[本]のメルマガ」誌より部分転載


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■「現代思想の最前線」/ 五月(ごがつ)
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第26回 英米語圏の2001年人文社会書ベストを勝手に選んでみる(後編)

いまや国家が「破産」する時代である。絶句。アルゼンチンの一件に限らないが、本当にひどい新世紀の幕開けの一年だった。

前回に引き続き、三省堂書店神田本店四階人文書売場の洋書フェアをリポートしたい。おかげさまで品切続出で、売れ筋についてはこれまで掲示板でご報告( http://biblia.hoops.jp/bbs )してきた通りだが、前回紹介できなかった書目や新入荷についてもコメントしたい。フェアの店頭写真もアップしてみたが、ご覧いただけたろうか。http://biblia.hoops.jp/g/pic011202.htm

それにしてもこの一ヶ月で米国同時多発テロ事件の関連和書がたくさん出た。来年もまだまだ出る。首をひねってしまうような出来の本があるが、読んでおくべきものも多い。何かしらの機会にまとめて紹介しようと思う。一言だけ言うと、チョムスキーの『9.11』文藝春秋が早くも版を重ねているようで、フェアでは洋書も見事に売り切れてしまった。私がバーンズ・アンド・ノーブルに予約を入れている分は、なんといまだに届かない。どうなっているんだ。(注1)

チョムスキーは年明けに、荒竹出版から『ならず者国家と新たな戦争』が邦訳出版される予定と聞く。これはテロ事件以前に刊行された著書が中核になっていると思われる(注2)。このほかにも単独著ではソンタグの本がNTT出版から近刊予定であり、サイードはみすず書房から刊行予定とのこと。見逃せません。

何が何冊売れたか、フェア結果は三省堂の許しが出れば、来月号で部分的にでも公表できるだろう。紹介の甲斐あって、"Thinking in Action"シリーズはダメットの移民難民論を中心に良く動いた。編纂者の一人リチャード・カーニーの『物語について』がシリーズ最新刊として刊行されたばかり(フェアには未入荷)で、さる著名な翻訳家の方から、信頼できる本だ、とのコメントをメールでいただいた。この方はクリッチリーの『大陸哲学』についてもたいへん好意的な感想を寄せてくださっている。何回も補充し、何回も売り切れた本だ。うれしい。http://biblia.hoops.jp/g/bestlist01.htm

出たばかりの新刊で入荷したのは、アヴィタル・ロネルの"Stupidity"、デイヴィッド・ハーヴェイの"Spaces of Capital"、ラクラウ/ムフの"Hegemony and Socialist Strategy"(第二版)、ヌスバウムの"The Fragility of Goodness"(改訂版)、マニュエル・カステルの"The Internet Galaxy"である。先週来日していたヌスバウムの本がやはり動きがいい。

個性的なメディア論を展開するデリディエンヌとして知られるロネル女史の久しぶりの新著や、地理学の新機軸ハーヴェイの"Spaces of Hope"に続く力作新刊、ラディカル・デモクラシー論の旗手ラクラウ/ムフの主著の第二版、「情報の時代」シリーズに続く最新作であるカステルのインターネット論など、いずれもお奨めの書目ばかりだ。今回のフェアでは、第二版や改訂版を積極的に仕入れているが、研究者に対しては情報のアップデートとなり、初心者にとってはロングセラーの認知となるだろう。

今回の紹介で特にアクセントを置きたいのは、英語圏で活躍するアジア系知識人の本だ。フェアでは"An Accented Cinema"のHamid Naficyや、"Lineages of the Present"のAijaz Ahmad、"On Not Speaking Chinese"のIen Angを取り上げている。一番最初に挙げたハミッド・ナフィシィ(と仮に表記しておく)はイランに生まれ1964年に渡米し、ライス大学助教授として映像論を教えている。亡命やディアスポラをテーマに、第三世界のドキュメンタリー映画やアメリカのメディアにおけるイラン像などを分析している。

アイジャズ・アハマド(仮表記)はインド出身のポストコロニアル研究の学者で、ニューデリーのネルー記念館の研究員を勤めると同時に、カナダのオンタリオ州にあるヨーク大学の政治学教授として活躍している。同じインド出身のガヤトリ・スピヴァクやホミ・バーバに比べると、マルクスをより多く読み込んでおり、マルクス主義的立場からインドの文学や文化の批評に取り組んできた。マイケル・スプリンカーとの交流はマルクスから生まれているのだろう。デリダの『マルクスの亡霊』をめぐるアンソロジーにも名を連ねている。彼の略歴は、http://www.yorku.ca/polisci/faculty/ahmad.html をご参照。比較的に最近書かれた長編論文「誰の世紀? 誰の千年紀?」が以下で読める。http://www.ercwilcom.net/~indowindow/sad/godown/history/aijaz.htm

