◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2003年9月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。
[2003年9月1日]
■実践の中で生まれ、さらなる実践を目指す、真の勇気と革命の書
マルクスを超えるマルクス
『経済学批判要綱』研究
アントニオ・ネグリ著 清水和巳〔ほか〕訳
\4,600 作品社 四六判 / 465p
ISBN:4-87893-559-6 発行年月:2003.9
原著刊行から約四半世紀、ついにネグリの理論的主著の完訳が成った。彼の思想的プロフィールを大雑把に十年単位で遡りながらおさらいしておくと、2000年以後の彼の注目作は言うまでもなくハートとの共著『〈帝国〉』(以文社)であり、現在はその続編の執筆に取り組んでいる。90年代の彼の主著は『構成的権力』(松籟社)であり、パリ亡命期の80年代は卓抜なスピノザ論『野性のアノマリー』(未訳)が代表作だ。『マルクスを超えるマルクス』はこのスピノザ論と並んで、『構成的権力』と『〈帝国〉』の理論的中枢を成す重要作であり、70年代のアウトノミア運動で練り上げられた新たなるコミュニズムの要諦が開示されている。本書はイタリア本国では1979年の初版刊行以来、ある事件を境に長らく入手が難しくなり、その後、新しい序文を含む新版がようやく刊行されたのは1998年になってからだった。事件とは、当時、テロ事件の濡れ衣を着せられてネグリが逮捕された一件のことなのだが、しかしこの冤罪ばかりが結局彼の著書の多くを版元のフェルトゥリネッリ社から「駆逐」した原因のすべてだったわけではないように見える。実はその7年前に版元社主が変死しており、なんとその真相が、自らの主導する武装テロの失敗による爆死だったと後日判明したのである。出版社が徐々に方向転換を余儀なくされたであろうことは想像に難くない。本書の序文でネグリはその「方向転換」を苦々しく回想している。
ネグリがもっとも愛着を感じている一冊だという本書は、1978年にパリで行った、『経済学批判要綱』の斬新な読解を通じて「マルクスを超える」マルクスを内在的に見出す一連の講義がもとになっている。本書を構成する講義は全九回である。第一回講義で彼は自分のマルクス読解をこう弁明している。「われわれは、誰もが、『資本論』を学ぶことで、階級憎悪を理論的に思考し、意識するようになった。しかし[他方で]、『資本論』は、批判を経済理論に還元し、主体を客体性の中に解消し、修正主義的で抑圧的な支配層であるインテリゲンチャに転覆力をもつプロレタリアを従属させた。知識人の繊細な意識のためではなく大衆の革命的な意識のために『資本論』の正しい読み方を取り戻すには、『資本論』を『経済学批判要綱』の批判にさらし、『経済学批判要綱』のカテゴリー装置を通じて『資本論』を再読するしかない」と。本書を英訳したハリー・クリーヴァーは、このマルクス論を、単なる研究書ではなく、革命的活動家のために書かれたものだ、と評している。専門家のための閉鎖的な講釈なのではなく、ネグリが明言するところの「搾取からの解放を意味するコミュニズム」の実践のために書かれたのである。資本主義下の価値法則を転倒させ、搾取のくびきとなるような労働を拒否し、働く者たちの自己価値創造と自己決定を説いた本書には、後年のキーワード「マルチチュード」に連なる「多数性(ムルチラテラリータ)」という概念がすでに見られる。歴史的悲劇にしばしば束縛されてきた全体主義的ないしユートピア的なコミュニズム像とは正反対の方向をネグリは語っている。コミュニズムとは「自由」の異名であり、保守的な自由主義でも古色蒼然たるマルクス主義でもない。ネグリは何度でも私たちを現実に引き戻す。真実や理想は彼方にあるのではなく、いまここの闘いの中にある、という現実である。諦められた現実ではなく、現実を変える自分になるための「いまここ」のかけがえのなさ。たくさんの勇気を与えてくれる稀有な書物だ。
■未開社会は戦争を通じて国家や同一化の罠に抵抗する
暴力の考古学 未開社会における戦争
ピエール・クラストル著 毬藻充訳・解説
\2,300 現代企画室 四六判 / 175p
ISBN:4-7738-0307-X 発行年月:2003.8
80年代が「青春」だった世代にとっては、一冊の書物になったこの論考が初めて日本語に訳されたのがいつだったか、知っているかもしれない。それは、雑誌『GS』の第II期通巻第IV号「特集=戦争機械」(1986年12月、UPU刊、絶版)に掲載された、丹生谷貴志と千葉茂隆による翻訳だった(この伝説的な大部の特集号では、本論考が参照しているレヴィ=ストロースの論文「南アメリカのインディオにおける戦争と交易」も収録されている)。当時、この論考を含む死後刊行の論文集『政治人類学研究』が書肆風の薔薇(現・水声社)から近刊予定と予告されていたが、風の薔薇からその後出版されたのは論文集と同名の副題を持つクラストルの主著『国家に抗する社会』だった。『国家に抗する社会』がフランスで刊行されたのは1974年。同年には『大いなる語り――グアラニ族インディオの神話と聖歌』(松籟社)も出版されている。1977年7月、クラストルは43歳の若さで早逝した。自動車事故だったという(事故死と言えば、その3年後にやはりロラン・バルトが自動車事故で亡くなっている)。「暴力の考古学」が雑誌に発表されたのはその少し前だった。クラストル自身の予告によれば、この論考は「未開社会における戦争」をめぐる新しい著書の端緒となるはずのものだったが、計画は第2論文「未開戦士の不幸」の発表を最後に、彼の死によって途絶してしまった。本書は近年単行本化された第1論文の日本語訳であり、残念ながら第2論文は収録していないものの、「未完の書」をめぐっては訳者による補完的な長文解説が垣間見せてくれる。
「未開(primitive)」という言葉には注意しなくてはならない。なぜならそれは、開かれた(=啓蒙された)文明としての西洋社会が理解できなかった「別の様式」を持つ文化に対してのラベリングなのだから。人類学者としてのクラストルは、その辺に一番気を使っているように見える。ちなみに彼が現地調査に従事したのは南米の先住民社会なので、彼が未開社会と言う時には、西洋の人類学者たちから見た「未開社会一般」を含意すると同時に、南米の先住民社会が念頭にあると思われる。レヴィ=ストロースは未開社会を「交換」の世界であると論じ、交換の失敗が「戦争」であると見た(前述の論文「南アメリカのインディオにおける戦争と交易」および『親族の基本構造』青弓社刊が参照されている)。しかしクラストルは、「戦争の戦術的結果が交換なのである」と反論する。未開社会の恒常的な問題は「我々は誰と交換しようか」ではなく、「いかにして我々は我々の独立性を維持することができるか」である。交換の論理によってよそ者や他の社会と同一化されることを未開社会は何よりも拒否する。クラストルはこう説明する。「全面的交換や万人の万人に対する友愛がもたらすような万人と万人との同一化のなかでは、各々の共同体はその個体性を失ってしまうだろう」と。同一性の論理と友愛のスローガンが「〈われわれ〉の多様性をひとつの〈超われわれ〉に統合化」してしまい、「自律的な各々の共同体に特有の差異を削除してしまう」ことに抵抗すること――それが、未開社会における「戦争」を特徴づけているわけである。差異を除去し、包み込み、多の論理を廃止して統合化の論理を据えようとめざす合法的な力であり〈一者〉である「国家」を、未開社会は本質的に拒絶する。国家の拒否、外的な「法」の拒否、服従の拒否である。未開社会は「国家に抗する社会」なのだ。ホッブズは国家を戦争に抗する存在として見たが、未開社会から見れば、戦争は国家に抗して存在しているわけである。クラストルの文明論はその優れた観察力によって、ドゥルーズとガタリをはじめとする多くの思想家たちに影響を及ぼしている。
