Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics.  by Hiroshi Kobayashi


2002年3月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。

02年3月4日

◆イランを代表する映画監督マフマルバフの魅力がぎっしりつまっている

ユリイカ 詩と批評 第34巻第4号
第34巻第4号 特集*マフマルバフ 『カンダハール』への旅
青土社、ISBN:4-7917-0086-4、\1,238

タリバン統治下のアフガニスタンの日常と現実を描いて大きな話題を呼んだ、映画『カンダハール』の監督モフセン・マフマルバフ(1957-)の特集である。イランより来日したこの巨匠への、西谷修によるロング・インタビューをはじめ、マフマルバフと『カンダハール』主演女優のニルファー・パズィラの来日記者会見、マフマルバフの短編小説二篇(「三枚の絵」「路傍の絵描きに出遭ったこと」)、自作映画『サイクリスト』(90年公開)と『行商人』(87年公開)をめぐるエッセイとインタビューのほか、フィルモグラフィや、マフマルバフの家族が作成した映画の一覧もある。難民と貧困、イスラム社会の現実と向き合ってきた彼の誠実な歩みがわかる貴重な一冊である。マフマルバフ論を寄せているのは、港千尋、岡真理、野崎歓、梅本洋一など15名。特に阿部嘉昭のエッセイ「方法悪としての近代」は映画を一作ごとに詳しく論評しており必読だ。『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(現代企画室)を購読した方にはマストバイとしてお奨めできる。

※『ユリイカ』既刊は→こちら


◆近現代史もこれでばっちり、イスラム世界を知るための待望の一冊

岩波イスラーム辞典
大塚和夫ほか編集 岩波書店 7500円 4-00-080201-1

1993年の編纂開始より8年、ついに待望の辞典が発刊された。北アフリカ、中東、南アジアを中心に、世界中に信者が存在するイスラム教の豊穣な歴史と素顔を、「アッラー」「アラビア語」「イスラーム」など30の大項目と、約4500項目に及ぶ個別の解説で紹介。宗教や法律、学術などの分野だけでなく、日常生活にかんする項目も数多く、近現代のイスラム史に重点がおかれており、宣伝文句の通り、世界情勢の理解に欠かせない「〈イスラームの全貌〉がわかる日本最大・最新の百科」辞典となった。付録も充実しており、「イスラーム年表」、世紀ごとや地域ごとの変遷がわかる12種類の「イスラーム世界地図」をはじめ、「ムハンマド関連系図」「ヒジュラ歴・西暦対照表」「主要王朝歴代君主一覧」「イスラーム諸国歴代元首一覧」「イスラーム世界の度量衡単位表」などを収録。和文索引、外国語索引(アルファベット)も充実。西洋との世界観の違いや共通点がくっきりと浮かび上がらせた力業である。まもなく(2002年3月)平凡社より刊行予定の、日本イスラム協会による20年ぶりの新訂版『新イスラム事典』とともに、頼れる一冊として重宝するだろう。

※「イスラム」世界をより広く知るために→こちら


◆大都市における人種化された貧困層「アンダークラス」の出現

アメリカの都市危機と「アンダークラス」 自動車都市デトロイトの戦後史
トマス・J.スグルー著 明石書店 6800円 4-7503-1522-2

本書はアメリカ史学の俊英スグルー(1962-)の代表作の邦訳であり、原書は1996年に刊行された『都市危機の起源:戦後デトロイトにおける人種と不平等』である。「モーター・シティ」として全世界に知られた工業都市デトロイトの、1940年代から1990年代にいたる半世紀の栄枯盛衰を、そこに住む労働者たちの生活と政治、都市のうつりかわりに注目しながら、詳細にそしてダイナミックに描いている。デトロイトには多くの南部黒人が、白人からの自立と経済的な安定と「家をもつこと」をもとめて、労働者として移住したが、彼らを待ち受けていたのは雇用差別と住宅の不足と低賃金であり、それはやがて特定のスラム街に彼らを封じ込めることになった。脱工業化が進み失業率が高まる中、デトロイトは荒廃し、人種対立は深まる。黒人労働者が「公正」をもとめ、社会運動を起こすものの、善政はなかなか訪れない。黒人のコミュニティはエリート層と貧困層にわかれ、貧困層は「アンダークラス」つまり社会の最下層と定義されるようになった。スグルーはこの都市危機が戦後まもなく訪れていたことを論証し、「アンダークラス」を産み出す社会構造を詳細に分析した。都市の自伝ともいえる重厚さもさることながら、アメリカ型資本主義社会の典型的問題点に警鐘を鳴らした本書は、貧富格差がますますひろがるこんにちの日本にとっても、極めて示唆的である。

