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■人文社会系零細出版社に携わる一個人としての自己認識を問う
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今回は洋書の紹介というよりは、業界論にひきつけた一出版人の自己認識について雑感を綴りたい。

本家アマゾンが始めた全文検索サービス「サーチ・インサイド・ザ・ブック」が日本でも実現したら、他のオンライン書店はたまったものではない、と先月書いたら、ちょうどその10日後、アマゾンジャパンのJasper Cheung社長が、「ぜひ日本でもサービス開始したい」とコメントした、と報道された。

★アマゾンジャパン、「ホーム&キッチン」や経営状況を説明 〜米国で開始された書籍の本文検索を国内でも開始したい(Cheung氏)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2003/11/06/1029.html

これは今月(2003年11月)5日にオープンした新カテゴリー「ホーム&キッチン」について記者会見した時の発言である。日本サイトでの全文検索サービスについて「技術面ではすでに導入可能だが、著作権などの権利関係の問題をクリアにしなければならない」と述べている。出版社大手がどう反応するかが興味深いところだ。世界的な株式市場から見ればアマゾンよりはるかに格下なはずの日本の大手出版社だが、日本国内においてアマゾンと対等に取引してきたかと言えば、まったくそうではない。一般読者には見えない部分だが、アマゾンが大手版元と互角に渡り合うことなど現時点ではまだ不可能に近いのだ。

何故だろうか。大手出版社にしてみれば、やはり自分たちの市場はリアル書店にあるわけで、オンライン書店での販売が売上全体に占める比率は各社まちまちにせよ低いだろう。大手が考える販売の優先順位としては、オンライン書店は、リアル書店や電子書籍よりはるかに「格下」にならざるをえない規模ではなかろうか。言っておくがこれはアマゾン批判ではないし、オンライン書店批判でもない。逆にリアル書店や電子書籍を持ち上げたいのでもない。ただひとつはっきりしているのは、オンライン書店であれ、リアルであれ、電子であれ、また出版社であれ、取次であれ、今後も「淘汰」は続くだろうということだ。

本日の各紙の報道によれば、大手出版社の光文社の経理局長が、「取引会社への原稿料や印税などの支払金を水増しして小切手を振り出し、この小切手を使って同社の銀行口座から払い戻しを受け、計5回にわたり約2200万円を着服した」(毎日新聞・三木陽介氏の署名記事より)とのこと。私のような零細出版社からしてみれば、たった5回の着服で2200万円にもなるのか、と素朴に驚いてしまう。考えてみれば実際はありふれた数字ではあるが、そこから察するにもともとの正しい印税や原稿料はいくらになるか、生唾ものである。この局長は約8年間にわたって総額2億を横領したという。出版社の経理担当者が着服するという事件は以前も他社であったが、光文社の経理局長の年収は着服なぞせずともかなりの高額であったはずだ。

警視庁の調べによれば彼は、「着服した金は、埼玉県秩父市の別荘や高級外国車の購入、飲食代に充てた」(同前)とのこと。言っておくが、別荘を買ったり、高級外車や飽食に金を費やせるのはほんのひとにぎりの出版人であって、出版界の大多数を占める小規模零細出版社の人間のほとんどは一生涯そうした贅沢とは無縁である。自ら暴露するまでもないが、私の半生は、免許は持っていても車の購入とは縁がなく、食事といえばデフレになるはるか前から立ち食いうどんか牛丼かラーメンかカレーライスかハンバーガーかコンビニ弁当のローテーションである。出版界のトップに君臨する大手につとめるブリリアントなセレブたち(ちょっと嫌味すぎるかな)とは何度も会ったことがあるが、生活レベルで言えば彼らと私は何の接点もないように感じている。

今回逮捕された経理部長が勤続何年だったか知らないが、いずれにせよ、高い競争率の試験をパスして入社したエリートのはずだ。ちなみに光文社総務部人事係がウェブサイトで公表している平成16年度の社員採用の経過と結果は以下の通りである。

15年06月23日:告知開始(光文社ホームページ)
15年07月01日:エントリー開始、エントリー総数2465件
15年08月25日:応募書類受付  
15年09月16日:応募書類締切、応募総数932名
書類選考通過者400名(男子177名、女子223名)
15年10月04日:筆記試験355名受験
筆記試験通過者51名(男子19名、女子32名)
15年10月18日:第一次面接試験 面接通過者21名(男子8名、女子13名)
15年10月25日:第二次(最終)面接試験、内定5名(男子1名、女子4名)

いやはや男子1名ですよ。最後の1名になるなんて、私だったら絶対無理だろうなと思う。しかしエリートであるとかないとかは、不正に手を染めない理性を持っているかどうかということとは関係ないわけだ。

私は、大手出版社と零細出版社がともに「出版社」という枠で括られ、前者と後者にそれぞれ勤務する人々が同じ「出版人」と見なされ、また、前者と後者がそれぞれ刊行する書物がともに「本」として括られることに常々強い違和感を感じてきた。同じはずはない。資本主義社会においては、むしろ経営規模によって会社の文化的性格はまったく異なってくると思う。またそもそも大手と零細という区別ではなく、書籍は内容によって分別されるものだと私は考える。紙とインクで出来ているからといって、「それは同じもの」とは言えない。そこにどんな文化が盛り込まれているか、本と本を峻別しうるのはただ文化批判の眼差しのみである。