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[2003年9月8日]
■母語と他言語のあいだ、文化のはざまで捉えられた「未知」とは
エクソフォニー 母語の外へ出る旅
多和田葉子著
\2,000 岩波書店 四六判 / 188p
ISBN:4-00-022266-X 発行年月:2003.8
ドイツで創作活動を続ける作家の注目エッセイ集。表題の「エクソフォニー」とは、母語の外に出た状態一般を意味する。ダカールからマルセイユまで、自らが訪問した世界二〇都市にちなんだエクソフォニー的雑感を綴った第一部は書き下ろし。第二部は『テレビ・ドイツ語会話』のテキストに連載された、ドイツ語を通じた文化コミュニケーションをめぐる随想だ。第一部について、作家は当初、移民文学、越境、クレオール、マイノリティ、翻訳などのキーワードを切り口に書くつもりだったが、筆が進まなかったという。むしろ彼女は、生身の人間として体験した様々な「母語の外へ出る旅」について綴ることで、そうした紋切り型の議論を脱し、言葉の森に踏み込む作家なりのやりかたで、文化のはざまに生きることがもたらしたナショナルな意識の解体と変質を率直に書いている。多文化主義を大げさに礼賛するような政治戦略はここにはない。むしろためらいやとまどいを告白し、そうした感覚の中に創作の契機を見て取る機微が本書にはある。カルチュラル・スタディーズの理論書を読むより、はるかに問題の所在を実感させてくれる体験記だ。それは作家自身がそうした「生々しさ」の現場をできるかぎり抽象化しないように務め、一本の太い幹となって理論化されていく思考よりも、その手前であちこちに伸びている雑多な脇道や根っこについて記述することを省かなかったからだろう。こうした脇道的機知によって本書は堅苦しさを逃れている。単なる旅行記でもなければ、文明批評でもない。読み終えて本から顔を上げてみると、ついさっきまで自分が立っていた位置から離れた場所に連れて行かれているのにふと気付く。「ズラされる」楽しみだ。例えば「ベルリン」の章に見られるクライストへの評価と鴎外訳批判などは実に多和田らしいように思う。クライスト特有の、副文が「にょきにょきと生えた」文章の意図は、批評家たちが決め付けているような「悪文」との評価では測りきれないし、翻訳に際しクライストの文体を「きれいに刈り込んで」整形してしまった鴎外訳は「違和感」を感じる、と作家は述べる。種村季弘訳『チリの地震』(河出文庫)の方が、彼女の感覚により近いのかもしれないが、多和田訳クライストというのも読んでみたくなった。
■在日の若手が鋭く抉り出す、日本の国家主義の歪んだ諸相
〈民が代〉斉唱
アイデンティティ・国民国家・ジェンダー
鄭暎惠著 \2,800 岩波書店 四六判 / 306p
ISBN:4-00-023757-8 発行年月:2003.8
著者のチョン・ヨンヘはリサ・ゴウとの共著『私という旅』(青土社)などでつとに注目されてきた在日の社会学者だ。本書は彼女の1992年から2002年までの論文10本をまとめた第一論文集である。様々な限界を露呈している国民国家を支える近代主義の悪循環の諸相を指弾する本書は、問題提起の鋭さと危機意識の性急さ、冷静な分析と叙情的な理想がないまぜになっている繊細な本だ。性急さや叙情的という言葉で彼女を非難しようというのでは全くない。むしろそうしたありがちな印象を抱かぬよう、読者は勘違いしないようにしなければならない。君が代ではなく〈民が代〉という非常にきっぱりした象徴的な言葉は、あたかも既成の体制的価値体系の完全な逆転を目論むような明快さ――往々にしてそうした明快さは見かけ倒しに過ぎないことがある――でもって読者を易々と昂揚させてくれるかのように期待されてしまうかもしれないが、そんな単純な本ではない。すんなりと通覧させてくれるような理論的鳥瞰図のもとに体系化されている書物ではなく、常に現実の諸矛盾と向き合い、粘り強いネゴシエーションで突破口を開こうとする挑戦が内実となっている、いわば現在進行形の書物である。唯一の書き下ろしである巻末の「はじまりのための、あとがき」で、著者は本書が何を主張しているのかを述べている。近代の国家主義が日本国民にもたらした、加害性にも被害性にも鈍感な精神的呪縛を解くことができるのは、日本国民自身であり、人々の「意思と感情表現が希薄なところでは、何も始まらない」という事実を直視せねばならない、と。〈民が代〉を謳うこととは、ナショナリズムと反ナショナリズムのジレンマから抜け出す第三の道を歩むことだ、とも著者は示唆する。ここで言われている第三の道とは、イギリスにおけるギデンズ流の生き残り戦略と同義なのではないが、かといって急進的な理想主義に終始するものでもない。著者は例えば、定住外国人の参政権をめぐって活動を続けているが、その活動の根幹にある「市民権」をめぐる彼女の考えは、積極的な意味で極めて現実的である。ポスト近代国家の社会に必要とされている新しい市民権は、国籍によって保証される国民の排他的な特権ではなく、定住外国人を含めた国内に居住する住民に対して平等に結ばれるべき社会契約であり、それがもたらす権利と義務の一切である。国籍を有する国民だけでなく、より広く、そこに住んでいる人々全体が現実的に社会を構成しているのだという事実を無視するべきではない。「国籍とは、個人よりも国家主義にとって必要な概念」なのだ。保守的政治の危機と破綻の時代において、〈民が代〉への改革を掲げることは実際的な急務であるが、国家は〈民〉が国粋主義とは別のかたちで一致することによってその従来の構成を解消せざるをえなくなる「進歩」を恐れているし、一致させるまいと〈民〉を諸々の群集に分断しておく術に長けている。群集は群集で自由勝手に生きていると過信しているようでおめでたい。おめでたい我々がどう変わっていけるのか、著者の今後の研究が示唆するものに期待したい。
■近代以後の中国像を西洋と東洋のはざまに再発見する真摯な試み
女性と中国のモダニティ
レイ・チョウ〔著〕 田村加代子訳
\5,500 みすず書房 A5判 / 370p
ISBN:4-622-07037-5 発行年月:2003.8