※「アンダークラス」とは何か→青木秀男ほか『場所をあけろ!:寄せ場/ホームレスの社会学』松籟社、ウィリアム・ウィルソン『アメリカのアンダークラス:本当に不利な立場に置かれた人々』明石書店


◆国内外の寺院建築を分析し、近代宗教の政治性を読み解く

近代の神々と建築 靖国神社からソルトレイク・シティまで
五十嵐太郎著 広済堂出版 1400円 4-331-85012-9

パリ生まれの新進の建築批評家による現代宗教建築論であり、先に刊行された『新宗教と巨大建築』(講談社現代新書)の姉妹編である。『武蔵野美術』など数誌に発表してきた12の論考を大幅に改稿し、書下ろしを加えたもので、二部構成。第一部は「神社はなぜ木造なのか」という問いにはじまり、明治神宮や靖国神社などの創設や、植民地政策のもと海外につくられた神社、そして天理教や大本教などの宗教建築を考察し、日本近代における神道の自己規定や新宗教の思想的生成を跡づける。第二部では、アメリカのモルモン教や、ヴェトナムのカオダイ教、ウガンダのカルト教団などの建築と思想の分析する。それらを挟むようにして二つのテクストを配置。世界貿易センタービルとバーミヤン仏教遺跡の破壊を取り上げ、宗教史におけるヴァンダリズム(破壊)を解説したプロローグと、「911」直後にオープンしたベルリンのユダヤ博物館について言及したエピローグである。「宗教建築は政治的な存在である」と見る筆者の建築社会学は、今後も研究対象を広げて発展しそうだ。

※好評の「廣済堂ライブラリー」既刊は→こちら
※五十嵐氏の編集による卓抜なブックガイド→「建築の書物/都市の書物」INAX出版


◆来たるべき「独学者たちの時代」のために

独学の技術
東郷雄二著 筑摩書房 680円 4-480-05933-4

既成の「教育」に満足できなかった人、教育「される」ことがそもそも好きではない人、マスコミなどの説明では世の中の出来事が納得できず色んなことを学び直したい人、テレビのクイズ番組などに刺激されて雑学的に本を読み始めたがどうもしっくりこない人、息子や娘に質問されて何も答えることができずくやしい思いをした人、自分って実はきちんと勉強すれば意外と頭いい人間かもと思っている人、仕事や生活が物足りず人生をリセットしたい人、本書をお奨めします。勉強がひそかな楽しみに変わる秘訣というか、ヤル気さえあれば、誰にでもチャレンジできることを教えてくれる。タイトルの通り、独学をはじめるためには何が必要か、その技法を伝授。何を勉強したらいいか迷っている人も、とりあえずこんなに勉強する方法はある、ということが理解できるだろう。社会人大学生(大学院)を目指すための指南もある。さまざまな情報が身の回りに溢れかえっているこんにち、独学で「情報力」をつけるのは、常識なのかもしれない。勉強の心得や勉強する環境づくり、読書術、情報整理術、図書館活用術、文章術など、拾い読みするだけでもヒントはある。素晴らしい独学ライフを夢見るのもいいだろう。難しく考えず、自分なりに見つけたポイントを活用すれば、その日から「独学者」になれる。章ごとにブックガイドとサイトガイドがついているのもうれしい。

※手頃な関連新書→『文章添削トレーニング』『ザ・ディベート』『バカのための読書術』『インターネット書斎術』以上、ちくま新書

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02年3月11日

◆現代美術の百年を総括するガイドブックの決定版

20世紀の美術と思想
美術手帖編集部監修・編集 美術出版社 2800円 4-568-40063-5

こんなガイドブックが欲しかった。20世紀における「時代を画した作品100」と「時代を導いた思想家47人」の便利な総解説本である。作品100は、20世紀の100年間を10年ごとにわけて、それぞれの時期において代表的な美術作品を、10の地域別(アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、中東欧、ロシア、アジア、日本、その他の地域)に、すべてカラー図版で紹介して解説したもの。後半の、思想家47人では、パノフスキーからグリゼルダ・ポロックまで、美術批評の大家から越境的批評家までを幅広くフォロー。彼らの功績を概観する小論に加え、略歴や主要著作までのデータをカバーしている。巻末には、「主張と動向:印象主義から現代まで」と題し、二つの補足論文(谷川渥「イズムからアートへ:覚え書き」、藤枝晃雄「メタ批評を超えて:1960年代以降」)を収録。この情報量でこの値段は安い。コンパクトながら知的水準は高く、現代の100年をまとめたガイドとしては出色の労作である。必携だ。

