン世界論を通じて解き明かされる。面倒な数式は一切なし。無限かつ有限な宇宙像や11次元の世界と聞いただけで混乱する読者も、本書なら楽しんで理解を深めることができるだろう。

※世界は11次元?→グリーン著「エレガントな宇宙」草思社


◆全人類の来たるべき調和へと向けられた精神史の試み

人類の聖書 多神教的世界観の探求
ミシュレ著 藤原書店 4800円 4-89434-260-X

近代の戸口に立つ最大の歴史家ジュール・ミシュレ(1798-1874)が1864年に世に問うた本書は、古代東洋文明への再評価の立場から、インド、ペルシア、ギリシア、エジプトなどにおける神話体系の比較分析を行ったものだ。神話や歴史物語の個々の形式をこえたところに、根源的普遍的な聖なる知恵を見出し、西洋における中世キリスト教的価値観から「再生(ルネサンス)」すべく、壮大な新時代精神を体現する史学を呈示した。ミシュレがとりわけ女性や奴隷の存在に注目しているのは、知的世界観の聖職者による男性的貴族的支配を粉砕する心意気からだったろうか。ミシュレは通信・交通手段の進歩をはじめとする近代化によって、世界がひとつに結ばれていく様を夢想した。現代人はそれを単純すぎる理想として退けるのではなく、ミシュレが骨太に構想した調和へのヴィジョンに虚心に耳を傾け、分断と争いの絶えない今こそ学び直すべきなのかもしれない。


◆新進の美学者としての出発点となる研究書の待望の完訳

中世美学史 『バラの名前』の歴史的・思想的背景
ウンベルト・エコ著; 而立書房; 1900円; 4-88059-281-1

エコ(あるいはエーコ)と言うとやはり小説『薔薇の名前』で知られるイタリア作家としてのイメージが強く、そのこともあってか本書には原著にない「『バラの名前』の歴史的・思想的背景」という副題が付されている。しかし、彼はむしろ美学や記号論を専門家として出発しており、本書はもともと約40年前に書かれた彼の研究者としての最初期の仕事なのだ。1987年に大幅に改訂増補されたものの全訳。6世紀から15世紀にかけての中世ラテン文化における美の理論の変遷を、トピックごとに概説している。原題は「中世美学における芸術と美」。神と世界と人間の関係を軸に、超越性、バランス(調和と均整)、輝き、充全性を追究した中世美学は、様々な傍流を生み出しながら、トマス・アクィナスによって総合される。その積極的な読解と再評価は新鮮であり、中世の文化的複数性と単線的ではない進歩が見出される。中世をとらえなおすことは、極めて現代的な思惟の課題のひとつであると、エコは教えてくれる。

※エコ監修による「教養諸学シリーズ」既刊書→こちら[而立書房「教養諸学シリーズ」既刊書は、エコ「論文作法」、エコ「テクストの概念」、エコ「記号論入門」、ラゴーリオ「文学テクスト読解法」、エコ他「エコの翻訳論」、カラブレーゼ「芸術という言語」]


◆ブルガリア出身の俊英が、中世の異端派運動の淵源を問う

ヨーロッパ異端の源流
ユーリ・ストヤノフ著、平凡社、4200円

1961年にブルガリアで生まれ、ソフィア大学でスラヴ語版「エノク書」(「聖書外典偽典 3 旧約偽典」教文館所収)にかんする論文で学士を得、91年からはロンドン大学のかのウォーバーグ研究所で比較宗教学を専攻している俊英による第一作目が邦訳された。当時無名に等しかった若き学究によるこの本は、1994年に刊行されて以来、異例のベストセラーとなっており、コリン・ウィルソンやミロラド・パヴィッチからも絶賛されているという。原題は「ヨーロッパにおける隠れた伝統:中世キリスト教異端秘史」。古代のイラン、ギリシア、ユダヤ文化における二元論的宗教思想(ゾロアスター教、ズルワーン教、ミトラス教、グノーシス主義、マニ教等)が端緒となり、初期中世バルカン・ビザンツ世界においてキリスト教異端派が勃興し、のちにボゴミール派やカタリ派といったヨーロッパを揺るがす大異端運動が展開する歴史を詳細に追っている。中世において異端とされた思想は、実際は「正統派」キリスト教よりも古い起源を持っており、その伝統は伏水流のようにヨーロッパに浸潤してきたのだという史実を解明した。オリエント起源の二元論が西欧世界にどのような影響を及ぼしてきたか。東西を結ぶ大きな視野が本書によって拓かれている。