アメリカでフェミニズム系/ポストコロニアル系批評家として活躍するアジア出身の女性と言えば、インド出身のスピヴァク、ベトナム出身のトリン・ミンハ、パキスタン出身のスレーリ、そして本書の著者、香港出身のレイ・チョウなどが日本では著名である。本書は1991年に英米で刊行されたレイ・チョウのデビュー作の翻訳であり、もともとは先行する日本語訳『ディアスポラの知識人』や『プリミティヴへの情熱』(いずれも青土社)より先に企画されていたものだ。待ちに待った日本語訳だが、遅すぎたわけではない。本書は四章から成る。第一章はベルトルッチの映画『ラスト・エンペラー』を題材に、「西洋化された中国人鑑賞者の観点から近代中国を『見ること』の問題性」を示す。第二章以下は近代の中国文学の読解を通じ、西洋化がどのようにそれら(近代中国の文学作品)に影響を及ぼしているか、とりわけ個々の作品における女性像を入念に分析する。『ラスト・エンペラー』は多くの日本人が知っているだろうが、第二章以下で取り上げられる中国文学は魯迅のような例外を除き、巴金や茅盾といった著名な作家でも一般レベルではあまり知られてもいないだろう。しかしそれにもかかわらず引き込まれるように読んでしまうのは、チョウの題材選びの妙だろうし、中国学を専攻する訳者による苦心の訳文の賜物かもしれない。行間に浮かぶ中国名の間に間にフロイトやクリステヴァ、アルチュセールやベネディクト・アンダーソン、ドゥルーズなどの西洋の思想家や研究者たちの名前がふんだんに滑り込んでいる様を見るにつけ、現代思想への関心や中国文学への造詣なしに本書は読めないのではないかと読者は臆病になるかもしれないが、中国に興味があるという単純な動機からでも十分に楽しめる。チョウがマサオ・ミヨシの日本論を共感をもって引用しているように、読者が本書に隣国文化への親しさをもって接することができるだろうことは想像に難くない。しかしこの親しさは実は幻想であることを知らねばならない。第四章で取り上げられる郁達夫の小説『沈淪』(邦訳は河出書房新社の『現代中国文学(6)』で読むことができる)の主人公は日本に住む中国人男性である。異国にいる孤独からか内面に烈しい自意識の渦を抱える主人公の姿はどこか滑稽であり、彼が郷愁の反面でいささかの軽蔑の念をいだいている「中国」像のアンビヴァレンツをチョウは冷静に分析している。この主人公の苦心は確かに異邦人一般の陥りやすい状況であるとも言えようが、彼の妄想癖を笑ってしまうことは、親しさのあまり彼此の距離感を喪失してしまうことにほかならない。日本人がそう読むかもしれないことが指摘されているわけではないが、本書の光学装置はそうした焦点のズレ(とそれがもたらす効果)をも批判的に検証する枠組みを提示している。避けがたい西洋化の影響力を中国の人々ほどには意識していない日本人が、本書におけるナショナリティへの真摯な問いかけから学ぶことは多いだろう。
■多文化主義にすら巣食う白豪主義の残滓とは何か。示唆に富む考察
ホワイト・ネイション
ネオ・ナショナリズム批判
ガッサン・ハージ著 保苅実訳 塩原良和訳
\3,800 平凡社 四六判 / 402p
ISBN:4-582-45224-8 発行年月:2003.8
中東はレバノンに生まれ、内戦を逃れて10代の終わりにシドニーに移住した。いわばアラブ系オーストラリア人なのだろうが、イスラム教徒ではなく、カトリック教徒の家庭で育った。現在シドニー大学で人類学を教える助教授である。フランスで学んだ経験もあり、パリの社会科学高等研究院内のピエール・ブルデュー・センター客員教授でもある。イエン・アン(あるいはアング)やテッサ・モリス=スズキらと並んで、日本におけるカルチュラル・スタディーズの輸入において良く知られている、オーストラリアを代表する知識人の一人だ。本書は彼の主著(原著1998年刊)の待望の邦訳である。残念ながら完訳ではなくいが、日本語版序文と、原著第七章および第八章のダイジェスト版となるテクストを収め、さらにテッサ・モリス=スズキと酒井直樹による解説を各人一本ずつ付録として掲載した、オリジナル日本語版である。副題が「ネオ・ナショナリズム批判」となっているが、原題では本書の内容をより端的に示す文言が掲げられている――いわく「多文化社会における白人優越幻想」。ここで言われている多文化社会とは、オーストラリアのそれを指す。18世紀から19世紀にかけてイギリスの流刑地だったオーストラリアの現在の国民構成は、イギリス・アイルランド系を中心とした欧州系白人がほとんどで、原住民(アボリジニ)やアジア系は少数派である。しかし、もとより移民の国であり、70年代には多文化主義政策が布かれたこともあるので、オーストラリアは多民族の共存思想が浸透した国であると、諸外国からは見られることがある。しかしハージは、圧倒的多数派である白人オーストラリア人は、昨今台頭しつつある排外的ナショナリストであれ、多文化主義を信じる人々であれ、「白人優越幻想」を自明の前提にしているのだ、と様々な例証を掲げながら鋭く暴き出す。彼自身のこだわりによれば、彼は単なる人類学者ではなく、「精神分析人類学者」である。本書でもラカンやジジェクがブルデューらとともに援用されている。訳者は本書の翻訳の動機を「とにかく圧倒的に面白いから」と述べる。読者にしてみれば、ラカンやジジェクの名前が出てくるだけで、なんだか難しそうだとしり込みしたくなるわけだが、なるほど確かに訳者の言う「面白味」も分かる。白人優越幻想や多文化主義幻想、慣例的な人種差別(レイシズム)を分析する上での実例がとっつきやすいのだ。それは大学キャンパス内の壁の落書きであったり、どこにでもいる一般市民のつぶやきであったり、子供のふざけた口真似だったりする。ああ、似たようなことが日本でもあるよな、と苦笑する反面、戦慄が走る。本書の帯の背には、それを見透かすように、「アジアの白人」日本人、と印刷されている。なるほどね、というわけだ。今もあり、今後もっと悪くなりそうな気配が濃厚な日本のナショナリズム的右傾化との見事なカップルぶりを示している排外主義(「ガイジン嫌い」)や在日差別の現実を思う時、ハージの容赦ない分析は、訳者の言う通り「日本における多民族・多文化社会の実現をめざす人々にとって貴重な示唆をもたらす」だろうと想像できる。実際、日本の状況はうんざりするほどかなり深刻化しているのだ。
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[2003年9月16日]
■熱愛から半世紀にわたる精神的絆に結ばれた二人の素顔が見える
アーレント=ハイデガー往復書簡
1925−1975
ハンナ・アーレント〔著〕 マルティン・ハイデガー〔著〕
ウルズラ・ルッツ編 大島かおり共訳 木田元共訳
\5,800 みすず書房 A5判 / 330,52p
ISBN:4-622-07055-3 発行年月:2003.8
エティンガーの『アーレントとハイデガー』が1996年にみすず書房から翻訳出版された時、ごく小さな本ではあったけれどもたいへん話題になった。それというのも、この本は、20世紀を代表する知識人の二人がかつて熱烈な恋愛関係にあったことを明かしたからだ。周知の通り一方はナチスへの「加担」によって反ユダヤ主義のレッテルを貼られたハイデガー、かたやそのナチスの暴政を逃れてアメリカに亡命したユダヤ人のアーレント、この二人が、である。今回ついに日本語訳された往復書簡(原著は1998年刊行)は、1925年から1975年までの半世紀にわたって二人の間で交わされた書簡を収める。写真や関連文書を収め、補遺もしっかりしている。書簡はおおまかに三期に腑分けされる。「まなざし」と題された第一期には、1925年2月から1933年年頭あたりまでの書簡を収める。『存在と時間』(1927年刊)を刊行する直前の、大学の助教授だった35歳のハイデガーは、17歳も年下の、はたちそこそこの女学生アーレントに恋をする。アーレントにとってはかけがえのない絆だったはずだ(それを証拠にハイデガーからの手紙は大事に保管されていた)が、ハイデガーにはすでに妻がいる。彼はその都度か、あるいは後でまとめてか、アーレントの手紙を処分したようで、そのため第一期ではアーレントの書いた手紙はわずかしか読めない。『存在と時間』刊行前後のハイデガーにとって、私生活の上で一番大事な存在はアーレントだった、という事実は驚くべき発見だ。また、ナチスの政権奪取によっていったん往復書簡が途絶する前のハイデガーの手紙で、ユダヤ人への些細な嫌悪を自己釈明する文章が読めるのも、たいへん興味深い。
