
◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2002年6月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。
02年6月3日
■何という生き様か。心動かされる聖闘士ジャンヌの青春譚
奇跡の少女ジャンヌ・ダルク
レジーヌ・ペルヌー著; 創元社; 1400円; 4-422-21162-5
中世史研究における、フランス屈指の重鎮ペルヌーの著書はすでに数多く翻訳されているが、中でも彼女の専門であるジャンヌ・ダルク研究の本は、『オルレアンの解放』(1986年、白水社、品切)、『ジャンヌ・ダルク』(M-V・クランとの共著、東京書籍)、『ジャンヌ・ダルクの実像』(白水社クセジュ)に続いて、本書が四番目の邦訳となる。なにせ、1973年、オルレアン市にジャンヌ・ダルク研究所を設立し、初代所長をつとめたほどである、何冊書いても書き足りないほどの造詣の深さと愛着とがあるわけだろう。本書は、「絵で読む世界文化史」というキャッチフレーズのもと、フランスのガリマール社との提携で、日本を含む世界21カ国で出版されている一大シリーズ、「知の再発見」双書からの一冊だ。カラー図版満載で飽きさせない。フランスの国民的英雄ジャンヌは1412年、13歳の頃より、大天使ミカエルから「お告げ」を授かる。17歳になった「乙女ジャンヌ」は、お告げのままに、イギリス軍の侵略を撃破し、王太子シャルルをフランス国王として戴冠させるべく、出陣する。連戦連勝。白馬にまたがり、彼女のためにあつらえられた甲冑に身をかため、白百合と天使が描かれた旗を掲げた勇姿の前に、敵は次々と敗走していった。彼女の活躍により、フランスは大司教から戴冠された正規の王のもと、対外的な復権を果たした。わずか2年後に、味方の裏切りで敵対勢力の手に堕ち、宗教裁判で火刑されるまでの短くもまばゆい青春を、過不足なくコンパクトに描いており、驚きと興奮のうちに一気に読める。なるほどその生涯が幾度も映画化されただけはある。時代が離れていても、彼女に一目会ってみたい気持ちにさせる、魅力にあふれた本だ。
※関連書→ミシュレ『ジャンヌ・ダルク』中公文庫、竹下節子『ジャンヌ・ダルク
超異端の聖女』講談社現代新書、マーク・トウェイン『マーク・トウェインのジャンヌ・ダルク』角川書店、トゥルニエ『聖女ジャンヌと悪魔ジル』白水Uブックス
■稀代のユートピストが描く、人間社会の運命と未来との恐るべき青写真
四運動の理論 上下
シャルル・フーリエ著 現代思潮新社 ISBN:4-329-00419-4 2002.3 \2,800
邦訳初版が刊行されたのが1970年だから、若い読者にとっては遠い昔になるのだろうが、フランス近代の特異なユートピア思想家として名高いフーリエ(1772-1837)が1808年に公刊した主著である本書は、不遇にもかかわらず、すでに200年近い時を生き延びていることになる。膨大なフーリエの著作の中で邦訳されたごくわずかなテクストの中でも、唯一まとまったかたちでよめるのがこの本だから、すぐ読もうと読むまいと、いま買っておいた方がいい古典的名著である。オーウェンやサン=シモンと並んで、マルクス主義からは「空想的社会学者」とくくられるフーリエだが、本書ではそうした定義を軽々と踏み越える強烈な個性を、遺憾なく発揮している。万有を統べる「社会的、動物的、有機的、物質的という四運動の理論こそは、理性の企てるべき唯一の研究」だとフーリエは宣言する。「これは自然の一般体系の研究であり、(……)諸天体の住民はこの問題を解決してからでなければ幸福に行きつくことができない」とされる。第1部ではじつに8万年に及ぶ地球の生長期間を上昇と下降(進歩と退歩)の4段階32期劃に区分して論じ、彼特有の、情念による結合秩序のありようを説く。第2部では、前段で示された一種の極端な博愛主義にしたがって夫婦制度の害悪が、第3部では商業制度の害悪が検証され、批判的に乗り越えられる。あらゆる通俗性を排した彼の独自性はしかし、その熱烈な主張にせよ問いかけにせよ、世間からは聞き入れられることがなかったけれども、熱心な信奉者を生み出しては、周期的にブームの再来を巻き起こしている。本書とも相補的な関係にある手稿『愛の新世界』が前世紀後半に発見され、公刊されたことはひとつのブームの頂点だった。彼の言う「組合」とは、こんにちの私たちが知っている組織形態とはまるで異質のものである。常に新たなヒントを喚起する豊かさが、本書にはある。
