◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2004年4月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。
[2004年4月5日]
■目前の現実と全力で向かうあう「良心」を守り抜くために
良心の領界
スーザン・ソンタグ著 木幡 和枝訳
本体\2,200 NTT出版 新書 / 293p
ISBN:4-7571-4069-X 発行年月:2004.3
「9.11」以後の彼女の言説を私たちは『この時代に想う テロへの眼差し』(NTT出版)や『他者の苦痛へのまなざし』(みすず書房)などで読むことができたが、本書もそうした一連の評論の中に数えられる。2002年4月に著者を招いて開催されたシンポジウム「この時代に想う――共感と相克」を中軸に、2002年から2003年にかけて発表されたエッセイやインタビュー、講演録などを収録。日本版独自の編集である。冒頭には「若い読者へのアドバイス」と題された書下ろしの序文が置かれている。ドイツでの講演で彼女はこう語る、「文学の任務のひとつは、問いを提出して、支配的なもろもろの信念に対抗する表明を構築することです」。またこうも言う、「文学は自分でもなく自分たちのものでもない存在のために涙を流す能力を醸成し、鍛錬してくれます」。本書ではイラク戦争やパレスチナ問題をめぐる彼女の政治的立場だけでなく、文学や翻訳とは何か、また、美をめぐる議論も力強く提起される。不抜の独立人の本領である。
■題名に騙されるな。本書が言う「運動」はかなり意味が広い。
スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護
蓮実重彦著
本体\1,900 青土社 四六判 / 242p
ISBN:4-7917-6109-X 発行年月:2004.4
サッカーの話かと思いきや、イラク戦争や映画の話が出る。評論というよりは哲学的な趣きがある。表題作となる冒頭の書き下ろしは、「運動」をとらえる動体視力の重要性が平明な言葉で語られる。本書でいう運動とは、単にスポーツを意味するのではなくて、モノや人の動作、社会や世界の動向をも明らかに意味している。ドゥルーズが映画論で持ち出した運動の概念に近似しているかもしれない。それらの運動をつぶさに、思い込みなしに見る能力が現代人に欠けていることが指摘される。周知のように著者は草野進という筆名で80年代からスポーツ評論を書いていたが、本書ではスポーツ評論家としての彼と、思想家としての彼が融合する地点がよく見えるようになっている。その地点とは、端的に言って「美的」なものをめぐる強固な信念だ。運動の美とそれを捉える動体視力という観点から、既成のジャーナリズムやマス・メディアはこてんぱんに非難される。かなりクセの強い本で個々の選手批評も独特だが、「運動」論としてはやはり秀逸だろう。
■哲学の終焉に抗い、多なる真理のもとに思考を再開する試み
哲学宣言
アラン・バディウ〔著〕 黒田昭信訳 遠藤健太訳
本体\2,400 藤原書店 四六判 / 209p
ISBN:4-89434-380-0 発行年月:2004.3
アウシュヴィッツの名を象徴とする20世紀における数々の大量虐殺を前に、哲学的理性は無力さと限界を露呈したかのように見えた。大虐殺に結実する理性の破壊による陰惨な知の廃墟への「責任」は哲学者にもあるのか。著者は大胆にも、虐殺は「歴史」をめぐる思惟の問いの対象であって、哲学とは別種の問題だと主張する。切り詰められ、追い詰められたかに見える哲学の可能性を再度解き放つために本書は書かれた。著者は哲学の条件を四つ掲げる。いわく、数学素、詩、政治的創意、愛。これらは多なる真理を生み出す過程をもたらし、それぞれ科学的真理、芸術的真理、政治的真理、愛における真理に対応する。無限の多元的地平を構成する真理の豊穣さを断念しようとするニーチェ的な反プラトニズムから現代人は癒されなければならない、と著者は断言するのだ。巻末には訳者による著者へのインタビューと、数学的思考を重視するその存在論への解説が置かれる。バディウの著書では今後、藤原書店から主著である『存在と出来事』や『諸条件』が翻訳される予定だ。
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[2004年4月12日]