第二期「再会」は、50年2月から65年4月までの書簡を収める。この時期の手紙でもっとも印象的なのは、ハイデガーがアーレントに捧げた数々の詩である。巻末に原文も掲載されているのが嬉しい。すでに熱愛は終焉しているが、戦争によって離れ離れになっていた彼らが再び始める往復書簡には、第一期と違い、必ずハイデガーの手紙の末尾に妻エルフリーデからの挨拶が書き添えられている。エルフリーデは実際はアーレントを快くは思っていなかったし、アーレントも彼女に嫉妬していたようだ。第二期以後の手紙は、二人が互いに研究の近況を報告しあう様子が前景を占める。彼らにとっては、互いの思索をなぞっていくことはそのまま「愛」の行為だったのだろう。第三期「秋」は、アーレントの60歳の誕生日を祝うハイデガーの1966年10月の手紙から、彼女の死の数ヶ月前にハイデガーと会う約束をした手紙(1975年7月)までを収める。通読して分かることは、ハイデガーとアーレントのプラトニックとも言える恋愛関係は死が二人を分かつまで続いたのだということと、本書を読んだ後にもはや二人を別個に論じることはほとんど不可能であるということだ。二人が互いに与え合った思想上の影響関係は疑うべくもない。それは特に、ハイデガーのアーレントに対する影響なのだが(それは彼女の晩年作『精神の生活』に至るまで認められる)、自らの思索を離れて私生活について語るハイデガーには、アーレントへの親愛の情が溢れている。本書を抜きにしてハイデガーを語ることもまた不可能なのだ。「この紙切れは処分してくれ」と書き留め、アーレントを夜更けの森のベンチで待つ若きハイデガー、アーレントの研究動向からなおも学ぼうとして手紙を書き送る最晩年のハイデガー、いずれも彼の素顔である。
■ナチズム体制からの離脱直後に行った、かなり「微妙」な講義
ハイデッガー全集 第38巻
言葉の本質への問いとしての論理学
ハイデッガー著 辻村公一(つじむら・こういち)ほか編集 創文社
本体4300円 22cm 200 7p
4-423-19641-7 / 2003.07
非常に重要な一冊である。この「論理学」講義は、ハイデガーの生涯のうちでもっとも悪名高い一年間の直後、つまりナチス政権下でのフライブルク大学総長職を一年ほどで辞めた、その直後の講義なのだ。「ドイツ大学の自己主張」「新帝国における大学」「ナチ国家における大学」などの〈個人的ナチズム〉色の濃い講演を連続させ、結局は思うようにナチズム下の思想界を牽引できなかった幻滅の後に、彼はどんな講義をしたのか。一言で言うならば、それは彼の〈個人的ナチズム〉の総決算となる講義であると同時に、政治的幻想からの離別をもしるしづける、非常に境界的な(曖昧な)講義である。この講義録は、草稿が失われてはいるが、筆記録が複数残っていて、それらの筆記録から再生されている。ハイデガーは性懲りもなく「民族」や「決断」について語るのだが、もはやそれは国家のためなのではない。この講義の演題はもともとは「国家と学問」と予告されていた。それを撤回するようにして、彼は論理学について語ることを講義冒頭で宣言する。講義にはナチス党幹部も出席していたというから大胆である。
ハイデガーは従来の論理学の無味乾燥ぶりを批判しつつ、次のように根源的に問う。論理学(Logik)は語源からしてロゴスlogosつまり言葉にかかわる学問だが、言葉の本質を問うことは人間の本質を問うことでもある、と。彼は国家に巻き込まれるよりも、自分の主戦場があくまでも哲学であることを宣言し直したかったわけである。彼はこう述べる、「わたしたちはまだ選ぶことができるのだ。わたしたちは、人間とは何かという問いに直面してそれを回避してもまったく構わないのだし、あるいはまた人間の本質についていっしょに答えを推測したりおしゃべりをすることもできるだろう。またその場合、諸学に従事しつつ、講義を聴いたり試験に合格したりすべく気遣うこともできる。わたしたちはまた、わたしたちの義務を果たし、民族共同体の有能なメンバーとなることもできる。/このときわたしたちは、人間が自分自身の背後ばかり振り返っているような問いは病的であり、むしろいまは反省を断念して行動に移るべきときなのだといった意見をもつようになるかもしれない。たしかにそうした問いは障害であり、眠りを妨げる。熟睡に勝るものなしというわけだ」。
この最後の一言が発せられた時、聴衆は足を踏み鳴らしたという。編者による注記によればそれは「喝采」だったそうだが、果たしてそうか。ブーイングだったかもしれないではないか。残念ながら、この講義においてはこれ以上の「社会主義(正確に言えば国家社会主義=ナチズム)」批判は期待できない。彼が一哲学者として当時の思想界の脆弱さを嘆き、批判していることは確かであるが、なおもスレスレのところで、ナチズムとの親和性が断ち切れていないのである。それはラクー=ラバルトが示唆したように(『政治という虚構』藤原書店刊、および『ハイデガー』藤原書店近刊を参照)、ハイデガーがそもそも確信犯であったからではないのか。根っからの親ナチ派ではないにもかかわらず、彼自身の思想的ラディカリズムがナチズムと交差する契機をもともと包含していたわけだ。講義の末尾で彼は「根源的な言葉とは詩の言葉である」と述べ、ドイツ人すべてがそこに注目するよう促している。「予告」を実現するようにして、ハイデガーはこの講義に続く冬学期の講義の題目は「ヘルダーリンの讃歌『ゲルマーニエン』と『ライン』」(創文社版ハイデッガー全集第39巻)とする。さらにその次の夏季講義はかの「形而上学入門」(創文社版ハイデッガー全集第40巻および平凡社ライブラリー版)である。これらの一連の流れを、彼の総長時代の講演2篇「ドイツ大学の自己主張」「なぜわれらは田舎に留まるか?」を収録した『30年代の危機と哲学』(平凡社ライブラリー)とともにひもとけば、本書という「境界」に漂う深い霧も、わずかながら見通しやすくなるかもしれない。
■聖なるものの表象とイメージが示す、〈いまここ〉にある彼方
訪問 イメージと記憶をめぐって
ジャン=リュック・ナンシー著 西山達也訳
\2,600 松籟社 四六判 / 150p
ISBN:4-87984-225-7 発行年月:2003.8
2001年に原著が出版されたナンシーの表象/イメージ論の翻訳が早くも完成した。2篇の論文「訪問――キリスト教絵画からの」「イメージ−区別されたもの」から成る小著だが、長文の周到な訳者解説「ジャン=リュック・ナンシーと「表象の問題」」を併せ、中味は濃い。第一論文では、ポントルモが描いた「聖母訪問」の非常に精緻な――ある意味で過剰な――読解を通じ、聖性の現前におけるキリスト教の脱構築について論じている。「記憶にないほど古いもの」が絵画において懐胎され、タブローの放つ明暗の中で見え隠れする。「記憶にないほど古いもの」とは、「遡行することのできないところにありながらつねに−すでに−そこにある、由来と現前の場所と契機――母の胎と父の霊、生/死、意味/真理」である、とナンシーは書く。太古のそれは、つねに新たに来たるべきままに永劫回帰し、自らを脱構築しつつ享受する。「聖母訪問」が示しているのはそうした再来と脱構築の同時的運動であり、いまここにある彼方つまり「彼方の現存在」であり、それこそはキリスト教を要約する「驚くべき両価性」なのである。この両価性を思考する努力は、とりわけハイデガーやデリダ、ドゥルーズらの探究において為されてきたが、それはそもそもアウシュヴィッツとヒロシマの後に生きる者たちすべてに担わされる思惟の条件でもある。