※美術出版社のガイドブック→『世界の美術家500』『20世紀の美術家500』『現代美術のキーワード』『近代美術のキーワード』


◆インターネットは人間にとっていかに役に立たない代物か

インターネットについて 哲学的考察
ヒューバート・L.ドレイファス著 産業図書 \2,000 4-7828-0142-4

2001年にラウトレッジ社がスタートさせた注目の思想読本シリーズ、"Thinking in Action"の邦訳第一弾が早くも刊行された。ドレイファスはハイデガーやフーコーの篤実な研究のほか、人工知能研究の批判的検討などの成果でもよく知られている、アメリカを代表する哲学者の一人。インターネットを哲学的に考察した本書では、章ごとに「ハイパーリンクに関する誇大宣伝」「遠隔学習は教育からどれくらい遠いか」「身体を欠いたテレプレゼンスと現実の遠さ」「情報ハイウェイのニヒリズム:原題における匿名性とコミットメント」といったテーマのもと、辛口の検討が次々と加えられていく。サイバースペースにおける身体的リアリティの欠如によって、ポストヒューマン時代のコミュニケーションの貧しさが生まれることに警鐘を鳴らした。テクノロジー礼賛に飽き飽きした読者にとっては、いずれも首肯できる主張であり、過剰に期待することなくインターネットという道具と付き合うためには、まずドレイファスの批判的認識から出発するのが妥当だと言える。現代人の基本書である。

※関連書→ポスター『情報様式論』岩波現代文庫、モラヴェック『シェーキーの子どもたち』翔泳社、ケオー『ヴァーチャルという思想』NTT出版


◆レッシング賞受賞講演(1958年)の新訳が教える、アーレントの現在性

暗い時代の人間性について
ハンナ・アーレント著 情況出版 1300円 4-915252-60-4

アーレントの単行本『暗い時代の人々』(河出書房新社)の巻頭論文の新訳に、インゲボルク・ノルトマンによる解説「自由が問題である」を付したもの。もともとのテクストは、1958年9月28日、ハンブルク市から与えられた「レッシング賞」に対する受賞講演である。ドイツの劇作家であり批評家のレッシング(1729-1781)について論じながら、ブレヒトの言葉を借りて「暗い時代」における人間本性を考察している。「暗い時代」とは、「公共性の空間が暗くなり、世界の永続性が疑わしくなって、その結果、人間たちが、自らの生活の利益と私的自由を適切に考慮に入れてくれることしか政治に求めないことが当たり前になってしまう時代」のことで、そうした時代――つまり現代において、人々は自己自身の内面にひきこもってしまい、人間関係は希薄になると彼女は指摘する。「真に人間的な会話は(…)他者の語ることに対する喜びに全面的に満たされて」おり、それを阻害するのは「妬み」である、とする。「友情」を通じ、絶え間なく繰り返し語り合うことによって、非人間的なものを人間化し、公共性から匿名性への逃避を乗り越えていく態度に、アーレントは意味を見出している。彼女の政治哲学の要諦を表した重要論文として、何度でも読み返されるべき、つねに真新しい提言だ。

