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■E・ブラックが綿密に検証した、ナチズムへのアメリカ優生学の影響
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本家アマゾンがついに「例の」検索サービスをおっぱじめた。190社以上もの出版社との提携により、書籍約12万冊、ページに換算して約3300万ページ分の文章がすべてデータベース化され、全文検索ができるようになったのだ。どういうことかというと、例えば「ジル・ドゥルーズ」を検索したとする。従来はここで、ドゥルーズの書いた本やドゥルーズにかんする研究書がヒットする。驚くべきことに、今後は全文検索機能によって、くだんの12万冊の中でドゥルーズに言及している文章があれば、その本も検索結果に上乗せされ、ご丁寧なことに、言及箇所のページ数まで教えてもらえるばかりか、そのページの閲覧も可能になるのである。なんということだ!

http://www.amazon.com/ 

ご覧の通りトップページに今月(2003年10月)23日、ジェフ・ベゾズCEOの挨拶文が載って、こうしたことができるようになったので、その熱烈サービスぶりに腰を抜かしていたら、早速ニュースでも取り上げられていた。例えば以下のように。

http://www.hotwired.co.jp/news/news/20031024104.html 

果たしてこんな手間をかけて本当に購買に繋がるのだろうか、と懐疑的になるのもいいが、まず使ってみて欲しい。これはヘビーユーザーがさらにイモヅル式に関連書を買ってしまうことになりかねない見事な罠だ。そう。ターゲットは第一にヘビーユーザー、つまり活字中毒者たちだ。ヘビーユーザーの消費は、なんとなくたまに買ってみたという客のそれよりは、断然金額の高いものになるし、そもそも購買頻度が高いから、上質なヘビーユーザーを囲い込むことができるショップこそが競合他社を蹴落とすためのアドバンテージを掴むことになる。この試みをアマゾン・ジャパンが踏襲できるかと言えば、まだみちのりは厳しいだろうが、こんなものをもし和書でやられた日には他のオンライン書店はたまったものではない。

全文検索の使い心地については皆さん各自に評価していただくことにして、アマゾンつながりでもうひとつ目玉ニュースがあるのでご紹介したい。

私はアマゾン・ジャパンで洋書をしばしば買う(ジャパンで買えないものは本家USAサイトなどで買う)のだが、アマゾンは購買履歴のある顧客へ、お薦め新刊情報をEメールのニュースレターで配信している。新刊情報は顧客の購買履歴にマッチするようなものが選ばれて配信されるのだが、つい先日素晴らしい知らせが届いた。『IBMとホロコースト――ナチスと手を結んだ大企業』(柏書房、2001年刊)を書いた敏腕ジャーナリスト、エドウィン・ブラック(1950-)が、次なる大作"War against the Weak: Eugenics and America's Campaign to Create a Master Race"(『弱者に対する戦争――支配者たる人種を創出するためのアメリカにおけるキャンペーンと優生学』と仮に訳しておく)を、Four Walls Eight Windows社からついに刊行したというのである。

http://www.4w8w.com/bookblack1.html 

タテ236ミリ、ヨコ160ミリの大判に、注と主要情報源一覧と索引を除いても450頁ある大冊である。『IBMとホロコースト』(原著2001年刊)刊行後、わずか二年でこの大作。その旺盛な取材力と健筆ぶりに驚かされるが、何よりもやはり前作に負けず劣らずショッキングな内容に注目である。本書を読む者は、20世紀初頭のアメリカにおける優生学の狂気的な犯罪を目の当たりにする。

優生学(eugenics)とは何か。辞書にはこうある、「人類の遺伝的素質を向上させ、劣悪な遺伝的素質を排除することを目的とした学問。1883年、イギリスのF・ゴールトンが提唱した」(『大辞泉』)。

フランシス・ゴールトン卿 (Sir Francis Galton, 1822-1911)という人物は、ダーウィンの弟子でありいとこでもあった人で、ダーウィンの進化論における淘汰説、適者生存説を人間社会にあてはめようとした、いわゆる社会的ダーウィニズムの第一世代だという。彼は、1883年に刊行した『人間の能力およびその発達の研究』(Inquiries into Human Faculty and Its Development)において、はじめてeugenics(優生学)という新語を明らかした。

それから約20年後、優生学研究はアメリカでも少数の科学者グループによって積極的に推進されだす。学術界だけでなく、政界や財界、そして司法からもお墨付きをもらい、カーネギー研究所やロックフェラー財団が資金提供していたという。

恐るべきことに、アメリカではかつて六万人以上が優生学的に劣っているとの理由で不妊手術を施された。移民や有色人種、原住民、貧困層の白人、てんかん患者、アルコール中毒者、犯罪者、精神障害者等々がその対象となった。ナチスがその優生学的政策を戦後に裁かれた後にもそれは続いたのだという。