「イメージとは聖なるものである」という一文から始まる第二論文は、前述の第一論文の議論を別角度から補足する。聖なるものとは区別されたものであり、区別としての描線は、分離すると同時に通い合わせる力を有している。イメージとはその力であり、表象=再現前化とは別のものである。「意味(あるいは真理)は、諸々の意味作用の結ばれた網目から限りなく自らを区別しつつ、同時に、絶えずそこに触れつづける」。イメージはこの両価性に触れているのだ、と著者は書く。両価性に触れるとはどのようなことだろうか。それは「不可視なものを対象として可視化するのではなく、それを知ることへと到達する」ことである。学問の知ではなく、全体を全体として知ること。本書に限らないが、ナンシー特有の難解さは、まったく正反対に思われる複数の表現が渾然一体となって一つの概念の説明へと浸透していくところにある。彼の年来の思想的テーマは「キリスト教の脱構築」なのだが、本書はまさにそのテーマの重要な一角を成すものであり、両価性を帯びた内奥、そのマトリックス(=母型)へとナンシーの思考は執拗に肉薄している。なお、松籟社ではナンシーの日本語訳続刊として、『複数にして単数の存在』『フィルムの出来事――アッバス・キアロスタミ論』が予告されている。特に前者は、『無為の共同体』(以文社)以後のナンシーの主著として名高く、完訳が待望されるところだ。
■アテナイ随一の弁論家はいかに違法提案や「告発屋」を弾劾したか
デモステネス弁論集 4
デモステネス著 木曽明子(きそ・あきこ)訳 杉山晃太郎(すぎやま・こうたろう)訳 京都大学学術出版会
本体3600円 20cm 378 16p (西洋古典叢書 )
4-87698-143-4 / 2003.07
アテナイ随一とされた弁論家の、初期法廷弁論集である。『デモステネス弁論集』全七巻の内の、第一回配本。全七巻のうち、第I巻が政治弁論集、第II巻から第IV巻(本巻)までが法廷弁論集公訴篇、第V巻と第VI巻が法廷弁論集私訴篇、最終巻となる第VII巻は私訴篇の続きと葬送演説や書簡などを収める。現存する六十一の弁論のうち、本巻では第二十三弁論『アリストクラテス弾劾』、第二十四弁論『ティモクラテス弾劾』、第二十五弁論『アリストゲイトン弾劾、第一演説』、第二十六弁論『アリストゲイトン弾劾、第二演説』の四本を収録。紀元前四五〇年頃の古代ギリシア世界の政治情勢を伝える第一級の歴史資料であり、かのキケロが絶賛したというその流麗な弁舌が、本邦初訳で蘇える。弁論の歴史的背景を詳説する訳者解説やキーワードに関する補注、地図数種類、貨幣や度量衡の単位体系概略、原語を完備した事項索引など、充実している。本巻に収められた弁論はいずれもアテナイの政治的腐敗のただなかで起草されたものである(彼は弁論原稿の執筆者であり、演説者は別にいたらしい)。『アリストクラテス弾劾』では現行法に違反する新法提案に対し、国益を損なうものだと反対。同盟国との安全保障を補強するためとは言えいささか過剰な不可侵特権をさる高名な傭兵隊長に与える法案を否定した。続く『ティモクラテス弾劾』も、違法提案に対する告発である。こうした公訴は所定の手続きさえ踏めば、誰でもできる裁判だったそうで、悪法の制定後でも提訴できたため、当時は「民主制の防壁」とされていた。その半面、政敵を追い落とすための個人攻撃に悪用されることもあったようだ。『アリストゲイトン弾劾』は、そうした悪用で高名だった「告発屋」アリストゲイトンを有罪に追い込んだ弁論である。約2500年もの昔の出来事とは思えないほど、悪人たちの行状や権力者たちの思惑と批判の応酬には現代的な苦々しいリアリティがある。デモステネスは幼い頃貧困で、演説も不得手だったそうだ。本書を読む限りではその痕跡がまったく分からないほど、巧みな表現力を発揮している。現代で言うところの弁護士とルポライターの役割を兼ね備えていたのが彼のような「弁論家」だったのだろう。非常に興味深い歴史読み物である。
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[2003年9月22日]
■「9・11」前後の世界を語るためのキーワードはすべてここにあった
ネガティヴ・ホライズン 速度と知覚の変容
ポール・ヴィリリオ著 丸岡高弘訳
\3,000 産業図書 四六判 / 325p
ISBN:4-7828-0150-5 発行年月:2003.9
約20年前に刊行された本(原著1984年刊)だが、非常に新鮮だ。同年にヴィリリオは、『クリティカル・スペース』(未訳)と『戦争と映画』(平凡社ライブラリー)も発表しており、訳者の言う通り、「多産な年」だった。私見だが、ヴィリリオは90年代以後の著作より、70年代、80年代の著書の方が、がぜん面白い。なぜだろうか。もちろん日本への輸入のされ方に影響されている部分もあるが、何より彼の理論的基礎がすでにこの1984年でほぼ完成し、見事に花開いているからではないか。特に本書はそのピークになっている。90年代の彼の著書はこの1984年までの成果を基礎として展開している応用篇であると言えようが、激動する時流は彼の文明論的「警告」を陳腐化するほどに荒み、あるいは分散してきた。微細に「いま」を語ろうとすればするほど、彼の思想の大局的真価は擦り切れ、解体し易くなる。しかしそれは彼の立論の枠組みが古くなったからではない。1984年に至るまでのヴィリリオの理論的成果は、「いま」の底流に流れる人間の傲慢さやテクノロジーの危険性を正確に射抜いている。本書が古びないのはそうした底流へのまなざしがあるからである。
どちらかと言えば自著に序文や緒言といったものを付さないヴィリリオだが、本書巻頭を飾る「緒言」は自伝的な趣きがある。絵画の製作に没頭していた頃の自分を振り返りつつ、静物模写をする自分がやがて、事象を運動において見、かたちやものではない、目に見えぬ「あいだ」を注視するようになり、世界観が変わったと告白している(若い頃、彼は確かジョルジュ・ブラックに師事していた一人のアーティストだったはずだ)。彼独特の認識方法に貫かれた本書は、読者に言い知れぬ知的緊迫感をもたらす。ヴィリリオは現代社会を「速度」という観点から見る。科学技術は社会のあらゆる場面を効率的に「速く」する。これをヴィリリオは「ドロモクラシー(走行体制あるいは速度体制)」と表現している。光学的な速度に収斂していくこの速さは一種の暴力であり、人間の判断力の余地を縮減する。待ったなしの緊張の中、圧倒的な高速度の中で、人間は生ける屍となることを余儀なくされる。「速度の暴力とは皆殺しをする力にほかならない」とヴィリリオは指摘する。速度は純粋状態における戦争(=純粋戦争)であり、宣戦布告なき絶対戦争であり、内外における戦争の常態化である。「実際に戦争をおこすことはできないからひたすら包括的兵站術が準備され、それが本当の世界戦争のかわりになる」。現代人はそうした全世界的な緊急事態に包囲され生きている(死んでいく)のである。