※アーレントの幻の処女作がついに邦訳→『アウグスティヌスの愛の概念』みすず書房


◆日本人が知らない、大国どうしの凄絶な「資源争奪戦」

世界資源戦争
マイケル・T.クレア著 広済堂出版 1600円 4-331-50859-5

石油と水とのふたつの利権をめぐって、激しい争奪戦と紛争が世界各国で惹き起こされている。イラン=イラク戦争、湾岸戦争、アフガン戦争もまたしかり。それらの戦争の永続的な根源に「世界資源戦争」があるのだ。資源の将来的な不足と、とめどない需要の増加、所有権をめぐる争いは、ポスト冷戦時代の大国間の地政学的戦略と紛争地図に新たな火種を提供しつづけている。ペルシャ湾やカスピ海沿岸、南シナ海における石油や天然ガスをめぐる諸紛争、ナイル川、ヨルダン川、チグリス・ユーフラテス川、インダス川の水資源紛争など、中東やアジアは(そしてアフリカや南米も)長く続く混乱のさなかにある。ロシアやアメリカは冷戦後も資源獲得をめぐるもうひとつの戦争をたたかっており、国際政治システムに黙過できない緊張を与えつづけている。本書はその実態を豊富な統計データを駆使して炙り出しており、来たるべき紛争のシナリオも予測している。政治とイデオロギーの対立の時代から、資源の獲得と支配をめぐるグローバルな競争へ。著者は、地球規模での資源保護と協力体制の構築を訴える。日本には何ができるか、深く考え込んでしまうリポートである。

※資源開発競争を考える→楊作洲『紛争南沙諸島:アジア太平洋経済共同体の石油開発』新評論、宮田律『中央アジア資源戦略:石油・天然ガスをめぐる「地経学」』時事通信社


◆約40年間にわたるカントの形而上学講義のエッセンス

カント全集 19  講義録 1
カント著 岩波書店 5400円 4-00-092359-5

岩波版全集の第13回配本は第19巻『講義録I』であり、形而上学講義二篇を収める。続刊の『講義録II』では、論理学講義と人間学講義が収録される予定だ。1755年、カントはケーニヒスベルク大学で一私講師として形而上学講義を始める。当時31歳だった。のちに教授になってからも講義は続き、71歳の冬まで約40年間にわたって毎年、講義は行われた。本書はその中の代表的な講義録を二篇訳出。『純理』前後のカント哲学の生成と発展が刻み込まれた、重要なテキストである。底本にはゲアハルト・レーマン編のアカデミー版全集第28巻を使用、部分的にペーリッツ版が採用されている。1770年代後半のものと推定される講義録「形而上学L1」は、宇宙論、心理学、合理的神学を収め、1790年代初頭のものと推定される講義録「形而上学L2」では序論(哲学一般と哲学史について)や存在論、特殊形而上学(心理学と神学)などが読める。カントにとって形而上学とは、自然の限界を超えていく学問であり、「いかにしてアプリオリな認識は可能であるか」を問う純粋哲学の体系であった。その主要軸は、存在論、宇宙論および神学である。経験的概念では決して満足させられることのできない理性が、形而上学を必然的なものにする。『純理』を始めとするカントの哲学体系の根幹が透かし見える、貴重な一冊である。

※カント全集既刊は→こちら

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02年3月18日

■ロマン主義をめぐる長大な試論集がついに全貌をあらわした

蛇との契約 ロマン主義の感性と美意識
マリオ・プラーツ著 ありな書房 9600円 4-7566-0171-5

20世紀イタリアを代表する批評家マリオ・プラーツ(1896-1982)による、1925年のオスカー・ワイルド論から、1967年に執筆された、ラファエル前派ロセッティの「レディ・リリス」にかんするエッセイまで、およそ半世紀にわたるロマン主義研究の成果を一冊にまとめたもの。原著初版は1972年に刊行。もともと566頁もの大著だが、完訳されて1000頁を越える重量級の書籍となった。原題は邦訳題と変わらないが、副題が異なっており、原書では「『ロマン主義文学における性愛、死、悪魔』への補遺」とされている。『ロマン主義文学〜』とはほかでもない彼の主著であり、『肉体と死と悪魔』という邦題で国書刊行会から刊行されている。弱冠34歳で上梓したこのサド論に対し、「補遺」だとされている本書は75歳の折に刊行されたエッセイ集であり、ウォルター・ペイター、ワイルド、ダヌンツィオ、プルーストなどを扱う文学論から、ラファエル前派、フロレアーレ様式、ココシュカなどを扱う芸術論まで、広義における「ロマン主義」を縦横に論じており、集められた豊富な図版(すべて白黒だがコストの関係上やむを得ないだろう)を見ながら、プラーツの博覧強記を堪能できる。