余談だがアハマドと並んで注目したい三人のイニシャルA.A.がいる。それは、Arjun AppaduraiとAckbar Abbas、そしてAnthony Appiahだ。この三人は単独著を今年は刊行しなかったのでフェアのリストには上がらなかったのだが、この「四人のA.A.」は要チェックである。アルジュン・アパデュライは最近、吉見俊哉氏がよくCS関連の論文で取り上げているのを見かけるが、1949年生まれのシカゴ大学人類学教授で、若き日はボンベイで過ごしている。民族的暴力や近代国民国家、グローバリゼーションなどが研究テーマ。主著は『大文字の近代:グローバリゼーションの文化的諸次元』1996年、ミネソタ大学出版(注3)。略歴 http://anthropology.uchicago.edu/faculty/bio/arjun.html

アクバー・アッバスは香港とニューヨークを拠点に活動する俊英で、香港大学で比較文学を講じているほか、台湾やアメリカでも教鞭を執っている。ボードリヤールやベンヤミンの研究、香港映画を始めとする映像論やポストモダニズム論などがあるが、都市をテクストとして読むという彼の基本姿勢が打ち出された主著『香港:文化と消滅の政治学』1997年、ミネソタ大学出版が有名だ。アパデュライの先の本と同様、ディペッシュ・ガオンカルとベンジャミン・リーの主宰する「パブリック・ワールド」シリーズの一冊として刊行されている。明らかに作りかけのHPによれば、映像論、ディズニーと世界資本、視覚文化論、ファッション理論、映画と都市等の授業を、香港大学では受け持っている
ようである。http://www.hku.hk/complit/abbas/index.html メディア・アクティヴィストのヘアート・ロフィンクによるインタビュー記事が以下で読める。http://www.nettime.org/nettime.w3archive/199707/msg00085.html

アジアではなくアフリカ系になるが、アンソニー・アピアー(正しくはKwame Anthony Appiah)はガーナ出身で、ハーヴァード大学のアフロアメリカ研究および哲学の教授であり、人種差別研究に多くの貢献を成してきた。主著は『私の父の家で:文化の哲学におけるアフリカ』1992年、オックスフォード大学出版。『グローバル文化事典』や記念碑的集大成『アフリカーナ:アフリカおよびアフリカ系アメリカ人の百科辞典』等、近年目覚しい業績を残している。邦訳では彼の小論を『国を愛するということ:愛国主義の限界をめぐる論争』2000年、人文書院で読める。ヌスバウムによる世界市民的愛国主義を論じたテクストと、16人の知識人たちの応答を集めた素晴らしいアンソロジーだ。略歴 http://web-dubois.fas.harvard.edu/DuBois/AfroAm/appiah.html

「四人のA.A.」の紹介が長くなってしまった。最後の一人に戻ろう。

イエン・アン(あるいはアングと誤記されることもある)女史は、雑誌「トレイシーズ」岩波書店などで論文が紹介されているからご存知の方も多いと思うが、オーストラリアのウェスタン・シドニー大学教授としてカルチュラル・スタディーズを講じている中国人女性で、とりわけオーディエンス研究、トランスナショナル/クロスカルチュラル研究、人種/ジェンダー研究において注目すべき論考を発表し続けてきた。主著に『ダラスを見る:三文オペラとメロドラマ的想像力』1985年、ラウトレッジがある。『トランスナショナル・ジャパン:アジアをつなぐポピュラー文化』岩波書店で鮮烈デビューした岩渕功一氏(1960-)の指導教官は、ほかならぬ彼女だ。アメリカでポストコロニアル研究家として活躍している香港出身のレイ・チョウ女史(1957-)と並び、こんにちもっとも注目されている中国系知識人である。略歴 http://icr.uws.edu.au/people/staff/Ang/body_ang.html