本書は10篇の論文から成るが、特に最後の2篇「消滅の政治学」「彼方の戦略」は今なお非常に重要である。いや、重要という以上に、それは一つの「戦慄」そのものである。「9・11」以後においては、ヴィリリオの戦争論とグローバリゼーション論は恐るべき精度を持った予言であったことが分かる。聖戦という亡霊の跳梁、超国家的警察力の台頭、強化された国家安全状態としての内戦、自由世界の防衛という大義、予防的戦争行為の一般化……等々、「9.11」を語るべきすべてのキーワードはすでに本書のうちにある。「テロの時代が到来した」と彼ははっきり述べている。しかし正確に言うならばそれは「予言」というほどの神秘であったのではない。むしろごく当然の帰結をヴィリリオは語ったに過ぎないのだが、それをやはり図星だったと悔やむ政治家は残念ながら多くはないだろう。彼の言葉通り現代人は純粋戦争の只中に生きてきたのであり、今なお純粋戦争は続いている。この戦争は際限なく継続され、止めることができなくなってしまっており、諸国家の政治的経済的命運を否応なく引きずっていく、とヴィリリオは警鐘を鳴らす。純粋戦争の時代における「知の軍事化」に彼は断乎反対する。巷の昨今の「スローライフ」議論と対照させながら本書を読むこともできるかもしれない。
■人類の知的歴史を通史的かつ多次元的に把握するマクルーハン理論の新展開
グローバル・ヴィレッジ
21世紀の生とメディアの転換
マーシャル・マクルーハン著 ブルース・R.パワーズ著 浅見克彦訳
\4,400 青弓社 A5判 / 366p
ISBN:4-7872-3219-3 発行年月:2003.9
昨秋の『メディアの法則』(NTT出版)に続き、マクルーハンの注目の遺作が完訳された。共著者のパワーズは本書を、「マクルーハン最後の著作であると同時に、最初の右脳的な書物なのだ」と説明している。本書は四部構成だが、メインは第I部(第1章〜6章)と第II部(第7章〜9章)の諸論考である。パワーズによれば、「視覚的な空間と聴覚的な空間の探究」と題された第I部は、マクルーハンがアートと修辞学を通じてどのように「テトラッド」にたどりついたかついて美学的に熟考したものであり、いっぽう第II部「映像関連のテクノロジーのグローバルな作用」は、コミュニケーション・テクノロジーに関心を集中させ、ありうべき未来を求めていく際に、光速化する科学技術がどのように使用されるかを説明するものだ、という。第1章「共鳴する間隙」で基本的説明がなされるマクルーマン特有の概念「テトラッド」とは、あらゆる人工のものに見られる四つの文化的法則「増強・廃退・回復・反転」の相関関係への全体的認識を示唆している。それは「人間の思考過程を表したもの」であり、「説明のための探査(プローブ)」であり、「わたしたちの文化やそのテクノロジーがもつ隠れた、あるいは観察できない諸性質に対して自覚的に注意を向けるための手段」である。あるいはこうも言い換えられている。「テトラッドの分析は、「間(ま)」の変化をある仕方で予期すること、その「間」を制限され断片化された部分というより、むしろ全体的な相関的構成の部分――ひとつのまったき存在――として認識することである」と。
四つの位相「増強・廃退・回復・反転」とは、次のような問いに由来する。1:なんらかの人工物は、何を拡張し増強するのか? 2:それは何を侵食し廃れさせるのか? 3:それは、かつて廃れてしまった何を回復させるのか? 4:それは、潜在的可能性の限界にまで推し進められたとき、何へと反転し跳躍するのか? 増強と廃退は図と地の関係にあり、回復と反転もまた図と地の関係にある。これら二種類の図と地を同時並存的に共時的に認識することが重要なのである。視覚を左脳的で単線的な弁別と排除の論理から解放し、「右脳的な視覚化」を試みること。「主としてアート的な性質や全体的な性質をもったパターン認識にかかわる右脳は、多様な諸部分のあいだの関係をたやすくとらえるもので、演繹の厳格な継起的関係に縛られていない」。右脳的とは聴覚的であることであり、音に境界がないように、聴覚的認識は全体的かつ相関的な認識なのである。西洋では左脳的思考が歴史的に重視されてきたが、世界には右脳的認識の諸文化も存在する。著者たちは脳科学を援用しながら西洋文明が辿ってきた道を説明し、左脳と右脳を結び交通させる脳梁の機能に注目しつつ、西洋的思考と非西洋的思考がバランス良く並存することを重視した。西洋的思考はエンジェリズム、非西洋的思考はロボティズムとも言い換えられる。ロボティズムは意識的な「観察者としての自己」を意味し、脱支配化、脱中心化として作用する。西洋的思考は身体の延長である諸メディアの発達によってマルチ化を迫られる。西洋的思考が変容していく様を捉えようとした「グローバル・ロボティズム」と題された二章は、本書の中核を成すものであり、マクルーハンの主著『メディア論』(みすず書房)の議論を引き継ぎ刷新した、注目すべきテクストだ。
メディア・テクノロジーや全世界的ネットワークの発達は人間に新しい意識をもたらす環境(グローバル・ヴィレッジ)をつくる。しかし、マクルーハンはこうも述べたという。「グローバル・ヴィレッジという条件が生みだされると、それだけ裂け目や不和や多様性も生みだされる。まちがいなくグローバル・ヴィレッジは、あらゆる地点での最高度の争いを確実なものにする」と。本書は再読、三読に値する非常に優れた文明論であり、理系文系を問わない脱領域的な知性が見せる、私たちの未来の卓抜な見取り図である。ここには私たちが今後も立ち返るべき諸概念が満載されている。知の設計フレームの構造と諸傾向を文化史的に概説し、現代人に非常に多くの示唆をもたらすこの成果は、まさにマクルーハンからの素晴らしい置き土産である。
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[2003年9月24日]
■全身に鳥肌が立ってくる。この勇気、清々しさ、あふれる人間味。これがロイだ。
帝国を壊すために
アルンダティ・ロイ著
岩波新書
インド在住のブッカー賞受賞作家であるロイが、優れた小説を書いているだけでなく、その卓抜な洞察力をフルに発揮して目の覚めるような政治的発言を続けてきたことは、2000年夏に翻訳された『私の愛したインド』(築地書館)以来、日本でもよく知られるようになってきているかもしれない。本書は「9・11」以後に彼女が書き記してきた時評8篇を日本版独自の編集で収めている。オビには複数の識者による推薦の言葉がズラリと並んでいる。特に坂本龍一は「ロイは非戦の女神だ」と絶賛している。彼女の発言が多くの共感を得、読む者に勇気を与えているのはなぜか。それはひとつには、国内外に横行する権力の悪行を的確に見破りはっきりと異を唱える明晰なる知性がその発言の隅々にまで輝きわたっているからだが、そうした知性に加え、親しみやすい表現と人間味溢れるユーモアが、読む者を魅了してやまないからだろう。私たちは例えば、チョムスキーやサイード、ハワード・ジンなどの知識人が、グロテスクな成長を続ける〈帝国〉的世界新秩序を、その主犯格たるアメリカ内部から糾弾し続けてきたことを知っている。反〈帝国〉の言論戦の闘士という次元では、彼らとロイの立場は同じである。しかし、ロイはあくまでもインド人として、アメリカをはじめとする列強やその取り巻き国家と真摯に渉りあおうとしている。異邦人が何を言うか、と顰蹙を買うことも厭わない。間違っていることには間違ってるって言わなくちゃ。エッセイのそこかしこに、各国の政府高官たちや当局、マスコミ等へのスパイスたっぷりの皮肉の言葉が踊る。これが小ざかしく聞こえることもなければ意地悪にも響かない。むしろ非常に清々しい。読んでいてまことに溜飲が下がる。腹の底から「そうだよね」と笑い飛ばせるのだ。もちろん笑い飛ばしてオシマイということではない。むしろ「なぜ私たちはここまで彼女のようにはっきりと言えなかったんだろう、はっきりと知ろうとしなかったんだろう」と反省させられるのである。いや、単に反省をするためにこの本を読むのではない。