表題「蛇との契約」は、ほかならぬ創世記のエヴァが蛇に誘惑されてアダムとともに智慧の果実をかじり、楽園を追放されるというあの逸話のことだが、ロマン主義芸術において描かれたこれらの表象が、ロマン主義そのものの栄光と凋落を表していることを、プラーツは示す。蛇との契約とは、人間の想像力の解放を象徴する。想像力は自由を獲得するが、やがてその想像力は芸術を多産した末に枯渇する運命にあったのだ。ヨーロッパ近代におけるロマン主義および頽廃主義の、勃興と衰退を微視的に跡づける、偉大なる基本書である。140頁に及ぶ原注・訳注にも苦労が偲ばれる。

※関連書を探す→「ウィーン世紀末」「唯美主義」「ゴシック小説」


■「ハイデガーとナチズム」問題を総覧する一大成果

政治と哲学 〈ハイデガーとナチズム〉論争史の一決算 上
中田光雄著 岩波書店 9500円 4-00-023625-3

雑誌『思想』に同名の論考が連載されたことがあったが、本書はその連載の規模をはるかに上回る一大成果として、ついに刊行された。西洋における、「ハイデガーとナチズム」問題を総括する労作である本書は、全体で五部に分かれる。上巻に収録されているのは、第I部「〈ハイデガーとナチズム〉概観」と、第II部「〈ハイデガーとナチズム〉論争史の展開」であり、来月下旬(2002年4月)に発売される下巻では、第II部の続きと第III部「〈ハイデガーとナチズム〉論争圏の構造」、第IV部「〈ハイデガーとナチズム〉論争の意味」、補遺「〈ハイデガーとナチズム〉論争史・文献年表」が収められる。

上巻の第I部では、ハイデガーがナチスに「加担」する前段階から戦中戦後の沈黙までをたどり、ハイデガー哲学にそもそもナチスと親和的なモーメントがあったのかが検証される。著者は単純に「ある/ない」の次元では片付けない。ハイデガー哲学とナチスの政治運動が、存在論的革命という立場において交錯すると見ており、ハイデガーの諸テクストの注意深い読解を示唆している。第II部では、1930年から1945年までの前史を解説し、論争史を三期にわけて詳述。上巻では第1期(1946-1959)、第2期その1(1960-1976)、第2期その2(1977-1986)までが収録され、有名な『レ・タン・モデルヌ』誌や『クリティック』誌上で闘わされたフランスでの論争をはじめ、ドイツやアメリカにおける論争と追及の動向まで細かくフォロー。きら星の如き知識人を多数巻き込んだその広がりをきっちり見せてくれ、まさに壮大な同時代史として必読である。

刊行の都合上、全体の五分の一が省かれたというが、たいへんもったいない。しかしそれでも本書刊行の意義は十二分にあるといえるだろう。本書は、シュネーベルガーによる〈ハイデガーとナチズム〉資料集の『ハイデガー拾遺』(未知谷)との併読をお奨めしたい。なお、悪名高い総長演説「ドイツ大学の自己主張」は、アンソロジー『30年代の危機と哲学』(平凡社ライブラリー)で読める。

※ハイデガーとナチズムを考える→ラクー=ラバルト『政治という虚構』藤原書店、オット『マルティン・ハイデガー』未来社、アドルノ『本来性という隠語』未来社、ザフランスキー『ハイデガー』法政大学出版局、デリダ『精神について』人文書院、クロコウ『決断』柏書房、ファリアス『ハイデガーとナチズム』名古屋大学出版会、ロックモア『ハイデガー哲学とナチズム』北海道大学図書刊行会、ヴィエッタ『ハイデガー:ナチズム/技術』文化書房博文社、ウォーリン『存在の政治』岩波書店、『ハイデッガー=ヤスパース往復書簡』名古屋大学出版会、ヤスパース『ハイデガーとの対決』紀伊國屋書店、同『戦争の罪を問う』平凡社ライブラリー、レーヴィット『ハイデッガー』未来社
 

■幻の処女作は、晩年に至るまでの一貫したモチーフを明かす

アウグスティヌスの愛の概念
ハンナ・アーレント著 みすず書房 2700円 4-622-03112-4

本書は1929年、アーレントが23歳の折にベルリンで公刊された博士論文である。ハイデルベルク大学での指導教官がヤスパースだったことと、当時、ハイデガーの影響を受けていた(そして事実的な交際関係があった)ことはつとに著名だ。本書は三つの章から成る。第一章「欲求としての愛」では、アウグスティヌスによる愛の定義――愛するとは、実際にそのもの自体のために何かを欲求することにほかならない――をめぐる分析であり、第二章「創造者と被造者」では、隣人愛が神学的に問われる。第三章「社会生活」は、隣人愛を人々の相互性に基づく共同体の観点から捉えなおす。この第三章では、彼女の遺作『精神の生活』(上下巻、岩波書店、品切)における政治哲学に通底するテーマ性が読み取れることが、詳細な「訳者解説」でも示唆されている。アーレント自身が手を入れた英訳草稿三種を編みこんだ英訳版が1996年に刊行されたが、本書は初版のドイツ語版を底本としている。難解だが、アーレントの人類観、共同体観の核を垣間見せる重要作であり、再読三読に値する。