■正典(カノン)から語られる歴史を異他(ヘテロ)なる視点から見るために
日本古典偽書叢刊 第3巻 兵法秘術一巻書・【ホ】【キ】内伝金烏玉兎集・職人由来書
深沢徹責任編集 本体: \3,500 現代思潮新社 四六判
/ 267p
ISBN:4-329-00432-1 発行年月:2004.3
日本の古典学において等閑視されてきた偽書群を再評価し、その想像力を検証することによって新しい歴史研究の地平を拓こうというのが、『日本古典偽書叢刊』の趣意である。全三巻で、第一回配本として第三巻が刊行された。「私教類聚(逸文)」「兵法秘術一巻書」「義経百首」「ホキ内伝金烏玉兎集(抄)」「ホキ抄(序)」「商人の巻物〔秤の本地〕」「河原由来書(抄)」が収められる。いずれも中世、近世に成立したものとされる偽書で、近年娯楽作品の題材となることの多い陰陽道に帰せられる文書もある。例えば「私教類聚は日本における陰陽道の始祖と目される吉備真備の作とされ、「ホキ内伝」は安倍晴明のものとされる(もちろん偽書であるから彼らの真作ではないが)。「義経百首」はその名の通り、源義経の兵法の奥義を和歌百首に託して語ったものである。通解や現代語訳がないのが少し残念だが、読み下し文に脚注や補注がふんだんに付されているだけでもありがたい。陰陽道関連では藤巻一保氏が、「内伝」現代語訳を『安倍晴明占術大全』に、同「序」現代語訳を『日本秘教全書』(いずれも学研)に収めている。特に「序」は吉備や晴明の活躍が窺えて楽しめる。
■初期キリスト教会における果敢な改革者としてのパウロの活躍を活写
パウロ 伝道のオディッセー
E.ルナン著 忽那錦吾訳
本体: \2,400 人文書院 B6判 / 398p
ISBN:4-409-42022-4 発行年月:2004.3
第一巻から最終巻まで刊行に二十年を要したルナン壮年期の大著『キリスト教起源史』全七巻のうちの第三巻が、本書「聖パウロ」伝だ。約四年前に訳者は第一巻『イエスの生涯』の新訳を上梓している。第三巻である本書では、イエスの死後に地中海沿岸への活発な伝道の旅に出たパウロの生き様が活写されている。ペテロとともに原始キリスト教の最大の功労者の一人であるパウロはもとは改宗者であり、ユダヤ人以外の異邦人にキリスト教が広まる礎を築いた。その生涯は受難につぐ受難で、果敢な論戦は教団の外だけでなく、内部でもしばしば争われた。初期教会において異端視されることすらあった。ルナンはパウロを「プロテスタンティスムの真の始祖」と呼び、ルターになぞらえて評する。パウロの書簡に表れた独自の神学を危険視し、その一本気な人柄をけなすこともあるルナンの筆致はしかし、愛にあふれている。彼の改宗を描いた第二巻『使徒』の第十章が巻末に訳されている。『キリスト教起源史』の全訳計画は大正時代に広瀬哲士によって試みられたが、第二巻までで刊行は途絶した。このたびの忽那訳がどこまで達成するのかが注目される。
原題:Saint Paul
著者名:Ernest Renan
刊行年:1869
■改革ではなく決別を――グローバル経済批判のもっとも鮮烈な一冊
脱グローバル化 新しい世界経済体制の構築へ向けて
ウォールデン・ベロー著 戸田清訳
本体: \2,200 明石書店 四六判 / 243p
ISBN:4-7503-1881-7 発行年月:2004.4
『フィリピンの挫折』(三一書房、1985年)や『フィリピンと米国』(連合出版、1991年)などの既訳書では名前をベリョ、もしくはベリョー等と表記されてきた著者の、もっとも最近の成果の一つである。彼は世界経済における南北問題へのきわめて冷徹な分析家として知られるが、本書ではいっそう明快に先進国主導の経済体制の歪みを指摘し、地域社会や各国の国内市場の再活性化と、公正ならざる中央集権的ヘゲモニーの解体、そしてオルタナティブな多元的秩序形成を可能にするための基本思想を鮮やかに開陳している。重要なのは現在の世界経済――具体的に言えば「多国籍企業に駆動されるWTO(世界貿易機関)とブレトンウッズ機構(IMF・国際通貨基金と世界銀行)」を小手先で改革することではなくて、解体もしくは中立化を目指すことである。既成体系の複雑な調整操作による強者の生き残り政策が社会や環境の破壊を著しく促進していることを厳しく警告し、過去との決別を明確に打ち出している。チョムスキー、スーザン・ジョージ、ナオミ・クラインなどから惜しみない賛辞が寄せられた好著の待望の日本語訳だ。
原題:Deglobalization
