◆Notes on the Sand....or a Critique of Cultural Politics. by Hiroshi Kobayashi
2004年5月に、bk1「人文レジ前」で取り上げた書目は以下の通りです。
[2004年5月10日]
■私生活にもビジネスにも応用できる、最古の写本からの現代語訳
決定版五輪書現代語訳
宮本武蔵著 大倉隆二訳・校訂
本体: \1,200 草思社 B6判 / 229p
ISBN:4-7942-1306-9 発行年月:2004.5
剣豪武蔵による兵法の秘伝書「五輪書」は、武蔵自身による原本の存在が確認されていない。本書は最も古く最も原本に近いと見なされる、福岡藩吉田家伝来の、九州大学九州文化史研究所に現在所蔵されている『二天一流兵法書』(すなわち「五輪書」)を底本とし、逐語的に現代語訳を試みたものである。巻末には原文と解説を付す。やや硬さを感じる訳文だが、原本に忠実なのは悪いことではない。近年のテレビドラマ化以来、類書が多く刊行されてきたから比べてみるのもいいだろう(例えば作家の津本陽による『武蔵と五輪書』講談社がある)。地・水・火・風・空、の五巻に分かれて、導入から武蔵流の極意、実戦論、他流論、最後に兵法の究極的境地について説かれる。剣の道において肝要なのはリズムを掴むことであり、速すぎず遅すぎず、偏りを排して平常心を保つこととされる。智恵と心を磨き、善悪を知り諸芸に通じて視野を広く取ること、これが兵法のかなめなのだ。剣術のみならず処世術・渡世術にも通じる、不易の古典である。
■左翼思想家の遍歴と現実をユーモラスに語った半生記
ゲートキーパー イーグルトン半生を語る
テリー・イーグルトン著 滝沢正彦訳 滝沢みち子訳
本体:\2,400 大月書店 四六判 / 216p
ISBN:4-272-43063-7 発行年月:2004.4
イギリスの論壇を代表する思想家の半生記である。イギリスを代表するとは言っても、彼の血筋はアイルランド系なのだが。チャールズ皇太子から「あのいまいましいイーグルトン」と〈絶賛〉されたのはその血筋のせいではなくて、彼の思想的立場による。つまり、マルクス主義者であることに。少年の頃に女子修道院の「門番(ゲートキーパー)」だった彼は、司祭になりそこねて左翼に〈転向〉した。いったん書き出すと止まらない性分らしく、人生の数々のエピソードを彼自身の本職であるお堅い文芸批評からは想像できないほどユーモアたっぷりに綴っている。一頁に一度以上は笑いを誘うような、大いに楽しめる(恐らく多分に毒のある)本で、固有名詞たっぷりな文章はネイティヴであればもっと楽しめるだろう。父母の抱いていた知識階級へのコンプレックスや、恋人に承知の上で騙され続けたこと、E・P・トムスンに博論を審査してもらったことなど、ちょっとした逸話も眼を惹くが、なにより冷徹な現実主義者たらんとする彼の素顔がありのままに窺えて好ましい。
原題:The Gatekeeper: A memoir
著者名:Terry Eagleton
刊行年:2001
■チョムスキー以後の言語学を刷新した大家がようやく本邦初訳された
心のパターン 言語の認知科学入門
レイ・ジャッケンドフ〔著〕水光雅則訳
本体: \3,400 岩波書店 A5判 / 298p
ISBN:4-00-005386-8 発行年月:2004.4
待望の初訳である。その革新的な業績によって海外ではつとに高名な言語学者だが、単行本が日本語訳されるのは今回がはじめてのことになる。チョムスキー以後、言語学は単なる「言葉をめぐる学問」ではなく、言葉を使用する動物である人間の心や脳のはたらきのしくみをめぐる学問へと展開してきた。ジャッケンドフはポスト・チョムスキー世代の代表格の一人である。本書はもともと一般読者に向けて書かれており、翻訳も「です・ます」調で統一されていて好感が持てる。言語習得は、まっさらな子供の脳に経験によって焼き付けられる過程であるというよりは、もともと人間の脳に「普遍文法」と呼ばれる機能があって、それが各言語や文化を背景にして個別に発達していくのだ――そう彼は教える。さらには、人間には生得的な文化能力が存在する、とも示唆している。つまり人間はまったくの無知な存在として生まれるのではなく、むしろ生まれながらにしてある種の普遍的な人間らしさを発揮しうる素地を持っているということになろうか。言語学の豊かな広がりが見えてわくわくさせる好著だ。
原題:Patterns in the mind