そんなバカな。これは科学史家たちにとっては周知の事実だったのだろうか。例えば、わが国の科学史家の中では、金森修氏の『負の生命論』(勁草書房、2003年刊)の第一章「汚れた知」で、アメリカ南部で1932年から1972年まで40年間にわたって続けられた、梅毒研究のための黒人を使った人体実験について概要が読める。もちろん日本の教科書には載っていない。こうしたたぐいの事件は日本人にとって読んでみて初めて知るものである。日本人は自国の「731部隊」については多少聞きかじってはいても、20世紀前半のアメリカにおける医療研究がどのようなものだったかはほとんど知らないだろう。

ブラックの新著が伝えるところの真実は、アメリカ人ならば絶句せざるをえないものである。前著で彼は、IBMの開発したパンチカード機器がナチスによるユダヤ人虐殺の効率的な遂行におおいに貢献したことを暴いた。新著では彼は、アメリカの優生学がいかにヒトラーに影響を与えたかを綿密に検証しているのである。カーネギー研究所はドイツの科学者たちに優生学の科学的確信を与え、ロックフェラー財団は彼らに莫大な資金援助をもたらした。優生学の追究はアメリカの国家事業であり、国内外に様々な影響を及ぼしてしまった。これは、ユダヤ人大虐殺の片棒を担いだのはほかならぬ「自由と正義の国」アメリカであると指弾したことに等しい。

本書の扉にある献辞にはこう書かれている。「本書を私の母に捧げる。彼女は今ではこの本を読むことはできないが、アメリカの優生学原理がナチスに占領されたポーランド[の惨状]にいつ帰結したかを今も覚えている」と。どういう意味だろうか。実はブラックの両親はポーランドにおける大虐殺を生き延びたユダヤ人なのである。

こんにちの遺伝子工学の隆盛に冷静に向き合うために有益な書物として本書は広く認められるだろうが、一方でアメリカ国外の読者にしてみれば、アメリカの度し難い「優越感」のメンタリティの根っこの一部が、この優生学至上主義を通じて透かし見えてくるように感じるのではなかろうか。

イタリア生まれのアメリカの遺伝学者ルイジ・ルカ・キャヴァリ=スフォルツァ(1922-)は、遺伝学の最先端の見地から、人種差別はまったく科学的に無根拠であることを断言している(『文化インフォマティックス』産業図書、2001年刊)。しかしながら、実際のところ、人間の心の闇に巣食う「強者=正義」の論理はこの地上でいまだ廃絶されていない。

地球規模に拡大されたその妄想的論理によって抹消の危機に長らくさらされ続けている弱者は、どのように正義を語るべきだろうか。「強者=正義」の論理ではないいかなる「生き残りと共存」を語るべきだろうか。「強者=正義=存在」の三位一体に対し、いかなる他者の倫理、他なるディスクールを発動できるだろうか。存在論とは別の思惟はいかに可能か。

* * *

さて恒例だが最後に今月もまた、私がオンライン書店bk1で前号以後に取り上げた人文書新刊を列記し、ベスト1を発表したい。今月も大漁だったが、毎度のことながら取り上げることが出来たのは下記の通りその一部だった。

『ジェローム神父』サド原作/澁澤龍彦訳/会田誠絵/平凡社
『エリック・ホッファー・ブック』作品社編集部編/作品社
『ルネサンス哲学』シュミット+コーペンヘイヴァー著/榎本武文訳/平凡社
『珍説愚説辞典 』カリエール+ベシュテル編/高遠弘美訳/国書刊行会
『革命家の告白 二月革命史のために』プルードン著/山本光久訳/作品社
『ホモ・サケル』ジョルジョ・アガンベン著/高桑和巳訳/以文社
『コルヴィラーグの誓い』エリ・ヴィーゼル著/村上光彦訳/白水社
『マトリックスの哲学』W・アーウィン編著/松浦俊輔ほか訳/白夜書房
『近代人の模倣』ラクー=ラバルト著/大西雅一郎訳/みすず書房
『ハイデガー 詩の政治』ラクー=ラバルト著/西山達也訳/藤原書店
『メタフラシス』ラクー=ラバルト著/高橋透訳、吉田はるみ訳/未来社

今月はどれも忘れがたい印象を残しており甲乙つけがたいのだが、強いて挙げるとすれば、ヴィーゼルの小説の再刊『コルヴィラーグの誓い』とラクー=ラバルトの最新著の日本語訳『ハイデガー 詩の政治』だろうか。評価のポイントは「執拗さ」である。ヴィーゼルには、ユダヤ人虐殺にいたる民衆のメンタリティを容赦なく冷酷に描ききる「執拗さ」があり(その冷酷さはサドのような加虐的冷酷さとは対極的なものだ)、ラクー=ラバルトからは、ハイデガーがなぜナチスに「加担」したのか、その思惟における運命の不可視の源へ遡ろうとする「執拗さ」を感じた。この執拗さに引き込まれ、また励まされもした。探究とは、かくあるものだろうと思う。[2003年10月24日、五月記す]

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初出:[本]のメルマガ」第157号(2003年10月25日配信)


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