※若き日のアーレント→エティンガー『アーレントとハイデガー』みすず書房


■来たるべき「情報汚染」の未来に警鐘を鳴らす

情報エネルギー化社会 現実空間の解体と速度が作り出す空間
ポール・ヴィリリオ著 新評論 2400円 4-7948-0545-4

1993年にパリのガリレ社から刊行された"L'art du moteur"の邦訳である。解説的な邦題に加え、本文は細かく節に区切られ、それぞれに小見出しが付されていて、議論を追いやすくしている。原著では素っ気無く全7章の題名が並んでいるだけで、区切りや小見出しはない。ヴィリリオの議論の展開速度は速いから、筋を追うにはいいかもしれない。本書では一貫して、メディアと情報技術における高速度化や、軍事技術とバイオテクノロジーの精密化が、従来の時空概念や人間の知覚や身体をどのように変容させるか、現実感のゆらぎとその行き着く先を分析している。ヴァーチャル空間における遠隔操作可能な政治力が世界を蔽いつつあると彼は忠告する。物理的空間におけるリアルな政治力とは別なこの技術がもたらすのは、便利で明解で万民に開かれた未来ではなく、隠蔽と失明の時代なのだ。ヴィリリオの畳み掛けるような説得的な事実の列挙に接していると、ふいに自分のリアリティが音を立てて変わってしまう気がする。示唆に満ちた書物である。

※参考書目→ポパー『確定性の世界』信山社出版、ネグロポンテ『ビーイング・デジタル』アスキー、メルロ-ポンティ『見えるものと見えないもの』みすず書房

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02年3月25日

■豪華執筆陣による、1000頁超の堂々たる「読ませる哲学事典」

事典哲学の木
永井均ほか編集委員 講談社 7800円 4-06-211080-6

難解で専門的な記述の多い哲学系の事典の中にあって、平明さが心がけられており、回りくどい記述でごまかすような悪弊を排する姿勢が見えるところがいい。調べる事典としても役に立つが、それ以上に読ませる事典として特筆されるだろう。それが本書の「大項目主義」である。取り上げるキーワードを400項目に厳選。第一線の書き手が勢ぞろいしているあたりは、大手出版社ならではの豪華さだ。いわゆる辞書的な語釈に終わるのではなく、それぞれの著者が問題意識を深めた小論文を書いており、網羅的な説明や従来の解説とはあえて一線を画している。その意味で、読ませるだけでなく、考えさせる事典ともなっている。専門的な哲学事典ではなく、広い思想的領域を横断する本書には「穴」「恋(乞い)」「座」「指紋」「睡眠」「泣く」「花」といった、ユニークなキーワードが目に付く。西洋哲学の諸概念を中心に編んであるのではなく、神道などの日本思想や中華思想、イスラーム哲学や仏教からも、さらには科学思想や医学、文芸や諸学一般からも重要語句が取り入れられている点が個性的だ。

古今東西のキーワードを取り上げた400項目のうち、同じ項目を二人の論者が別々に書いているものがあるので特記しておこう――「遊び」を西村清和と松岡心平が、「感情」を植村恒一郎と廣瀬玲子が、「自然」を谷徹と中島隆博が、「正義」を東浩紀と林文孝が、「文学」を小林康夫と廣瀬玲子が、「メタファー」を志野好伸と菅野盾樹が、書いている。収録された400項目は、それぞれが互いのノード(結節点)となって網目のように広がっていく。書影にデザインされているとおり、これらはたとえるなら木というよりは木の根っこのネットワークであり、リゾームであり粘菌である、と言えようか。単行本を何冊かまとめ買いするよりももっと情報量が詰まっているお買い得な本書だが、それぞれの項目をじっくり読ませるつくりになっているという点から言えば、通勤通学時間にこれを立ち読みする人がいてもおかしくない。電車に揺られながら分厚い本書を読み進めるのも一興だろう。