著者名:Ray Jackendoff
刊行年:1993
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[2004年5月17日]
■自らの悪行に無反省なアメリカを一刀両断する、最新発言集
チョムスキー21世紀の帝国アメリカを語る
イラク戦争とアメリカの目指す世界新秩序
ノーム・チョムスキー著 寺島隆吉訳
本体: \1,800 明石書店 四六判 / 217p
ISBN:4-7503-1902-3 発行年月:2004.4
2002年9月から2003年12月までに各媒体で発表されたチョムスキーの時評やインタビューを12本収録。日本独自編集版の、チョムスキー最新発言集である。イラク戦争前後の各6本が選択され、相変わらず明晰なそのアメリカ批判は読者の脳裏のモヤモヤをすっとばしてくれる。「ブッシュ政権は保守派ではなく国家統制反動主義者」だと彼は叱責する。民衆に服従を強要する、強力で巨大で暴力的な国家を彼らは望んでおり、そこにはファシズムに通じるメンタリティがある、と。かつて支援していたフセイン政権を今度は追い落とし、イラクに民主主義をもたらすという欺瞞のもとに侵略戦争を仕掛けた現政権の自己矛盾を、彼は容赦なく暴く。パウエルやラムズフェルド、ウォルフォウィッツら、政権の要人の黒々とした過去も一刀両断。政治状況の分析をあれこれ難解にこねくり回すようなスノビズムは一切ない。アメリカに対する日本の政治家や実業家たちの関係を思うと、心底ぞっとしてくる。呆然としている場合じゃない、しっかりしろ、とチョムスキーに励まされる思いがする好著だ。
■自由と戦争、暴力と対話をめぐる、アーレント流の政治入門
政治とは何か
ハンナ・アーレント〔著〕ウルズラ・ルッツ編
佐藤和夫訳
本体: \4,200 岩波書店 A5判 / 234,3p
ISBN:4-00-023643-1 発行年月:2004.4
ナチス政権下のドイツを離れ、1941年にアメリカに亡命したアーレントは彼女の主著となる『全体主義の起原』(全三巻、みすず書房)を1951年に刊行し、『人間の条件』(ちくま学芸文庫)を1958年に刊行した。このたびここに草稿が刊行された『政治とは何か』はこの二つの著書の狭間に、ほぼ『人間の条件』と同時期に、一般人向けに書き下ろされたテクストで、企画段階では『政治入門』という仮題が付されていた。結局は未完のまま、死後約20年を経て活字になった。政治への不信感が蔓延している現代社会のただなかで、政治の意味をアーレントは幾度も問い直す。全体主義による災厄は一民族を殲滅させる危険を顕在化させ、国家権力と暴力の結合は人類全体を絶滅させうる戦争へと至る可能性を孕んでいる。これらを乗り越えるために民衆が再認識すべきこととは何か。現代人が今なお議論の出発点としうる多くの示唆に富んだ、根源的考察である。
原題:Was ist Politik ?
著者名:Hannah Arendt
刊行年:1993
■肩の力の抜けた感じが心地よく胸に沁みてくる、名訳の文庫化
現代語訳徒然草(河出文庫)
吉田兼好〔著〕佐藤春夫訳
本体: \680 河出書房新社 文庫 / 272p
ISBN:4-309-40712-9 発行年月:2004.4
「徒然草」をはじめとする、学生時代の古文の勉強で、日本人の多くはさんざんうんざりさせられてきたに違いないが、懐かしさ半分でいい、本書のような現代語訳を手に取ってみたら、案外面白いことに気づいて再会を喜べるのではないか。もともとサムライだった著者は出家して隠者として世をおくり、筆の向くまま気の向くままに日々の雑感や記憶を書き付けた。屈折した貴族臭さが漂う嫌な部分もあるが、人生の諸般をめぐる卓抜な随筆集であり、様々な分野に通じた智恵の書である。年齢を重ねるごとに味わい深くなる古典の、作家・佐藤春夫による名訳がついに文庫化。243のごく短い断片から成る「徒然草」は何気ないひとときにふらりと立ち寄るように読めるのがいい。浪費をことごとく嫌った兼好を読んでいると、ジェットコースターに乗って進むような現代人の毎日がこの上なく滑稽なものに見えてくる。余分な贅沢や気負いを捨てられる読書ができる。
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[2004年5月24日]
■アメリカの対テロ戦争の破局的帰結を展望した恐るべき批判書
イラク ユートピアへの葬送
スラヴォイ・ジジェク〔著〕 松本潤一郎ほか訳
本体: \2,000 河出書房新社 四六判 / 254p