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[2001年12月27日]

◆戦争は答えではない、と明言することの勇気に感銘

非戦
坂本竜一監修 幻冬舎 1500円 4-344-00144-3

マンハッタンを襲った同時多発テロ事件のあとに米国議会で唯一、報復攻撃に反対したバーバラ・リー議員。ライヴ会場で平和的解決を訴えたマドンナ。「もし望むなら、戦争は終わる」と新聞に全面広告を打ったオノ・ヨーコ。医療NPOとしてアフガンの人々と長年向き合ってきた中村哲医師の、現地への万感の思い。ヒロシマを生き延び、いまは反戦を掲げ歩く下町の女性・銀林美恵子。戦争停止を学校で主張し、停学処分となった女子高生ケイティ・シエラ。祖国をこれ以上破壊しないでくれと痛切に訴える在英アフガン人ザヒー・ポパルザイ……。胸に刻みたいメッセージが満載された本書は、「報復しないのが真の勇気」と語る坂本龍一をはじめとする有志によるメーリング・リストでの膨大な情報交換の中から生まれた。無力感を溶かし、勇気を与えてくれる大切な一冊だ。老若男女を問わず広くお奨めしたい。


◆テロ事件と「報復戦争」に世界の知識人たちはどう応答したか

新しい戦争? 9.11テロ事件と思想
中山元著 冬弓舎 1000円 ISBN4-925220-05-5

哲学リソースサイト「ポリロゴス」を主宰する翻訳家の中山元氏による臨場感あふれるリポートである。米国同時多発テロ事件と報復戦争に、国内外の知識人たちがいつどのように反応しどんな場所で発言したかを手際よくまとめたのが本書で、示唆に富んだ刺激的な実況中継として読める。すでに今回の一連の事件をめぐっては膨大な情報が各種メディアを通じ流れているが、おおよそどのような議論を第一線の思想家たちが交わしてきたのか、この一冊でレビューできる。登場する人数はざっと80名。付録には、テロリズムと自衛をめぐる、インターネット上の様々な資料が紹介されていて便利だ。
[ポリロゴス:http://nakayama.org/polylogos/ ]

※「911」とは何か↓

ニューヨークセプテンバー11
マグナム・フォトグラファーズ写真・文 新潮社 2800円 4-10-541201-9

収縮する世界、閉塞する日本 Post September eleventh
村上竜著 日本放送出版協会 1200円 4-14-080658-3

9月11日・メディアが試された日 TV・新聞・インターネット
外岡秀俊編 大日本印刷株式会社ICC本部 トランスアート市谷分室(発売) 1700円 4-88752-159-6

テロ以降を生きるための私たちのニューテキスト
池田 晶子〔ほか〕著 角川書店刊 \1,040

21世紀の戦争
文芸春秋編 文芸春秋 1524円 4-16-358190-1

第二次文明戦争としてのアフガン戦争 戦争を開始した「帝国の終焉」の始まり
マフディ・エルマンジュラ著 御茶の水書房 1200円 4-275-01896-6

世界資源戦争
マイケル・T.クレア著 広済堂出版 1600円 4-331-50859-5

反グローバリズム 新しいユートピアとしての博愛
ジャック・アタリ著 彩流社 1900円 4-88202-727-5

容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別
ジョン・W.ダワー著 平凡社 1600円 4-582-76419-3

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