※フーリエ研究の決定版→ビーチャー『シャルル・フーリエ伝』作品社
■待望続編、きわめて刺激的なCS実践論が開く「抵抗の思想」
実践カルチュラル・スタディーズ
上野俊哉ほか著; 筑摩書房; 740円; 4-480-05945-8
1999年5月以来、カルチュラル・スタディーズの入門書は次々と刊行されてきた。そのうちの主なものだけで見ても、ターナー著『カルチュラル・スタディーズ入門』作品社、吉見俊哉著『カルチュラル・スタディーズ』岩波書店、同編『カルチュラル・スタディーズ』講談社選書メチエ、本橋哲也著『カルチュラル・スタディーズへの招待』大修館書店、そして本書の著者二人が書き下ろした前作『カルチュラル・スタディーズ入門』等がある。このほかにも、吉見俊哉や大御所スチュアート・ホールがかかわっているもので、『カルチュラル・スタディーズとの対話』新曜社、『実践カルチュラル・スタディーズ』大修館書店、『カルチュラル・アイデンティティの諸問題』大村書店などははずせない。上記以外にも実際まだまだある。そうしたさなかに、他社から出た既刊書と同じ書名で新たな書き下ろし入門書が出た。いくらでもトリッキーに奇をてらうことができたはずの器用な書き手二人が、それでも率直にこの書名を選んだのは訳があるだろう。「われわれはここで書いたような理論と実践の試みをどんな名のもとであれ、つづけていくだろう」――これは本書の掉尾に刻まれた言葉だ。カルチュラル・スタディーズは決まりきったディシプリンではなく、抵抗の「質」あるいは「核」として、社会と時代の現実に果敢に対峙していく知的実践なのだということを、前作に続き、本書でもよりいっそう強調しているわけだ。
本書が扱うトピックは多岐にわたる。「フリースペースの運動や、様々なストリートの現象、都市や建築の空間管理、ポップやラップやテクノなどの音楽サブカルチャーとその周辺文化、自律したメディアの運動、植民地主義や帝国主義的「過去」び反省や記憶、ネオリベラリズム的な「構造改革」、9・11のテロと情報メディアの関係など(……)」。全五章立てで、第一章から順に「実践を始めるために」「都市空間を取り返せ」「ポスト・マルクス主義とカルチュラル・スタディーズ」「サブカルチャー研究」「メディアを作る」と題されている。いずれも刺激的で重要だが、もっともとっつきやすいのは第四章「サブカルチャー研究」だろう。日本のヒップホップをめぐる議論、99年の「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」におけるロック・ミュージックの問題、レイヴ・カルチャーについての考察からなる本章は、若い世代の読者にとってもより身近に感じることができるのではないか。本を読むという無造作な行為もまた、カルチュラル・スタディーズの実践に繋がっていくのである。
※「カルチュラル・スタディーズ」関連書は→こちら
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02年6月10日
■「黄門様」の智慧と歴史観が見えてくる明解な「語録」
水戸光圀語録 生きつづける合理的精神
鈴木一夫著; 中央公論新社; 680円; 4-12-101642-4
徳川光圀(1628-1700)と言えば、諸国漫遊の勧善懲悪ドラマ「水戸黄門」があまりにも有名だが、本当の彼はどんな人物だったのか。本書は『水戸義公全集』(角川書店、品切)や『水戸義公伝記逸話集』(吉川弘文館、品切)などの資料にあたり、光圀自身の言葉や、彼自身のものとして伝えられる言葉を、7つのテーマのもと77項目にまとめて、「黄門様」の実像に迫ったコンパクトな新書である。7つのテーマとは、「人の生き方について」「仕事の心得について」「為政者〈リーダー〉について」「人の使い方について」「人の育て方について」「悪しき習慣について」「歴史について」であり、それぞれが章題となっている。もっとも印象深いのは、最終章「歴史について」だ。