著者名:Walden Bello
刊行年:2002
出版社:Zed Books
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[2004年4月19日]
■怖いもの見たさで惹き込まれる、もうひとつのヨーロッパ像
珍世界紀行 ヨーロッパ編
都築響一写真・文 アルフレッド・バーンバウム英訳
本体: \5,800 筑摩書房 四六判 / 383p
ISBN:4-480-87617-0 発行年月:2004.3
『ROADSIDE JAPAN』(ちくま文庫)で日本各地の珍奇なアトラクション施設や秘宝館などを読者に堪能させてくれた著者が、今度は、ヨーロッパを10年歩き回って取材してきた99ヶ所の「珍名所」を紹介する。写真はすべてオールカラーだ。日本編と違って、かなりおどろおどろしい。目次のページからいきなり拷問シーンの蝋人形の登場である。本物の拷問具の写真もあり、怨念が渦巻いているように思えて鳥肌が立つ。心臓が弱い方は厳しかろう。しかし本書の中ほどには拷問シーンより目一杯にグロい「病理」関連コーナーがあり、奇形や重病を患う人々のあまりにリアルな人形やホルマリン漬けの実物は、ほとんど直視できない。もちろんこれらは見世物ではなくて純然たる医学的啓蒙なのだ。日本編ではお約束だったエロス系はどちらかといえば少なく、納骨堂や廃墟、専門博物館など、信仰や歴史、学術にかかわる施設が大半なのが、さすがヨーロッパ的だ。目で見て分かる西欧世界の貴重な一断面である。
■若い読者にこそ読んでもらいたい、「ジ・アート・オヴ・トラヴェル」
旅する哲学 大人のための旅行術
アラン・ド・ボトン著 安引宏訳
本体:\2,700 集英社 A5判 / 334p
ISBN:4-08-773407-2 発行年月:2004.4
「大人のための〜」という副題は原書にはない。むしろ若い人に強くお勧めできる本だ。著者が描く「旅」は「人生」という名の道行きの異名とも言える。フローベールやフンボルトの旅行記や、ド・メーストルの「室内旅行」、ホッパーやゴッホの絵画など、古今の文学者や思想家、画家の名作が、生の日常にしっかり結びついた観点からヴィヴィッドに読解(という以上に蘇生)される。名作揃いの絵画のほかに多数の写真も挟み込まれているが、全部著者自身が撮影したものだ。これらすべてが、著者のロンドンの自宅からカリブのバルバドス諸島、アムステルダム、マドリッド、プロヴァンス地方、イングランドの片田舎の湖沼地帯、シナイ半島の砂漠などへの「旅」をめぐる「思いの流れ」に沿って援用されていき、読者は頁が進むごとに著者とともに歩き、成長する。本書自体がひとつの旅なのだ。池内紀氏も絶賛。あと数千円の余裕のある読者はぜひ本書のアメリカ版(Pantheon
Books. ISBN:0375420827)をどうぞ(イギリス版ではないことにご注意)。まさに旅の道連れにしたい素敵な装丁で、著者の原文を味わえる。
原題:The Art of Travel
著者名:Alain de Botton
刊行年:2002
出版社:Hamish Hamilton
■静的な設計図からではなく、動的な交渉力から生まれる建築とは
行動主義レム・コールハースドキュメント
滝口範子著 本体: \1,800
TOTO出版 B6判 / 438p
ISBN:4-88706-233-8 発行年月:2004.3
2002年秋から半年の間、現代建築の巨匠コールハースを「追っかけ取材」したドキュメンタリー本だ。面白い。面白すぎる。すさまじい嵐に見舞われたような、ジェットコースターにいきなり乗せられたような、とにかく取材者がコールハースに振り回されまくっているのがよくわかる。教養もあり語学も堪能な女性ジャーナリストが直感ではじめた取材は、世界中を飛び回る建築家の超多忙ぶりのため始終苦戦。ゆっくり話している暇なんか少しもない。それでもそのスピードをあるがままに体験していくうちに、次第にコールハースと彼の周囲で協働する関係者たちの実像を掴んでいく。業界人の目線ではなく、あくまでも一素人のそれが守られているため、読者は容易に追体験できる。コールハースの創造性と交渉術をつぶさに知る時、読者は、進化する資本主義文化の渦のゆくえをも垣間見るはずだ。本書後半ではバルモント、クインター、伊藤豊雄など11名の関係者やコールハース自身へのインタビューを収録。「いま」を生きる熱い息吹に包まれた好著だ。