本橋哲也氏の歯切れ良い達意の邦訳は、本書の魅力をよりいっそう引き立てている。少し長くなるが、引用しておきたい。「民主主義の女神」と題された、インドにおけるテロの連鎖を非難したエッセイの冒頭である。「昨夜、バロダに住む友だちから電話がかかってきた。泣きながら。なにが起こったのか、わたしに説明するのに一五分もかかった。用件は、たいして複雑なことではない。彼女の友人のひとり、サイーダが、暴徒につかまっただけのこと。奴らがサイーダの腹を裂いて、そこに燃えるぼろ布をつっこんだだけのこと。サイーダが死んだあと、暴徒のひとりが、「オーム」〔ヒンドゥー教で儀式のさいに唱える神聖な音〕と彼女の額にナイフで刻んだだけのこと。/ヒンドゥー聖典のどこをさがせば、こういう教えが出てくるのか、聞かせてほしい。/我らが首相、A・B・ヴァジパイー氏によれば、この事件は、ムスリムの「テロリストたち」がゴードラーでサバルマーティ急行列車を焼き打ちして五八人を殺害したことに憤慨したヒンドゥーの復讐行為だから、仕方がないとおっしゃる。こんなひどい死に方をしたひとりひとりが、だれかの兄弟、だれかのお母さん、だれかの子ども。あたりまえじゃないの、そんなこと。/コーランのどの節を読めば、奴らを生きたまま蒸し焼きにしろ、と書いてあるの?」 このエッセイの別の箇所ではこう書いてある。「ファシズムとの戦いとは、人々の心を取り戻す戦いのこと」と。心を取り戻す戦い、とは、単なる反省ではない。そうではない。悪に加担しないこと、自分だけでなく他人もそうさせないように働きかけること、そうした能動性をもっともっと高めなければならないのではないか。自分の心の内にロイのような知性を育てること、知性はひととの係わり合いの中でしか育たないこと、「心を取り戻す」とは孤独な反省ではなく、ひとの痛みを感じられる、痛みを分かち合える、係わり合える「もうひとりの自分」を押し殺さないことなのではないか。ロイは別のエッセイでこう問う、「イラク戦争の費用を払っているのは誰なの?」「そして、戦争を実際に戦っているのは誰?」と。正解はどちらも「アメリカの貧しい人々」であり、金持ちの子女じゃない。なぜこんな事態が起きるのだろうか。痛みは貧しい者たちの勲章なのか。ロイは、痛みに同情できさえすればいいと言ったのではない。なぜ痛いのか、その原因を厳しく追及して、それを取り除くよう働きかけなければ、同情は現状肯定に堕してしまう。ロイの容赦ない論説には、そうした厳しい姿勢がピンと張り詰めている。この厳しさに私たちが学ぶことは数多くあるだろう。
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[2003年9月29日]
■サドと澁澤龍彦と会田誠。三者の出会いの恐るべきアクチュアリティ
ジェローム神父
サド=原作、澁澤龍彦=訳、会田誠=絵
平凡社 1800円 46判110頁 2000年7月 ISBN4-582-83173-7
詐欺、強姦、殺害と犯罪を重ねる男が、悪の巣窟たるとある修道院の神父となり、宗教的権威を笠に着てさらに禍々しい行為に及ぶ、というまったく救いのない、吐き気を催させる小説であるけれども、物語の後半で修道院長が長々と語る、悪事の正当化をめぐっては、黙過するには惜しい議論の契機がある。かの『閏房哲学』作中における政治パンフレット「フランス人よ、共和主義者たらんとせばあと一歩だ」と同じように、本書は『新ジュスチーヌ』における弱肉強食の哲学、悪のユートピア思想を提示している強烈な部分だ。しかも澁澤による流麗な訳、さらに会田誠による戦慄すべき挿絵、そのうえ鈴木成一による見事な装幀、と来る。巻末にはあとがきにかえて、1967年に発表された「異常と正常」(『エロティシズム』中公文庫所載)を収録。洒脱な月報が付いていて、美術史家の山下裕二による毒のあるエッセイと、編集者の高丘卓による、どこまでが自惚れでどこまでが本意なのかわからない胡乱な編集後記が読める。本書は「ホラー・ドラコニア/少女小説集成」(全五巻)の第壱巻であり、近刊の第弐巻は澁澤の小説「菊燈台」(挿絵は山口晃)となる。いやはやなんというたくらみか。これらすべてを含めて、企画性の勝利を認めなければならない。もしこの本を見て、「澁澤のこの翻訳はすでに何度も印刷されているではないか」とか「挿絵が澁澤本らしくないのではないか」などと能書きを垂れるとしたら、それは筋違いも甚だしい。本書は、澁澤本を好事家たちのお気に入りの陳列棚から乱暴に、かつ細心に引きずり出し、新しい世代の読者と出会わせた最初の書物として、将来記憶されるだろう。
つい誉めてしまうが、サドによる「悪の正義論」は前述した通り最悪であるし、会田誠の挿絵もまた最悪なまでに論争的である。帯裏に印刷されている「渋谷の闇のむこうにあるという、少女たちの逆ユートピアとは?」というキャッチコピーは、本書の企画の方向性を明示しているだけでなく、時代の趨勢をも的確に捉まえていてなるほどと思わせるが、しかしこれは実際かなりきわどい。つまりこの本は最悪を累乗させた悪趣味そのものである。たちが悪いのは、いくら「悪趣味」と罵倒したところで何の意味もないところだ。サドにせよ、澁澤にせよ、会田にせよ、相対的な価値観に基づくかぎりでの趣味云々の話はすでに超越している。「もっとも幸福な社会状態は、風俗の退廃がもっとも広範に行きわたった社会状態であろう」とサドは修道院長の口を借りて書く。ここで言う幸福とはすなわち快楽であるが、この快楽の主体は弱者を犠牲にする個人である。個人は自然によって自身の幸福のみを背負わされており、他人の幸福は少しも背負っていない、というのが修道院長の主張である。
「おれの趣味や暴力によって不幸にされる人間は、おれより弱い人間なのであって、そういう人間はおれ以外の、もっと弱い人間をやはり暴力によって苦しめて楽しむがよい。(……)自然がわれわれを生み出したのは、かかる相互の破壊、全般的な破壊のみのためなのだ」。こうした「趣味」を「悪趣味」として断罪すれば済むのかと言えばそれほど単純ではない。弱肉強食の論理が個人から別の個人へと次々に向けられ、社会全体に連鎖し徹底化される時、ヒエラルキーは「常識化」していく。しかしよくよく考えてみると、これは私たちが現に生きている社会そのものではないか。すなわち帝国の論理とはまさにこうしたヒエラルキーの全般化ではないのか。「どんな些細な欲望にせよ、おれたちの欲望が問題であるとき、地球上の全人類が何だというのか? (……)おれが地球上の全人類を、もっぱら俺の快楽に奉仕すべき存在としてしか認めていないことは、申すまでもあるまい」。これは帝国の叫びではないのか。巨獣リヴァイアサンの血走った眼がここに見える。
サドの姦計はこうした暴力的快楽主義を、社会が完全に衰滅しない程度にいかに維持するかという点にかかっている。つまり強者が弱者を食い物にし続けるためには、弱者が全滅してはならないのだ。かくして弱者を適度に増やし、飼い馴らす必要が出てくる。強者の偽りの自由と偽りの独立心はいくらでも粉飾しうるだろうが、彼らは他ならぬ彼ら自身の暴力的快楽主義によってつねにすでに自滅に直面している。よって、サドの言う「自然」への帰依は実は、自滅を回避するための詐術としての「文明」へと依存せざるをえない。この文明のむごたらしさの隠喩として、会田の挿絵は的確に機能している。ジューサーミキサーの中で攪拌されつつある血みどろの人間たち、未来の食糧難を救うべく開発された手の平サイズの食用少女、手足を切り取られ犬として飼われている少女など、見るもおぞましいイメージに溢れている。私たちの多くはこうした直裁的イメージならば生理的に嫌悪できるにもかかわらず、なぜ現実世界に君臨している弱肉強食の論理にはかくもたぶらかされてしまうのか? 会田の描く少女たちはその恐るべき境遇にもかかわらず、いつも笑みを浮かべている。これほど強烈なアイロニーは、サドの書物を飾るのに確かに相応しいものである。この物語の本文にはすべての漢字にルビがふられている。編集者はひょっとしてこの本を未青年にも大いに読んでもらいたいのだろうか。恐ろしいことだ。