日本初の本格的通史と言われる『大日本史』の編纂を指揮した彼は、一大名、一政治家としての枠に囚われず、日本の歴史を客観視しようとする。権力者寄りの史観に媚びることなく、記紀神話を史実とは異なるものととらえたり、南朝を正統と見なすなど、いくつかの決定的側面において、彼の判断は非常に冷静だった。また、門外不出の公家資料を精力的に収集し、保存・公開に努めるなど、一歴史家としても手腕を発揮する。本書の著者もそうした姿勢に着目して、彼の思想が後世に言われるような「尊王思想」とは別の次元にあることを指摘する。77の短い引用(読み下し文)に、それぞれ懇切で簡明な解説が付されており、暗記しておきたい決まり文句も多数。テレビドラマを見ている人も見ていない人も、本書に示された光圀の素顔を十分に楽しめるだろう。
※色々あります、「水戸黄門」本→こちら
■生誕100年で日本でもリバイバルの予感。感動的な自伝がついに完訳
エリック・ホッファー自伝 構想された真実
E.ホッファー著; 作品社; 2200円; 4-87893-473-5
アメリカ西海岸の港湾労働者にして社会哲学者のエリック・ホッファー(1902-1983)の著書は、1960年代から1970年代初頭にかけて立て続けに6点ほど邦訳されてきたのだが、残念なことにすべてが絶版か品切になっている。いわば忘れられた思想家だったわけだが、今回邦訳された彼の自伝をきっかけに、その価値が見直されるのではないか。原書は1983年刊、彼の最後の著書となる本書では、ニューヨークのドイツ系移民の子として生まれた彼の生涯が、一幅の鮮やかな印象画として描かれている。幼い頃の失明、そして視力の突然の快復、教育を受けないまま育ちながら無類の読書好きで、日雇い(あるいは季節)労働者として過ごした日々が率直に綴られている。それらは職業的哲学者が綴るような思索日誌の堅苦しさとは似ても似つかない。彼は生き、働き、感じ、考える。その素朴さが実に好印象だ。本書は詳細に記述されている自伝ではない。原題にあるとおり、これは"Truth
Imagined"つまり、思いに映るままの本当のこと、といったニュアンスだろうか。作家の中上健次は「ホッファーのように生きつづけたい」と漏らしたことがあるそうだ。彼の生涯は、世間で言うところの「幸福」なものとは少し違う。経済的に満ち足りていたわけではない。しかしその大きな体躯からにじみ出るようなおおらかなオーラと同居している繊細さを見るとき、彼のように生きてみることをつい想像してみたくなることも確かだ。彼は本書で自分のことばかりを語っているのではなかった。あたかも紡ぎ合わされた一枚のタペストリーのように、ホッファーの思い出の中で様々な人々が垣間見せる素顔は、彼自身の素顔と重なって、なんともいえない印象的な彩りを帯びる。たぶん多くの読者にとっても、本書は長く胸に残る一冊となるだろう。巻末にシーラ・ジョンソンによる、ホッファー72歳の折のインタビューが収録されている。
■スピード感あふれる分析、テロリズムの政治解剖学原論
テロル機械(エートル叢書 13)
ローラン・ディスポ著、現代思潮新社、ISBN:4-329-01013-5、2002.4、\3,800
フランス五月革命(1968年)世代の中でも、マオイズム(毛沢東主義)系の過激派「プロレタリア左派」の活動家だったローラン・ディスポ(1950-)のことを知っている日本人はほとんど皆無だろう。しかし、知名度を問うことは、1978年に若干28歳の若さで彼が上梓した本書の場合、全く問題にならない。テロリズムとは何かをフランス革命時の恐怖政治にまで遡りながら分析し、小気味良いリズムで「いかにテロル機械に抗するか」を明敏に示していく本書のような好著をシリーズ(エートル叢書)に加えた、編者(鈴木創士氏)および版元の判断は賞讃されるべきである。訳者の苦労と熱意の賜物でもあろうが、本書を貫くテンションの高さは特筆に値する。けっして一息に読み越せる本ではないけれど、ディスポの語り口には読者を引きずり込むバイタリティがある。彼はテロリズムを定義する指標として49もの特徴を掲げて、例えば次のように指摘する、「(1)「国家のテロリズム」という言い方は同語反復である。(2)あらゆる国家にとって恐怖政治はその起源となっており、さらにはその支柱となっている。