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[2004年4月26日]
■本当は当たり前の、シンプルな人間らしさに還ることの大切さ
LOVE? 愛ってなんだろう
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著
本体: \1,600 マーブルトロン B6判 / 1冊
ISBN:4-12-390066-6 発行年月:2004.4
2003年11月1日に東京両国国技館で行われたダライ・ラマ14世の来日講演をまとめたもの。愛、思いやり、勇気、満足の心(足るを知ること)について平易に説き、現代世界が逢着している様々な困難を乗り越える方途が個々人の心の中にあることを教える。ダライ・ラマの著書やスピーチは、日本語でも数多く読めるが、いまどきの大人の絵本風に作られたこの一冊はもっとも簡潔で読みやすいタイトルとして、今まで彼に接したことのない読者にも広く受け容れられるだろう。彼が教える実践は、宗教の差異や信仰心の有無に関わらず、きわめて現実的なモラルに基づいている。世界から苦しみや争いを除去する術は、外からやってくるのでも、誰かが与えてくれるのでもない。怒りにまかせて暴力を振るうのではなく、自助努力で愛を育て、人々と語り合う中に、問題が解決されていくのだ。仏教思想のもっとも基本的な概念や体系を日常のシンプルな言葉で語るその声が読者の胸に力強く響くのは、実践者の確信に裏打ちされ肉化された理性がそこにあるからだ。
■神々の壮大な系譜図から見えてくる、大自然と社会への人類の関わり方
世界の神々の事典 神・精霊・英雄の神話と伝説
エソテリカ事典シリーズ 5
(New sight mook
Books esoterica)
松村 一男監修
本体: \1,500 学研 A5判 / 278,5p
ISBN:4-05-603367-6 発行年月:2004.5
図版満載、情報満載のエソテリカ事典シリーズは、これまで『仏尊の事典』『日本の神々の事典』『霊場の事典』『日本の宗教の事典』が出ている。今回は、エジプト、オリエント、ペルシア、ギリシア・ローマ、北欧・ゲルマン、ケルト、東洋、アメリカ・オセアニア・アフリカといった地域ごとに、神々や精霊、英雄を解説する。獣人や悪魔の眷属も登場し、ラヴクラフトやトルーキンなどが創作した架空神話にも触れる。ここまで広範囲の地域にまたがった情報が一冊に凝縮されているのは驚異だが、さらに驚きなのは、本書の内容が全体としてけっして薄っぺらくはなく、膨大な古典文献や研究書を背景に過不足なく要所を纏めている点だ。東洋編では、インド、中国、朝鮮、モンゴルを扱い、アメリカ編では、北米のネイティヴ・アメリカン、中南米のマヤ、アステカ、インカの神々が紹介される。巻末にブックガイドを完備。読んで、見て面白い比較神話学入門の書でもある。
■イスラエルの良識派から見た、ここ十年のパレスチナ問題の困難さ
死を生きながら イスラエル1993−2003
デイヴィッド・グロスマン〔著〕二木麻里訳
本体:\2,800 みすず書房 四六判 / 289p
ISBN:4-622-07090-1 発行年月:2004.4
拭い難い疑問を胸に秘めたまま本書の一行ずつを辿るのはとても辛い。グロスマンはイスラエルに生まれ、今もイスラエルに住んでいる。パレスチナ人への圧政に強く反対する良心的な作家だ。彼はこう書く、「イスラエル人とパレスチナ人は、幾世代にもわたってグロテスクで血なまぐさい悲劇を舞台で演じる宿命を告げられた二人の役者である」。もちろんこれはあきらめなのではない。圧倒的に有利な立場にいるイスラエルに対し国際社会が圧力をかけてくれることを積極的に望んでもいる。パレスチナの有識者からの公開書簡への回答で彼は、第三次中東戦争後の1967年に定められた国境が恒久的なものとされるべきだと書く。だがパレスチナ人の多くは国土の簒奪と分割をそもそも恨んでいるのではないか。オスロ合意から2003年一杯までの十年間をイスラエル人の視点から見た本書は、悪政の只中に生きることの絶望と希望を赤裸々に綴っている。
原題:Death as a way of life
著者名:David Grossman
刊行年:2003
出版社:Farrar, Strauss & Giroux
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