■港湾労働者にして哲学者。ホッファーの魅力が満載の読本
エリック・ホッファー・ブック
作品社編集部編 作品社 \1,800 A5判 /
213p
ISBN:4-87893-577-4 発行年月:2003.10
『エリック・ホッファー自伝』や『魂の錬金術――全アフォリズム集』の刊行で、日本におけるホッファー・ブームを先導した作品社から、今度は世界初のホッファー読本が出版された。ホッファーの単行本に収録されていないテクストやインタビューのほか、国内外でホッファーについて書かれたエッセイや書評などを一冊にまとめたもので、資料としても貴重である。書き下ろしの特別エッセイ2篇も加えられている。川村湊による「エリック・ホッファーと柄谷行人」と、山城むつみによる「ホッファーの言葉」である。
本書はまずホッファーの日常を写し撮った写真のグラビアページにはじまり、単行本未収録の4本のエッセイ「われわれが失ったもの」(1974年)、「神と機械時代」(1956年)、「実用的感覚の勃興と凋落」(1958年)、「イスラエルの特異な地位」(1968年)や、ロングインタビュー2篇「百姓哲学者の反知識人宣言」(1971年、聞き手=角間隆)、「学校としての社会にむけて」(1971年、聞き手=スタンフォード・エリクソン)が収められており、これらが本書の第I部と第II部を構成する。親イスラエル派(従来のシオニズム擁護派や現代のネオコンたちとは違うのだが)であるホッファーが「イスラエルが滅亡するとき、ホロコーストはわれわれ自身に降りかかってくるだろう」と予言したことで、〈9・11〉以後にネオコン勢力による対イラク戦争の正当化の際にさかんに引用されることになったのは、ほかならないこの「イスラエルの特異な地位」と題されたエッセイである。ネオコンによる都合の良い片言隻句の引用に踊らされることなく、じっくり味読したい小篇だ。
第III部はホッファー論5本を収録する。彼のデビュー作『大衆運動』(紀伊國屋書店)に言及したバートランド・ラッセルの論評「狂信者はいかにして生まれるか」(1952年)のほか、ベトナム戦争に対するホッファーのスタンスを探った中本義彦の論文や、アーレントとホッファーの交流史をひもときつつ二人の思想の比較対照をおこなった矢野久美子の論文は必読である。第IV部はホッファーへのオマージュ6本を集めたもので、中上健次や高橋源一郎、群ようこらのエッセイが読める。ホッファーの人間としての平凡さが、いかに読者をひきつけているのかがわかる。
第V部はホッファーの著書別に配置された書評集である。『エリック・ホッファー自伝』がヒットしたきっかけのひとつとなった立花隆の書評のほか、『大衆運動』、『変化という試練』(大和書房、絶版)、『現代と言う時代の気質』(晶文社)、『魂の錬金術』にかんする書評、また、柄谷行人らによる『初めてのこと 今のこと』(河出書房新社、絶版)評や、開高健や鶴見良行らによる『波止場日記』(みすず書房)評、さらに未訳の『われらの時代に』や『安息日の前に』(作品社近刊)などの海外評も所載。巻末にはホッファーの略年譜もある。政治的立場を異にする人々がひとしくホッファーを好んでいるというのは実に興味深いことだ。編者である作品社編集部の太田和徳氏が編集後記でホッファーを「捉えがたい著述家」と表現しているのはまさに正しい。思想的に右の者であれ左の者であれ、ホッファーはひとしく「自らの力で考えること」の骨太な印象を与える。危機の時代において注目されるのは、こうした党派を超えた哲人なのだ。
■ルネサンス哲学研究の最前線にして基本文献。ついに完訳さる。
ルネサンス哲学
チャールズ・B.シュミット著
ブライアン・P.コーペンヘイヴァー著
榎本武文訳
\7,000 平凡社 サイズ:A5判 / 497p
ISBN:4-582-70245-7 発行年月:2003.9
ルネサンス研究の泰斗クリステラーが絶賛する基本文献の完訳である。クリステラーは本書がまさに捧げられている人物でもあるのだが、彼は「序」でこう説明している。ルネサンス期の哲学すなわち、十五・十六世紀の哲学の本格的研究は十九世紀末に始まったばかりであるが、わけても本書はアーサー・ラビルの『ルネサンス人文主義』やシュミット(本書の共著者)らが編纂したケンブリッジ大学出版局版『ルネサンス哲学史』――いずれも一九八八年刊、未訳――と並ぶ必携の研究書である、と。「きわめて興味深い、情報に富む、信頼すべき書物……厄介で複雑な主題をバランスよく、簡潔に、読みやすい文章で綴った仕事として、高く評価する」。本書はルネサンス研究の牙城ウォーバーグ研究所に所属する碩学チャールズ・B・シュミットによる遺稿と構成案をもとに、『ヘルメス文書』の翻訳等の業績で知られる研究者コーペンヘイヴァーが執筆したもので、オックスフォード大学出版局より刊行されているシリーズ『ヨーロッパ哲学史』(全八巻)の第三巻として一九九二年に出版された。
本書は以下の通り全六章から成る。第一章「ルネサンス哲学の歴史的背景」、第二章「アリストテレス主義」、第三章「プラトン主義」、第四章「ストア主義、懐疑主義、エピクロス主義、その他の革新者」、第五章「自然と権威の対立」、第六章「ルネサンス哲学と現代人の記憶」。第一章でまず、ルネサンス哲学が古代および中世の知的遺産とどのような関連性を持っているのかが示され、ルネサンス特有の古典復興運動である人文主義(ヒューマニズム)――周知の通りそれは古典的文献の発掘と、積極的な解釈的革新によるその復権だった――と、人文主義が成した離脱――神学的世界観からの離脱――の政治的・宗教的背景が説明される。第二章から第五章まではルネサンス哲学の主潮流を分類し、概観する。第六章は、ルネサンス哲学がその基盤を用意した近代思想とのつながりだけでなく、二〇世紀イギリスにおける分析哲学との関連性にも言及する。
コーペンヘイヴァーが「はしがき」で述べている通り、本書を特徴づけているのは、シュミットの研究成果に由来するいくつかの主題である。すなわち、自然哲学の重要性、大学教育の役割、教科書の伝統の発展、アリストテレスの後継たるペリパトス学派の注解者たちの復興およびアヴェロエスからの影響の継続、古代の権威たちの間でのキケロの地位、等々。また、本書は先行する研究書への目配りも行き届いており、中世神学特有と思われてきたアリストテレス主義がルネンサンスにおいても重要な意味を持っていた――従来は、プラトン主義の復興がルネサンス哲学の旗印であると強調されてきた――ことを説明する第二章は非常に啓発的だ。巻末の参考文献は原書一覧だけでなく、日本語版独自の邦訳文献リストを備えており、有益である。こうした機会に、クリステラーによる『ルネサンスの思想』(東京大学出版会)と『イタリア・ルネサンスの哲学者』(みすず書房)が復刊ないし重版されることを望みたいものだ。
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