…中略…(11)権力のテロリストは「完全犯罪」を行う。…中略…(14)誰もがふたつのテロリズムを目の前にしている。すなわち、国家というテロリズムと、それに対抗するテロリズムである。そして互いに相手を犯罪として、つまり非人間的なものとして示そうとする。そして自分たちの側を信じるテロリストにとっては、テロリズムはヒューマニズムなのである」等々。本書はいわゆる「テロリズム史」というよりは、歴史を自由に行き来しつつ、テロルの政治力学がどのように生成し、発現するのか、人間の肉体で言えばいわばその神経中枢における系統的働きを巧みに解明した論考である。時代が移り変わり、外見が変わろうと、テロルの神経的メカニズムは変わらない。新たなテロの脅威の時代と言われるこんにちにおいてもなお、多くの示唆を与えてくれる本である。
※たくさんあります、テロリズム研究→こちら
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02年6月17日
■探していたあのことばにきっと会える。座右の銘1340編
世界名言集
岩波文庫編集部編; 岩波書店; 2500円; 4-00-023628-8
1984年から1989年にかけて岩波文庫の別冊シリーズとして刊行された『ことばの花束』『ことばの贈物』『ことばの饗宴』『愛のことば』を再編して、一冊にまとめたのが本書である。タイトルに金文字をあしらった丁寧な造本のハードカバー(函入)で、本文はスミとアカの二色刷り。岩波文庫として発行された古今東西の古典から、えりすぐりの名文と智慧を集約。全部で1340もの断片が収められており、巻末には著作社名索引、書名索引、文頭索引の三種を配して、読者の便宜を図っている。座右に置きたい、保存版にふさわしい一冊だ。ちなみに引用率ベスト3は、1位が夏目漱石(40回)、2位がシェイクスピア(37回)、3位はともに26回で、ゲーテとモンテーニュだ。なるほど。3位のゲーテからひとこと。「世界は粥(かゆ)で造られてはゐない。君等は懶(なま)けてぐづぐづするな、堅いものは噛まねばならない。喉がつまるか消化するか、二つに一つだ」(『ゲーテ詩集(3)』より)。
※こちらもオススメ、『日本の名随筆』全200巻からエッセンスを凝縮→『随筆名言集』作品社
■欧米でベストセラー、哲学の名手がまたヒット作を生んだ
哲学のなぐさめ 6人の哲学者があなたの悩みを救う
アラン・ド・ボトン著; 集英社; 2800円; 4-08-773364-5
『哲学のなぐさめ』といえば、中世を代表するラテン詩人にして哲学者であるボエティウスの名著が有名だが、売れっ子若手作家ド・ボトンが書いているのは彼についてではない。副題にあるように、本書に登場するのは以下の6名であり、それぞれが独立した章としてメッセージ性を付与されている。ソクラテス(「皆と群れることができない人へ」)、エピクロス(「充分なお金を持っていない人へ」)、セネカ(「思うように事が運ばない人へ」)、モンテーニュ(「自分自身を好きになれない人へ」)、ショーペンハウアー(「恋にやぶれてしまった人へ」)、ニーチェ(「困難にぶつかっている人へ」)。哲学者たちのことばや彼らの生き様を通じ、人としていかに生きるべきかがウィットに富んだ筆致で語られる。彼の素晴らしいデビュー作『恋愛をめぐる24の省察』や、軽妙な第2作『プルーストによる人生改善法』と同様、まるで小説を読ませるような鮮やかな出来栄えである。
オビ文によれば、梅原猛氏は「人生いかに生きるべきか――哲学者も大胆にみずからの言葉で語る時が来た」と述べ、池田香代子氏は「生々しく、面白い。まったくあたらしい哲学入門書」と賞讃している。図版が多用されているとはいえ、本文が373頁(A5判)もある。一般読者向けの入門書としては厚手だが、たんなる入門書ではない「幸福論」として、読んでいてじっくり考えたりひらめいたりする楽しさを存分に味わえる本だ。じっさい、読者の日常の悩みにここまで率直に答えようとする哲学書もめずらしいのではないか。たとえば、「肉体と精神を共に持つとは、何と厄介なことだろう」という一文から始まる、モンテーニュの章の第2節「セックスの違和感について」は、モンテーニュの語り口の几帳面さと話題にされていることの素朴さとのギャップがたまらない。ド・ボトン自身も楽しみながら書いたに違いない。哲学はほんらい身近なものなのだと気づかせてくれる好著だ。
