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■「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
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第38回:アドルノ生誕百周年でドイツでは記念出版が続々、日本でも翻訳進行中

来月(2003年9月)の11日はアドルノの生誕百周年に当たる。ドイツの名門出版社ズーアカンプ http://www.suhrkamp.de/ ではこれを記念して新刊が各種予定されている。ズーアカンプ社自体も、本年で創立40周年を迎えるので、二重の記念である。

まずは、シュテファン・ミュラー=ドームによる『アドルノ伝』は1032頁もの大冊で、さしずめ伝記決定版といったところ。今月発売されたばかりだが、実はすでに作品社で翻訳が進行している。すごい。原書は分厚い本だが、約30ユーロで、これは今年一杯の特別価格。来年からは7ユーロほど値上がりする。

このアドルノ伝を中心に、写真集や書簡集が同時発売される。ヴォルフラム・シュッテの編集による『フランクフルトのアドルノ』は、「テクストと写真からなる万華鏡」と銘打たれ、アドルノ文書館の編纂による『アドルノ――写真による自伝』とともにアドルノの素顔を垣間見せる。

ヴォルフガング・ショプフ編の『だから私は作者でなく天使にならねばならない』は副題が「アドルノとフランクフルトの出版人」となっており、ペーター・ズーアカンプやジークフリート・ウンゼルトらとアドルノが交わした書簡を集めており、一方ではクリストフ・ゲッデとヘンリ・ローニッツの編纂で、『テオドール・W・アドルノ――両親への書簡』というのも出版される。

なお、作品社ではこれまで『否定弁証法』や『社会学講義』といった著書が翻訳出版されてきたが、目下はは『ワーグナー論』や『否定弁証法講義』の翻訳作業が進行しているとのこと。見逃せない。

これらの情報は本当は、今週発売される季刊誌『インターコミュニケーション』の46号に掲載される拙文「デリダとハーバーマスの“共闘”」のオマケとして書くつもりだったが、紙幅が足りなかった。最近の二人の“共闘”については拙稿に書いたので繰り返さないが、デリダとハーバーマスがそれぞれアドルノ賞を受賞しているのは皆さんもご承知の通りだ。

(ぜひ付言しておきたいが、『インターコミュニケーション』46号は「沖縄」で特集を組んでいる。ヴィジュアルもテクストも力作揃いだ。41号から三期目に入った『インコミ』は従来像から本格的に脱却しはじめており、特にこの最新号は新しい顔を見せ始めた成果としてお奨めしたい。)

フランクフルト市がアドルノの生誕日の9月11日に授与するアドルノ賞をハーバーマスは1980年に、デリダは2001年に受賞している(ちなみに2003年は作曲家のジェルジ・リゲティが受賞する)。デリダの受賞がとりわけ印象的だったのはほかでもない、2001年9月11日、つまり米国同時多発テロ事件の当日だったからだ。アドルノの誕生日は今後もこのテロの影に否応なく覆われつづけざるをえないだろう。デリダの受賞記念講演は、『フィシュ』(白水社)で読むことができ、ドイツの新聞に掲載された受賞後のインタビューは月刊誌『現代思想』2001年10月臨時増刊号「これは戦争か」の冒頭で読める(「限りない悲しみを感じています」)。

アドルノがハーバーマスやデリダ等からしか回顧されえぬ対象なのではないことは言うまでもないが、アドルノの影響力の真価を知るためにも、作品社から刊行される各種日本語訳には大いに待ち遠しいところだ。

私自身が携わっている編集作業の中では、来月初来日を果たすアレクサンダー・ガルシア・デュットマンによる主著『思惟の記憶――ハイデガーとアドルノ』(ズーアカンプ刊)をめぐる試論の日本語訳が進行中である。難解極まりない名論文だが、来年には刊行できるかもしれない。

アメリカのとある世論調査によれば、長期化する中東問題を背景にブッシュ再選の不支持率が支持率を上回り始めたと言うが、それでも六割以上の国民はいまだに「イラク戦争は正しかった」と思っているらしい。やりきれない話だが、新兵器の実験場であったり天然資源をめぐる利権争いであったりする戦争が正しいはずがない。マスメディアを統制し、デマ映像まで撮らせる「戦争の政治学」が許されるはずはない。

今年もまた9.11がめぐってくる。アドルノがかつてナチズムに見た理性の失墜は、アドルノ自身が気付いていたように、特異な現象ではなかった。野蛮への転落は、理性の内的必然性であるからだ。『啓蒙の弁証法』(岩波書店)や『否定弁証法』(作品社)に見るそうした一種ペシミスティックなアドルノの哲学的核心はまだ十全に読み解かれたとはいえない。むしろそれはいまだに征服されない高峰であり、新たな読解=登攀を待ち受けている。

アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮だ(『プリズメン』ちくま学芸文庫)と述べた彼がもし9.11に遭遇していたら、何と言ったろうか。9.11以後、哲学することは野蛮だ、と皮肉たっぷりに述べたかもしれない。その声を聞いたか聞かないか、ハーバーマスとアドルノは先々月、『テロルの時代における哲学』という「共著」を刊行したのだった。

ご存知の方も多いと思うが、私はオンライン書店bk1で人文書の新刊紹介をしている(週刊「人文レジ前」)。先週紹介した本にデリダの日本語訳最新刊『火ここになき灰』(梅木達郎=訳、松籟社=刊)がある。デリダはアドルノとは別の仕方で、しかしやはりアドルノ同様「ハイデガーに抗して」アウシュヴィッツを語るのだが、この小さいが難解な書物は、デリダの脱構築の政治的戦略の中枢を考える上で非常に有力なテクストである。

余談だが、bk1の「人文レジ前」で今月取り上げた書目は、今週公開分も併せて以下の通りである。

『“ポスト”フェミニズム』竹村和子編、作品社
『スローライフ100のキーワード』辻信一著、弘文堂
『辺境に映る日本』福間良明著、柏書房
『火ここになき灰』ジャック・デリダ著、梅木達郎訳、松籟社
『100の指令』日比野克彦著、朝日出版社
『無人島 1953−1968』ジル・ドゥルーズ著、宇野邦一ほか訳、河出書房新社

今月はお盆休みもあり、取り上げた点数も少なかったが、この先には続々紹介すべき新刊が山積している。ほんの一部を列記すると、

『ジョルダーノ・ブルーノ著作集(1)カンデライオ』加藤守通訳、東信堂
『〈民が代〉斉唱』鄭暎惠著、岩波書店
『訪問』ジャン=リュック・ナンシー著、西山達也訳、松籟社
『ハイデッガー全集(38)言葉の本質への問いとしての論理学』創文社
『暴力の考古学』ピエール・クラストル著、毬藻充訳、現代企画室
『ホワイト・ネイション』ガッサン・ハージ著、保苅実ほか訳、平凡社
『マルクスを超えるマルクス』アントニオ・ネグリ著、作品社

などである。毎回(?)言っているが、「最近は面白い新刊がありませんねえ」だの「人文書は壊滅的ですねえ」などというヨタ話を版元営業マンも書店員ものんきにしている場合ではない。売れる/売れない、または、面白い/面白くない、といった相対的な尺度で強引に何を測ろうというのだろう。アドルノは、そんな風に測られた「文化」などというのもはそもそも腐っている、と痛罵したのではなかったか。これはアナクロニズムなどではない。私たちはアドルノの時代からほとんど一歩も前進してはいないのだ。 [2003年8月25日]

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初出:[本]のメルマガ」第151号(2003年8月25日配信)


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