※こちらは「調べる」哲学思想事典→平凡社『哲学事典』、弘文堂『ラルース哲学事典』、同『フランス哲学・思想事典』、同『社会学文献事典』、岩波書店『岩波哲学・思想事典』、三省堂『コンサイス20世紀思想事典第二版』


■ついに完全版として復活した、この世でもっとも憂鬱な書物

図説死刑全書 完全版
マルタン・モネスティエ著 原書房 4762円 4-562-03478-5

古代から現代まで、死刑はどのように行われてきたか。豊富な図版と詳細な記述によるこの「死刑の人類学」は、間違いなく読む者を憂鬱にさせる。著者はフランスの作家で、これまでに「自殺」「食人」「児童虐待」「決闘」「拷問」「動物兵士」「奇形」「ハエ」「排泄」などをめぐる全書シリーズを書いてきた(いずれも原書房刊)。本書はかつて六年前に一部の写真・コラム・本文をカットして邦訳されたが、今回はそれらをすべてを収録した「完全版」として甦った――図版は100点も増え、コラムは35点増、本文がトータルで150頁増えた。戦慄の集大成の出現である。特に、初期キリスト教徒たちが受けてきた極刑の数々は恐怖という言葉では表現し足りないし、近現代の死刑写真は世界のどこかで響いているまがまがしい受刑者の断末魔を髣髴とさせて、背筋が凍る。

本書で説明されている刑は多岐にわたる。動物刑、喉切りの刑、腹裂きの刑、突き落としの刑、飢餓刑、檻の刑、幽閉刑、磔刑、生き埋め刑、串刺し刑、皮はぎ刑、切断刑、解体刑、切り裂き刑、粉砕刑、火刑、鋸引きの刑、矢で射る刑、突き刺し刑、毒殺、吊り落し刑、鞭打ち刑、棒打ち刑、車刑、四つ裂き刑、絞殺刑、ガロット刑(絞殺刑の一種)、石打ち刑、溺死刑、絞首刑、ギロチンなどによる斬首刑、銃殺刑、ガス室や電気椅子や薬物注射などによる現代的な刑など。これらすべてが、歴史資料や図版とともに具体的に記述されており、その多様性はまさに、人間が自身の「想像力が考えつくかぎり最も恐ろしい、最もおぞましい、最も残酷な方法を絶えず研究し」てきた歴史そのものを表している。随所に注釈的な事件や人物伝や数字を扱ったコラムが散りばめられている。最終章は、死刑制度を存続させている各国における「死刑に処す罪状」の一覧である。読んでいてかなり精神力を消耗させられる重い本だ。岡孝治氏による装丁が美しい。

※モネスティエの「図説」シリーズ→こちら


■現代批評理論のキータームを美術史に導入するスリリングな論集

美術史を語る言葉 22の理論と実践
ロバート・S.ネルソン編 ブリュッケ 星雲社(発売) 8000円 4-434-01622-9

美術理論系で代表的な小出版社といえば、スカイドアやありな書房、そして本書の発行元ブリュッケあたりが特に代表格だろう。硬派な本をつくることがますます困難な現在、今回まさに「硬派な」最前線の理論書をブリュッケが邦訳出版してくれた。本書は「表象」から「ポストモダニズム/ポストコロニアリズム」まで、いずれも欠くことのできない22のキーワードをめぐって、気鋭の批評家たちが論考を寄せているアンソロジー集である。日本でも知られているミッチェルやバーバ、ケーナーやケンプ、カミール、バンなど、錚々たる論客が名を連ねている。キーワードはいずれも美術分野プロパーのものではなく、広く批評理論やカルチュラル・スタディーズなどの現代思想における、中心的な鍵概念が採用されており、それらが、美術批評の最も先端的な稜線をかたちづくる、ジャンル横断的な境界線になっていることを示している。

つまり本書の原題「美術史のための批評用語」は、単にアートに関わるもろもろの標語を定礎しようというのではなく、アートをより広いコンテクストの中で語るための諸前提の大胆な導入を意味しているのであり、それは各論文で十分に実演されている。各項目の末尾に付された「もう少し知りたい人のための文献リスト」や巻末の参考文献でも、その広がりが分かるだろう。いわゆる「ニューアートヒストリー」の最新成果であり、姉妹編の『現代批評理論』『続:現代批評理論 +6の基本概念』(いずれもレントリッキアほか編、平凡社刊)とともに必読の理論書である。