※かたや、90分でわかる思想家シリーズ(青山出版社)といえば→こちら
※著者の公式サイト:http://www.alaindebotton.com
■読書好きなら必ず読んでおきたい、出版史の夜明けがわかる良書
パピルスが伝えた文明 ギリシア・ローマの本屋たち
箕輪成男著; 出版ニュース社; 2500円; 4-7852-0103-7
15世紀ドイツにおける、グーテンベルクによる活版印刷の発明が、どれほど大きな「メディア革命」だったかを知るためには、マクルーハンの名著(『グーテンベルクの銀河系』みすず書房)をひもとけば事足りるのだが、活版印刷以前の写本文化、さらにそれよりもっと前のパピルス文化にまで遡って調べようとすると、手頃な本がなかなか見つけられない。書物史の研究書は皆無ではないのだが、ギリシア・ローマ時代の出版と書店、著者と読者に特化して研究した本書は、特筆に値する会心作である。たんなる歴史の本ではなく、東西のメディア論や、現代の出版論の観点から比較考証も試みている。盛りだくさんの全11章の中には、ギリシア時代における本屋の誕生や、アテナイの読書生活についての紹介があれば、アレクサンドリアの図書館、ローマの焚書坑儒、ローマのゾッキ本などの興味深いエピソードもある。古代著者の人気番付や、人格権としての著作権の発生についての記述、写本経済の特性を論じた節、「奴隷経済が支えた出版文明」と題された第10章など、いずれも見逃せないトピックばかりだ。そのうちのひとつを紹介すると、出土したパピルスの数から類推した、ギリシア・ローマ古典の人気番付の第1位は、ダントツでホメロスの『イリアス』だそうだ。このほかにも面白い資料が満載で、アテナイのギリシア人の読み書き能力にかんする年表というのもある。海外の研究書の成果を参照しながらとはいえ、ここまで収集しまとめた地道な作業には脱帽だ。
※スリリングなこちらの本もお奨め→カンフォラ『アレクサンドリア図書館の謎』工作舎
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02年6月24日
■大いなる失敗作、長年にわたる堅い封印がいまここに解かれる
小林秀雄全集 別巻1 感想
小林秀雄著; 新潮社; 8000円; 4-10-643535-7
第5次全集別巻1に収められた「感想」とは、小林の一連のベルクソン論のことを指す。ほかにも「感想」と名付けられている彼の評論や書目があって、特別な題名であるわけではない。文芸雑誌「新潮」の1958年5月号から1963年6月号にかけて計56回連載され、未完のまま中断された。小林は後年、本作について「失敗した」と証言し、ベルクソンが誤解される可能性があるとして単行本化も全集への収録も許さなかった。小林の母の死後に続けて起こったふたつの心霊現象の記述から始まるこのベルクソン論は、批評家独自の切り口で『意識の直接与件論(時間と自由)』や『物質と記憶』などにおける哲学者の議論の骨格を組み立て直していく。後半には物理学にかんする記述もあり、小林は、意識や脳、精神や物質をめぐる広範囲な学問領域を接合させるベルクソニスムの地平を、縦横に探査しつつあるように見えた。この「感想」をめぐって90年代から批評家らによる論及が著しく増えたように見えたのは、実際、彼の雑誌連載のコピーの束が長年、大学の研究室や教室のそこかしこで読まれ続けてきたことの成果の現れだったのだ。
作者の遺志に反したかたちで読まれることに対する一種の明白な抵抗的告知として、今回ついに「感想」は全集に収録された。事件と言わずして何であろう。同時掲載されたのは、文芸雑誌『文学界』1981年1月号から11月号まで連載され、1983年3月の小林の死後、絶筆となった第7章が5月号に掲載された「正宗白鳥の作について」である。自伝をめぐる作家論を展開する本作は、白鳥論から次第にしかし必然的にズレて、フロイトとユングの訣別を決定づけたあの心霊事件(フロイトが青ざめたその現象については『ユング自伝』みすず書房に詳述がある)にかんする記述で途絶える。別巻1が心霊に始まり心霊に終わるという符号を強調したいのではない。「感想」にせよ、「正宗白鳥の作について」にせよ、いずれも未定稿であるが、未定稿であるがゆえに、開かれた未開の地へといざなうかのような魅力がある。前評判の通り、第5次全集の白眉である。まもなく刊行される、仮名遣いを改め、豊富な注釈を付すと聞くハンディ・タイプの第6次全集も期待したい。
