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■「現代思想の最前線」/五月(ごがつ)
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第39回:現代奴隷制研究のエキスパート、ケヴィン・ベイルズの衝撃作と初来日
ここ五年間に読んだ中でもっとも衝撃を受けた本は何ですか、と聞かれたら、私はためらうことなくこう答える――"Disposable
People: New Slavery in the Global Ecomomy"(1999, University
of California Press)だと。
邦訳:『グローバル経済と現代奴隷制』ケビン・ベイルズ著、大和田英子訳、凱風社刊、本体2500円、46判414頁、ISBN4-7736-2701-8
http://www.gaifu.co.jp/
出会いは今からちょうど三年ほど前、シアトルの書店「エリオット・ベイ」でだった。バーンズ・アンド・ノーブルなどのチェーン書店に比べれば格段に雰囲気のいい、歴史を感じさせる書棚をめぐっている時、リファレンスの机で少し時間を持て余したように頬杖をついて座っている魅力的な女性スタッフと目が合ってしまい、にっこり微笑まれてどぎまぎした私は――それは新婚旅行の真っ最中の出来事でもあったし――笑顔を返しそびれて棚の影に引っ込んだ。
彼女の座っている場所のちょうど裏手のあたりに「労働」の棚があり、椅子の上にその本は載っていた。表紙の写真が目を惹いた。
泥と石ころだらけの斜面に、薄汚れたTシャツと半ズボンに粗末な運動靴といった服装の男たちの一群がいる。皆、苛酷な労働で服がヨレヨレになってはいるが、体つきはがっしりした男たちだ。彼らは写真中央の二人の男を取り囲むようにして立っている。
ある者は両腕をだらりと脇に垂らして呆然と二人を見つめている。ある者は驚きの眼差しで二人にくぎ付けになっている。またある者は足元が滑ってよろけながらも目が離せず、立ち去るべきか、それともこのまま二人の今後のなりゆきを見守るべきか、ためらっている。さらにある者は唇をかみ締めて内心の叫びをじっと押し殺しているように見える。あるいは俯く者、厳しい表情で腕を組む者、祈るような気持ちでその場にいるらしい者がいる。
真中にいる男二人、その内の一人は上半身裸の男で、仁王立ちになりながら、もう一人の男の持つ機関銃の銃身を左手で掴み、自分の脇に銃口を向けて、右手で心臓のあたりを指し示しながら、「撃てるものなら撃ってみろ!」と今しがた言い放ったばかりのような厳しい表情で唇を尖らせている。
もう一人の男、彼は警備服に身を包み、丈夫そうなブーツを履いて、腰に巻いたベルトにはぐるりと予備の銃弾が並んで光っている。機関銃を握る腕は、上半身裸の男に奪われまいとしてぐっと力が篭っているのがわかる。帽子の下の眉をひそめ、口を結んで、男の挑発に冷ややか目を向けている。若干動揺しているかもしれないが、彼はすでにいつでも発射する準備ができているだろう。
この写真の下に、くっきりと本のタイトル"Disposable
People"の文字が浮かんでいる。著者はケヴィン・ベイルズ。聞いたことがない。タイトルと著者名のはざまに、南アの人権運動家デズモンド・ツツ元司教の推薦文が印刷されていた。
何だろう、この写真は。たぶん百年前くらいのものだろうと思って、本の内側にあるキャプションを見て驚愕した。ブラジルの金鉱採掘人たち。撮影者はセバスチャン・サルガド、クレジットは1998年。1998年だって? そんなばかな。その後、この写真は、1986年にブラジルのセーラ・ペラーダにある金山で働く五万人ものガリンペイロと呼ばれる採掘人たちを撮影したものであることがわかった(『セバスチャン・サルガド写真展"WORKERS"図録』1994年、朝日新聞社発行を参照)。
1986年と知ってもなお驚いたことは言うまでもない。泥だらけになりながら、蟻か蜂のように働きづめの彼らの姿が、自分の同時代に実在しているものだとは。しかし、ベイルズの本の内容はこれにも増してショッキングだった。題名にある、〈ディスポーザブル〉というのは、ライターやカメラにあるような、「使い捨て」を意味する言葉である。つまり、〈ディスポーザブル・ピープル〉とは、使い捨て可能な人間たち、使い捨てられる人々。副題は「グローバル経済下の新しい奴隷制」だ。