さて。本当はもっとフェアに出品した著者たちについて紹介したいのだが、もうずいぶんの量を書いてしまった。前回全く紹介していなかった建築系の書目の中でもエリザベス・グロスの本が売り切れたことは特筆したいところだ。建築系では浅田彰氏が雑誌『季刊・都市』の時代から注目していたサンフォード・クウィンターの新著をフェアで取り上げているし、雑誌「a+u」の注目バックナンバーも揃えているので、ぜひ冬休みの間に店頭へお出かけいただければ幸いである。

次回はフェア結果と、フェアで取り上げなかった私のお気に入りを紹介したい。すでに発表されているアマゾン・コムの2001年哲学書ベストセラーについても一言述べるつもりだ。  [2001年12月24日]

○「2001年人文社会系洋書ベストセレクション」ブックフェア
三省堂書店神田本店四階人文書売場にて2001年12月1日から1月15日まで開催!
http://www.books-sanseido.co.jp/120thssd/kanda/kanda_top.html 
[フェアに出品されている洋書の在庫や値段は売場へお問い合わせ願います]

注1:チョムスキーの"9-11"は本号配信の翌日にようやく届いた。バーンズ・アンド・ノーブルの出荷通知はアマゾンのそれに比べ、文面がごちゃごちゃしていて分かりにくいだけでなく、この商品については明らかに先方が呈示した「予想出荷日」より遅かった。はっきり言おう。BNの仕事ぶりはアマゾンよりグレードが低い。[2001年12月26日追記]

注2:ノーム・チョムスキー著『「ならず者国家」と新たな戦争:米国同時多発テロの深層を照らす』(塚田幸三訳、荒竹出版、四六判180ページ、1500円、ISBN:4-87043-152-1、2002年1月10日出版)については、本号を見てくださった訳者の塚田幸三さんご自身からメールをいただき、後日、当書をご恵贈くださいました。記して感謝申し上げます。訳者あとがきによれば、この本は"Rogue State: The Rule of Force in World Affairs" 2000, South End Pressの中の三論文と、「Zネット http://www.zmag.org/ZNET.htm 」に掲載された最新の講演録および論文とを併せて一冊にしたものです。目次に添って言うと以下の通りになります。

第1章 テロに対する新たな戦争
[いま現在、何が起きているのか][それは、なぜ歴史的事件なのか][テロに対する戦争とは何か][9月11日の犯罪の原因は何か][政策の選択肢]
※マサチューセッツ工科大学「技術と文化」フォーラムでの2001年10月18日の講演。

第2章 覇権か生存か―宇宙戦争
[ミサイル防衛計画と「砲艦戦争」][ミサイル防衛計画の本当の意味][考え方の正しい人々の土俵][「ならず者国家」からの防衛][旧ソ連の核兵器の脅
威][ミサイル防衛計画の危険性][覇権か生存か][米国宇宙軍][広がる格差][宇宙軍と産業]
※Zネットに2001年7月3日付けで掲載。ちなみにこのZネットの緊急特集ウェブページ「テロリズムと戦争」は記事が非常に充実しています。ぜひご参照を。

第3章 「ならず者国家」は誰か
[「ならず者国家」と国際規範][インドネシアの例][国連の無力化][威信、核兵器、創造的抑止][口実と隠された動機]
※"Rogue State"第一章。

第4章 「ならず者国家」の論理
[イラク危機][公然の侮辱][「ならず者国家」−狭義の解釈][免責された「ならず者国家」][さらなる「議論」]
"Rogue State"第二章。初出:「Zマガジン」1998年4月号に掲載。

第5章 東チモール問題の深層
[東チモールの「ジレンマ」][国を滅ぼすということ][お決まりの反応]
"Rogue State"第四章。

つまり日本独自のヴァージョンということです。荒竹出版のホームページは、http://www2u.biglobe.ne.jp/~aratake/ [2002年1月1日追記]

注3:Y.N.さんからAppaduraiの"Modernity at Large"は『大文字の近代』ではなく、『近代一般』と訳すべきでは、とのご指摘をいただきました。「大文字で」は"in capitals"。"at large"は「(名詞の後で)一般の、全体として」。全くご批正の通りです。読者の皆さんにお詫びして訂正します。Y.N.さん、ありがとうございました。[2001年12月26日追記]


出典:「[本]のメルマガ」mailmagazine of books vol.91 [今年もイヴに作業かよぅ 号] 2001.12.25.発行より。


※参考までに第91号の目次とトピックス記事、編集後記と奥付を以下に引用します。

■CONTENTS----------------------------------------------------------- 
★トピックス
→クリスマスらしからぬくらーい業界情報が二件。どちらも創業半世紀後の…。

★「エルドゥラ」/ウタ(新人)
→読者の応援だけを心のよりどころにする不定期連載予定小説・第一弾!