※こちらもおすすめ→正宗白鳥『新編作家論』岩波文庫
■「100人の村」の世界観がより広く深くなる貴重なワンモア・ステップ
世界がもし100人の村だったら 2
池田香代子編; マガジンハウス; 1143円; 4-8387-1380-0
パート2であるが、いわゆる普通の続き物とは違う。ネットロアとなって世界を駆け巡った前作の源流とも骨格とも言うべき、ドネラ・メドウズの1990年のエッセイ「村の現状報告」を収録し、「100人の村」で掲げられた数字を最新の統計データと図版で検証した貴重な注釈資料編や、作家や学者、医師、新聞記者らによるそれぞれの立場からの丁寧なコメントも加えられており、読み応え充分だ。メドウズが90年に書いたのは、「もし世界が1000人の村だったら」という喩えだった。「100人の村」にインスピレーションを与えたこのエッセイには、ネットロアのそれとはまた別の、シンプルで明瞭なイメージ喚起力と反核の思いを込めた緊迫感がある。注釈資料編はまさに現代における焦眉の諸問題を浮き彫りにしており、学生でなくとも暗記しておきたいデータが満載だ。「国境なき医師団」の外科医として世界を飛び回っている黒崎伸子さんによる、現場からコメントは実に感動的。行動する一個人の力がどこまで世界と向き合い、渡り合えるか、「911」以後を生きる私たちに勇気を与えてくれる。最初に述べた通り、本書はたんなる「パート2」ではない。前作を購入した人にも購入していない人にもともにお奨めできる良書である。
※本書への寄稿者による他の著書は→「池澤夏樹」「ダグラス・ラミス」「大野賢一」、塩野洋『カメラ片手に辺境を行く』草の根出版会
■よくぞ絞った4387項目、チャレンジ精神光るハンディな新辞典
岩波キリスト教辞典
大貫隆ほか編集; 岩波書店; 7500円; 4-00-080202-X
大貫隆、名取四郎、宮本久雄、百瀬文晃の4氏を編集者に、編集協力者15名、執筆者321名(付録作成者も含めると更に多い)が、各人の持てる力を結集して、4387項目を擁するキリスト教辞典が完成した。キリスト教の影響を受けた文明や社会は古代から現代に至るまでそれこそ歴史の非常に大きな部分を占めるから、それら無数の参照項から4387項目まで絞った努力をまずたたえたい。さらにこの辞典はいくつかのチャレンジも試みている。すなわち、建築や美術、音楽や文学の領域だけでなく、『エクソシスト』など多数の映画や、劇画『デビルマン』も項目として取り入れている点だ。『デビルマン』の項目を執筆しているのは四方田犬彦氏(映画界の鬼才ルイス・ブニュエルについて書いているのも氏だ)。氏は編集協力者の一人でもある。神学者だけでなく、現代哲学者の代表格も積極的に取り込まれている。すなわちデリダ、リクール、レヴィナス、ハーバーマスなど。充実の付録は、ギリシア語、ラテン語、各国語などの「人名対照表」、ローマ法王や各地域の総主教を列記した「歴代指導者」、紀元前の旧約の世界からこんにちの政治・文化状況までをフォローした「年表」、エクソダスや伝道、宗教改革時代などの4種の「地図」、3種の「教会歴対照表」、「各教会の典礼色」、「美術表現におけるイエス・キリスト伝」、バシリカ式、ギリシア十字式、ゴシック様式などの「聖堂建築図」、「各国語およびラテン語の慣用表現」の一覧等である。索引はもちろん和文、欧文ともに備えており、一文字目の画数から引ける漢字人名索引もある。研究者向けの専門的辞典を除いては、類書はそう多くない。手頃な辞典としてロングセラーになることを期待したい。
※よりヴィジュアルな関連書は以下の書目→柳宗玄+中森義宗編『キリスト教美術図典』吉川弘文館、中森義宗『キリスト教シンボル図典』東信堂、ハインツ=モーア『西洋シンボル事典』八坂書房、スピーク『キリスト教美術シンボル事典』大修館書店
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