ベイルズは人身売買や彼がNew Slaveryと呼ぶ現代奴隷制の研究の専門家である。彼の実直で綿密な調査によれば、世界には堅く見積もって2700万人もの非合法奴隷労働者が存在するという。
こんにち全世界に蔓延しつつある非合法の新しい奴隷制New
Slaveryとは何か。ほとんどの国でとっくに廃止されたはずの「合法的」奴隷制とはどう違うのか。そこには驚くべき非人道的な搾取と苛酷な労働によって使い捨てにされる人々、巧妙に隠蔽されているグローバル経済の「最底辺」があった。現代の先進国に住む者はだれしも、彼らの非業の死に至るまでの労働によってもたらされた製品やサービスを、意識しないままに享受している。
ベイルズは、タイ、モーリタニア、ブラジル、パキスタン、インドにおける知られざる奴隷制の実態を綿密に調査し、奴隷制を生み出す世界状況を一市民のレベルからどう克服していくか、具体的な方途を提示する。衝撃と勇気の書。それが本書だ。2000年にイタリアの高名な由緒あるヴィアレッジョ人道賞を受賞。待望の邦訳書の帯にはこうある、「奴隷制はどこかよその国の過去の問題なのではなく、現在も進行中の地球規模の現実だ」と。
この驚くべき研究書に打たれた私は直ちに、ベイルズ氏の所属する大学で公開している彼のEメールアドレスを探し出し、メールを送った。氏とはそれ以来、折に触れてやりとりをしている。心優しい人物だ。やがて、前述の名著は達意の翻訳によって日本語でも読めるようになった。感激である。
彼の研究がいかに衝撃的であるかについては、今年(2003年)の年頭に発売された季刊『InterCommunication』第43号(NTT出版刊)の拙文記事「知られざる現代の奴隷制」にも書いた。朗報だが、このたびベイルズが初来日を果たすことになったので、来日記念の講演会の詳細情報を含め、彼のプロフィールと最新動向を以下に紹介したい。
ケヴィン・ベイルズは1952年2月9日にアメリカ合衆国オクラホマ州のタルサで生まれた。合衆国とイギリスの二つの国の市民権を有しており、現在はロンドンのサリー大学ローハンプトン校で社会学を教えている。専門は、上述の通り、現代世界における人身売買と非合法奴隷制の研究。主著はくだんの本で――実はこの本はピュリッツァー賞候補でもあったことを付け加えておく――、このほかには2000年に、前述書の「要約プラス資料」版とも言うべき"New
Slavery: A Reference Handbook"をABC-CLIO社から刊行している。彼の略歴は大学のウェブサイト
http://www.roehampton.ac.uk/staff/KevinBales/
等でも見れるが、ここで書いているのは以前に彼に取材して得た回答をもとにしている。
彼はAnti-Slavery Internationalの姉妹団体Free the Slavesの設立者でもあり、ごく最近では「ナショナル・ジオグラフィック誌」9月号の特集ウェブサイト「21世紀における奴隷たち」において、現代奴隷制について分かりやすく解説している彼の動画を見ることができる。非常に良く出来ている特集なので、ぜひご覧いただきたい。
http://magma.nationalgeographic.com/ngm/0309/feature1/index.html
そして、彼はこのたび、九州国際大学教授の堤要(つつみ・かなめ)氏のコーディネートによって今週(2003年9月第4週)待望の初来日を果たし、27日には早稲田大学で以下の通り講演を行なうことになっている。聴講無料。会場がさほど大きくはないので、興味のある方は予約を急がれた方がいいかもしれない。
★ケヴィン・ベイルズ氏による「現代奴隷制New
Slavery」をめぐる講演会
内容:二十一世紀の現代に、過去アフリカで四百年間に捕らえられた奴隷の数より多い奴隷が存在する。全世界でその数は実に二千数百万人に登る。この現代奴隷制は「人口爆発」「経済のグローバル化」「官憲の腐敗」が支えており、ほかならない私たち日本人も現代奴隷制がもたらす果実を、知らず知らずに享受している。私たちは今、何を認識しどう行動すべきなのか。『グローバル経済と現代奴隷制』(Disposable
People)の著者ケヴィン・ベイルズ氏の初来日を記念し、下記のとおり講演会が開催される。