★「脱・書店員日記」/aguni(あぐに)
→今年一年を振り返って私的流行語大賞なんぞを発表させていただきます。

★「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
→2001年英米語圏人文社会書ベストセレクション(後編)。

★「乾季」/タウ
→新人登場(!)により今回は休載です。
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■トピックス
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■銀座のイエナ洋書店、半世紀の営業に幕を下ろす

東京・銀座で1950年に創業した老舗洋書店の「イエナ洋書店」が、2002年1月17日に閉店することになった。約180平方メートルの敷地に、500種をこえる雑誌と3万点に及ぶ書籍を扱い、長らく銀座の名所のひとつになっていたものの、近年ではインターネット書店などの台頭により、売上が落ちていた。定期購読を含む雑誌の一部は、同ビル内の近藤書店が引き継いで販売する。http://www.jena.co.jp

■鈴木書店崩壊で中小出版社連鎖倒産の危機

中堅取次会社の鈴木書店が12月7日に自己破産したことで、人文社会系中小出版社の経営にも大きな影響が出始めている。文化産業信用組合は20日より出版社への資金援助のための特別融資を設け、無担保でも申し込みを受け付けることになった。しかし一社に対する融資枠が300万円と低く、鈴木書店に数億円から数千万円の売掛残高がある上位36社は自助努力のみが頼りとなる。鈴木書店と取引している中小出版社はこのほかにも約400社存在している。

一般紙では岩波書店の名前ばかりが出てくるが、来年から一気に厳しい状況に追い込まれるのは、この400社であることは社会にほとんど認知されていない。帳合を鈴木書店一本にしていた少数派である世織書房は、他取次との口座開設を模索していることをHPで告知している。なお、『出版社と書店はいかにして消えていくか』など、数々の業界論を世に問うてきた小田光雄氏が社主を勤めるパピルスも「鈴木一本」である。

世織書房 http://village.infoweb.ne.jp/~fwgi4541/
定有堂書店 http://homepage2.nifty.com/teiyu/journal/ih_0112.html
※テレビ番組「本パラ関口堂」でも活躍していた鈴木書店仕入部の井狩春男氏による、運命の日をめぐるコメントは上記の鳥取定有堂書店のサイトで読める。

鈴木書店の倒産前に取引を解消した藤原書店はインターネット掲示板「2ちゃんねる」等で執拗な中傷を浴びており、「日販とも取引停止した」という怪情報を流されているが、その事実はまったくない。鈴木書店の倒産劇は業界内に様々な遺恨を残しており、このほかにも「槍玉」に挙げられている版元は多い。

現在、鈴木書店管財人は店売倉庫の在庫品を各出版社に引き取ってもらうと同時に債権額の呈示を要求、鈴木書店帳合の小売書店には返品要請を申し入れている。債権および債務を少しでも減らすためである。第一回債権者集会は明年(2002年)5月に予定されており、中小出版社に勤める人々の心は当分休まりそうにない。
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■編集同人備忘録
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ジャック・マイヨールが自死した。地中海に浮かぶイタリア領エルバ島カローネの自宅で天井からぶら下がった彼が発見された。そうクリスマスイヴの新聞は報じている。彼をモデルにした映画、リュック・ベッソンの「グランブルー」は不思議な作品だった。一人深海の沈黙の中で、イルカへ向かって手を伸ばし、海上へと彼を連れ戻すロープからふわりと離れていくあのラストシーンを思い出す。あの時主人公は、自らを支えるものがなにひとつない別世界へそっと踏み込んでいったように見えた。観客の私もまた深海へ放り出されるかのような、不安と恐れへの誘惑を感じた。彼はあの時、全能であるとともに無力だった。剥き出しにさらされた生がそこにはあり、その生は死の可能性へと全面的に開かれている。世界全体が見知らぬものとなり、彼の生は一瞬ごとに死と交わるのだ。生は一個の身体へと濃密に集約され、彼が触れることによって生と死との関係性は一ミリごとに生成されていく。自己が世界に対して全く他者であること。交わりを生き生きと実感すること。社会関係の中に拡散した彷徨いの自己の希薄さを吸い込む現代人にとって、あの生の凝結的な充溢は、ひとつの啓示に思える。自由とは自己責任である。心から冥福をお祈りしたい。  五月
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