ISBN:4-309-24313-4 発行年月:2004.5
帯に「世界先行・緊急刊行」とある。そう謳うのも間違いではない、なにせ、原書より早く日本語訳が出たのだから。ジジェクのような皮肉屋の文体をスピーディに翻訳するのはさぞ厄介だったろうが、若い訳者陣の労に感謝したい。ジジェクはイラク戦争を評して、軍事的「大勝利」そのものが、戦争への反対が正当であったことの――つまりイラクはアメリカにとって脅威ではなかったのだという事実の――究極的な証拠ではないか、と喝破する。さらに、イラク占領の帰結として「真に原理主義的なムスリムの反米運動」が惹起されうる、とも指摘している。彼はイラク戦争の背景にアメリカの真の姿を見る。アメリカ流の民主主義の押し付けと、新世界秩序におけるヘゲモニー維持、そして中東における石油資源の利権確保である。ちょうど一年前に翻訳出版されたジジェクの『「テロル」と戦争』(青土社)の続編としても読める本書には、米兵による捕虜虐待事件が暴露される前からすでに、アメリカの世論やマスコミ報道のうちに、敵をごみくずとして扱う倫理の破綻を見抜いていたことも窺える。事件はいわば当然の帰結なのだ。
原題:Iraq: The borrowed kettle
著者名:Slavoj Zizek
刊行年:2004
■朝鮮戦争をめぐるドキュメンタリー番組の制作秘話が出色
戦争とテレビ
ブルース・カミングス〔著〕 渡辺将人訳
本体: \2,800 みすず書房 四六判 / 314,32p
ISBN:4-622-07091-X 発行年月:2004.5
カミングスは『朝鮮戦争の起源』(シアレヒム社)や『現代朝鮮の歴史』(明石書店)などの著書で知られる、アメリカにおける近現代朝鮮史のエキスパートだ。本書は、まず前半部で、テレビの客観性神話を解体するとともに、ヴェトナム戦争と湾岸戦争がテレビ・メディアによっていかに統制的に偏向報道されたか、その成立過程と裏側の仕組みに鋭く迫る。後半部では、著者自身が取材や制作に携わった、朝鮮戦争をめぐるドキュメンタリー番組の顛末をヴィヴィッドに描いている。特に、80年代の北朝鮮に入国し、綱渡りをするように取材を敢行した体験記は大いに興味をそそる。現代において、「映像を通してリアリティを支配する」(レイ・ルービーの警句)方法は、日増しに狡猾になっている。例えばブッシュ政権は「アルジャジーラ」に対抗するテレビ局を立ち上げて、公正なニュースを提供すると「約束」した。こうしたやりくちは今も昔も変わりない、と著者は警告する。映像の政治力学について深く考えさせられる本だ。
原題:War and television
著者名:Bruce Cumings
刊行年:1992
■『千のプラトー』出版前後のドゥルーズの政治的、知的活動を窺わせる好著
狂人の二つの体制 1975−1982
ジル・ドゥルーズ〔著〕 宇野 邦一〔ほか〕訳
本体: \3,500 河出書房新社 四六判 / 293p
ISBN:4-309-24310-X 発行年月:2004.5
『無人島』全二巻に続き、ドゥルーズ後半生における単行本未収録のテクストやインタビューなどを集成する。『無人島』と同様二巻構成で、本書では1975年から1982年にかけて発表されたものを収めている。残念ながら『無人島』や『狂人の二つの体制』では、ドゥルーズの遺志により、未発表のテクストや遺稿、講義録、書簡の類は一切収録されていないが、それでも、監修者の宇野邦一が述べるように、本書は確かに1980年の『千のプラトー』の出版前後の彼の政治的、文化批評的、知的動向を如実に示している点で、非常に貴重な書籍である。収録された27編の内には、あまり一般的には知られていないかもしれない、リオタールと共同で書いた「ヴァンセンヌの精神分析について」という学内政治批判の短文や、ロラン・バルトやジュネット、リシャール、リカルドゥといった錚々たる文芸批評家らとともに参加した、プルーストをめぐる公開討議(さほど活発とは言えない)の記録などがある。パレスチナ問題やネグリの冤罪をめぐる文章も本書で読める。時代とともに生きた彼の素顔が浮かび上がってくる好著だ。
原題:Deux regimes de fous
著者名:Gilles Deleuze
刊行年:2003
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[2004年5月31日]
■緊急出版! もう政治家にもマスコミにも騙されたくない!