◎日時:9月27日(土)午後2時半開演(午後2時15分受付開始)5時終了
◎場所:早稲田大学14号館515教室(正門右手の案内図でご確認ください。北門[図書館前筋向かいの門]からは、入ってすぐ右のビルのはずれの道を入った奥突き当たりのビルです。)
◎先着40名。お申し込みはメールで凱風社新田準氏nitta@gaifu.co.jpまで。
◎講演者:ケヴィン・ベイルズ(Kevin Bales)サリー大学教授
◎通訳:大和田英子・法政大学教授
◎コーディネーター:堤要(つつみ・かなめ)九州国際大学教授
◎主催:図書出版 凱風社 tel: 03-3815-7633 http://www.gaifu.co.jp
◎共催:早稲田大学語学教育研究所塩田勉研究室
http://www.gaifu.co.jp/kokuchi/sept27.html
なお、余談だが、シアトルのエリオット・ベイ書店に立ち寄った時に、上記書のほかに強い印象を残した写真集があった。アメリカにおける黒人差別がリンチ殺人を平然と横行させていた時代の禍々しい遺物――リンチで殺され、木から吊り下げられた人物を前にして記念撮影をする人々、その写真や絵葉書を集めたものである。アーレントの言う「悪の凡庸さ」という言葉が脳裏を黒々とよぎる。衝撃なしにページをめくることは不可能だ。
"Without Sanctuary: Lynching Photography in America"
edited by James Allen, 2000, Twin Palms Publishers, ISBN:
0944092691
Hardcover: 212 pages ; Dimensions (in inches): 1.30 x 10.38 x 7.95
さて恒例だが最後に今月もまた、私がオンライン書店bk1で今月取り上げた人文書新刊を列記し、ベスト1を発表したい。今月は素晴らしい新刊が大漁だった。紹介文を書くことができたのは以下の書目のみだが、ほかにも要チェック書が多かった。
『ジョルダーノ・ブルーノ著作集(1)カンデライオ』加藤守通訳、東信堂
『マルクスを超えるマルクス』アントニオ・ネグリ著、清水ほか訳、作品社
『暴力の考古学』ピエール・クラストル著、毬藻充訳、現代企画室
『エクソフォニー』多和田葉子著、岩波書店
『〈民が代〉斉唱』鄭暎惠著、岩波書店
『女性と中国のモダニティ』レイ・チョウ著、田村加代子訳、みすず書房
『ホワイト・ネイション』ガッサン・ハージ著、保苅実ほか訳、平凡社
『アーレント=ハイデガー往復書簡 1925-1975』U・ルッツ編、みすず書房
『ハイデッガー全集(38)言葉の本質への問いとしての論理学』創文社
『訪問』ジャン=リュック・ナンシー著、西山達也訳、松籟社
『デモステネス弁論集(4)』木曽明子ほか訳、京都大学学術出版会
『帝国を壊すために』アルンダティ・ロイ著、本橋哲也訳、岩波新書
『ネガティヴ・ホライズン』ポール・ヴィリリオ著、丸岡高弘訳、産業図書
『グローバル・ヴィレッジ』M・マクルーハンほか著、浅見克彦訳、青弓社
ベスト1はロイの『帝国を壊すために』岩波新書である。〈9・11〉以後のロイの政治的発言を集めたもので、アメリカやその追従国の蛮行に対するはっきりとした異論の書だ。訳は人文書系では近年まれに見る名調子。著者のエモーションをそのまま写し取ったかのようだ。訳者の本橋さんに大拍手。
ちなみに、現在来日中の哲学者アレクサンダー・ガルシア・デュットマンを街の本屋に案内した際に、私は店頭にある『アーレント=ハイデガー往復書簡』を指差して「面白く読んだよ」と彼に感想を述べたところ、彼には「いや、僕にはつまんなかったな」と返された。言うまでもないが、デュットマンは第一級のハイデガー研究者である。彼はしかし権威めいたことを言いたかったのではなくて、勝手に想像してみると、つまりは恐らく二人の熱愛ぶりにあてられたということなのかもしれない。 [2003年9月25日]
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初出:「[本]のメルマガ」第154号(2003年9月25日配信)
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