※この人の編著書もチェック→「ハル・フォスター」「ロザリンド・クラウス」「グリゼルダ・ポロック」「リンダ・ノックリン」「ティエリー・ド・デューヴ」「ユベール・ダミッシュ」「イヴ-アラン・ボワ」「ハンス・ベルティング」「ウィリアム・ルービン」


■原著は約百年前に刊行されたイギリスの希少本『デヴィルズ』

悪魔学入門
J.チャールズ・ウォール著 北宋社 1800円 4-89463-052-4

興味深い本だ。原著の書誌情報や著者のプロフィール、訳者による解説がなく、いわば訳文だけが剥き出しのまま読者に供されている。著者の序文にも特別な手がかりはない。海外の古書店で調べたところ、本書が公刊されたのは1904年だった。実に約一世紀もの昔の本である(邦訳は初版が1986年で今回新装版として再刊された)。本文の記述や豊富な図版は簡素であり飾り気がなく、十章立てで、西欧における古代から近世にいたる悪魔観と悪魔伝承が淡々と綴られる(ほんのわずかだが東洋にかんする記述もあり、いつの時代のものか不明だが、長崎で著者が仏僧より買い受けたという鬼の版画も収録)。光の天使(ルシファー)の堕落という悪魔の起源から、悪魔の数々の名前や序列、聖者たちとの巧みな駆け引き、悪魔祓いまでを概観し、文学や芸術における悪魔像、悪魔の諺などにも言及。コンパクトにまとまった、華美なうるささのない入門書である。悪魔について語ることは、西欧のメンタリティの古層に分け入ることだ。悪魔はいたるところにいる。デモノロジスト(悪魔学者)によれば一説には、悪魔は総勢で7,405,926名(匹?)いるという。著者は本文から察するに、英国人のようである。なるほどイギリスの古い街並みを思わせるようなたたずまいの書物である。

※参考書→ロビンズ『悪魔学大全』青土社、ラッセル『サタン』『悪魔』『ルシファー』『メフィストフェレス』以上は教文館、同『悪魔の系譜』青土社


■世界大戦期の首都圏における軍政の地域的実態を解明

帝都と軍隊 地域と民衆の視点から
上山和雄編著 日本経済評論社 4600円 4-8188-1397-4

1994年に結成された首都圏形成史研究会による「首都圏史叢書」の第三弾。これまでの既刊書『地域政治と近代日本:関東各府県における歴史的展開』『商品流通と東京市場:幕末〜戦間期』と同様、関東地方の諸地域が「首都圏」として編成されていく過程の近現代史を扱う当会の研究陣による、すぐれた論文集となっている。3編10章からなる本書には、14名の研究者の論文が収録されており、首都圏において軍隊の存在がそれぞれの地域社会や市民とどのように係わり合ってきたかが、具体的なトピックごとに詳述されている。第一篇「帝都の防衛」では、関東大震災をきっかけに帝都の防衛体制が整備・強化され、民間と軍隊の協力体制による防空体制が完成されたものの、やがては第二次大戦の大空襲で瓦解する過程を追っていく。第二編「地域のなかの軍隊」では、下総(現在の千葉県習志野市・柏市)や東京都北区、相模原、横須賀、箱根、浜松などの諸地域と軍隊の係わり合いの歴史を振り返り、都市計画や町おこしにおける軍事施設の誘致(下総、相模原、浜松)や軍工廠(北区、横須賀)の建設、軍人のための療養地化(箱根)がいかに行われたかを見る。第三編「戦争と民衆」では、国民総動員体制下における銃後社会の軍事行政と統制を扱い、東京市における出征兵士家族の救貧行政や、埼玉県における軍事的社会統制のための「検閲」視察、市川市の市警防団や銀座の企業ビル特設防護団の編成などの実態を研究。徴兵制における所在不明者への対処についても論及している。付表として「関東地方主要軍事施設」一覧が添えられている。いずれもきわめて具体的でリアルな軍政史であり、非常に啓発的だ。

※関連書→荒川章二『軍隊と地域』青木書店、本康宏史『軍都の慰霊空間:国民統合と戦死者たち』吉川弘文館


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