日本政府よ!嘘をつくな! 自衛隊派兵、イラク日本人拉致事件の情報操作を暴く
グローバル・ウォッチ編集
本体: \1,500 作品社 A5判 / 182p
ISBN:4-87893-637-1 発行年月:2004.5
国籍は問わない。日本語が読める人すべてにこの本を薦めたい。イラクでの日本人拉致事件や、日本政府の「イラク支援」について、政治家やマスコミ等が語っていることが真実のすべてではないと、市民の誰もが薄々気づいている。本書を読んで、やっぱりそうだったかと確信するだろう。二部構成で、第一部では、拉致事件における日本人活動家の解放までの、市民ネットワークの活躍を紹介。自己責任の名のもとに行われてきた被害者への不穏当な非難をきっぱりと退ける。第二部では、昨年末来日したイラク民主化の指導者リカービ氏の小泉首相との会談内容をめぐって、政府筋やマスコミが意図的な誤情報を流したことが、リカービ氏自身の率直なコメントとともに赤裸々に暴かれている。これほどの正論を見過ごしていいはずがない。もし、もう二度と騙されたくないし、分からないままで「戦争」に巻き込まれたくないのならば。本書が刊行されてまもなく、日本人ジャーナリスト2名がイラクで殺害される事件が起きた。まさに今こそ本書を読まねばならない。
■力を恐れず、ほしいままにせず、なおかつ力から逃避しないために
暴力の哲学(シリーズ・道徳の系譜)
酒井隆史〔著〕
本体: \1,500 河出書房新社 B6判 / 239p
ISBN:4-309-24308-8 発行年月:2004.5
暴力について徹底的に考えてみること。現代に求められている焦眉の問題を扱う、まさにタイムリーな新刊だ。本書は「イラク戦争とそれに対する反戦運動の動きと並行しながら」書かれたという。「テロにも戦争にも反対」――それは確かに正しいが、しかし、権力と富の圧倒的な不均衡と非対称性に席巻されている現代において、恐怖と残酷を巧みに利用した統治と統制のもとで、それらの磁場を反転させる対抗的で自律的な行動の「力」は放棄されるべきではない、と教えてくれる。非暴力は無力や服従ではない。本書は暴力の正当化でも「正しい暴力」についての講釈でもない。ある時は映画を、またある時は事件を語り、キング牧師、マルコム]、ファノン、ガンディー、ブラック・パンサーを分析し、ランシエール、フーコー、アーレント、ホッブズ、ヴィルノ、カール・シュミット、ベンヤミンなどを援用しつつ、「暴力」が意味しうる広範だが根源的な政治的文化的主題に触れている。人間が宿命的に背負っている暴力性と向き合うための優れたイントロダクションだ。
■形而上学と政治とが否応なく結び合う、思考の隠された特異点
コーラ プラトンの場(ポイエーシス叢書 52)
ジャック・デリダ著 守中高明訳
本体: \1,800 未来社 四六判 / 116p
ISBN:4-624-93252-8 発行年月:2004.4
哲学史における支配的思想としてのプラトニスムは、プラトンによって署名されたテクストに由来するものであるが、つねにテクストを裏切るものでもあると、デリダは述べる。それは逆に言えば、テクストがプラトニスムを裏切るということでもある。デリダはプラトンの宇宙論『ティマイオス』に登場する「コーラ」という術語にその裏切りの最たるものを見抜く。つまり、プラトン思想の真価がプラトニスムに回収されるものではないことが「コーラ」への考察から示される。母、乳母、受容体、刻印台などの意味を持つ、宇宙生成の「場」としてのコーラは、「みずからを刻印するありとあらゆるものの記入の場を象るもの」であり、あらゆる名付けや定義からはみ出る術語である。それは叡智や感性で捉えられるものではない。そもそも「〜ではない」とか「〜である」ということ自体が不可能なのだ。これはあたかも仏典『無量義経』に説かれる三十四の「非」や、西田幾多郎が『無の自覚的限定』に説いた「絶対無の場所」とも響きあうように思えて興味深い。小さな書物だが、内容は濃い。本書から読み取れる「場の政治」について示唆した訳者解説も必読。
原題:Khora
著者名:Jacques Derrida
刊行年:1993
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