「[本]のメルマガ」ではまもなく、「労働」をテーマにした臨時増刊号を配信する予定である。気鋭の若手社会学者で、千葉大助教授の渋谷望氏(1966-)による第一論文集『魂の労働』(青土社)がつい先日刊行されたが、現代人の生と労働がどのように変容しつつあるかを論じたこの新刊から私たちはヒントを得た。「労働者としての〈知識人〉」という主題で渋谷氏ご自身からご寄稿をいただき(すでに第一稿は手元に届いている)、渋谷氏と親しい出版社社員某氏からは「労働者としての〈出版人〉」という主題で書いていただいた(こちらも第一稿が届いたばかり)、そして、某大型書店を辞めたばかりのヴェテラン書店員某氏からは「労働者としての〈書店人〉」という原稿がまもなく届くだろう。難しい主題であり、自分と自分の環境を脇において書けるものではない。その困難さにも関わらず、三氏はその意義を認め、執筆を快諾してくださった。感謝感激である。

三省堂書店神田本店4階の哲学思想書売場では、現在『魂の労働』を中心とした「労働論フェア」が行われている。企画したのは、小誌で何度も名前が登場しているSさんである。さすがの鋭い嗅覚に私は唸った。小誌の読者に出版人や書店人の方がいらっしゃると思うが、哲学思想書売場でなぜ労働のフェアなの?とか、労働は社会書売場とかじゃないの?と感じる方がいらっしゃるかもしれない。そう感じた方は、もう少しアンテナの感度を上げた方がいい。労働とはこんにち何か、と問うことは、即ち私たち現代人の生とは何かを端的に問うことにほかならない。哲学や思想は象牙の塔における戯れごとなのではなく、象牙の塔を囲む社会がどのようなものであるかを脱構築し、その社会で生きる自分たちの生の根源を透視する任務を古くから帯びているのだ。

小誌15日号でお伝えした通り、三省堂では12月6日(土)に、本店向かいの自由時間店内で『魂の労働』刊行記念の渋谷氏による講演会を予定している。企画したのは先のSさんだ。
http://www.books-sanseido.co.jp/sibuya_kouen/sibuya_.html?MBR_NO=&SESSION=

なお、Sさんから預かった「労働論フェア」の扱い書籍目録と、フェア台の様子の写真は次のページにアップしておいた。
http://biblia.infoseek.ne.jp/g/laborbook.htm

互いに示し合わせた上での連動ではないので、フェアとメルマガ臨時増刊号のこうした符号は非常に嬉しい。さらに補足すれば、今回の労働特集は、小誌の一連の増刊号「バイオポリティクス」の一環であると同時に、25日号でゆっくりと進めている「絶版論争」の延長線上に位置するものでもある。「絶版論争」は「絶版」という主題をはさんで、出版人と書店人と読者が互いの認識を比較検討する目論見だが、そこには当然、出版とは何か、書物とは何か、書籍編集とは何か、書籍販売とは何か、書店とは何か、読者とは何か、等々の根本的問いが含まれる。労働問題という切り口はこうした問いに新たな局面をもたらすだろう。

* * *

さて恒例だが最後に今月もまた、私がオンライン書店bk1で前号以後に取り上げた人文書新刊を列記し、ベスト1を発表したい。今月も大漁だったが、毎度のことながら取り上げることが出来たのは下記の通りその一部だった。

『フロイトと非-ヨーロッパ人』E・サイード著/長原豊訳/鵜飼哲解説/平凡社
『環境(思考のフロンティア第二期)』諸富徹著/岩波書店
『生物多様性の危機〔新版〕』V・シヴァ著/戸田清ほか訳/明石書店
『ベルクソン(シリーズ・哲学のエッセンス)』金森修著/日本放送出版協会
『イスラーム統治論・大ジハード論』ホメイニー著/富田健次編訳/平凡社
『イジュティハードの門は閉じたのか』W・ハッラーク著/奥田敦編訳/慶応義塾大学出版会
『自殺へ向かう世界』P・ヴィリリオ著/青山勝ほか訳/NTT出版
『音と文明――音の環境学ことはじめ』大橋力著/岩波書店
『バロック音楽はなぜ癒すのか』竹下節子著/音楽之友社
『精神の病いと音楽(広済堂ライブラリー023)』阪上正巳著/広済堂出版
『シュタイナー・コレクション 3 照応する宇宙』高橋巌訳/筑摩書房

うしろから数えて4本は一両日中にアップされる予定のものだが、今月のベスト1は、『音と文明――音の環境学ことはじめ』『バロック音楽はなぜ癒すのか』『精神の病いと音楽』の3点を特筆したい。私個人が大学の卒論以来探究し続けているジャンルの新刊が連続して発売されたのは本当に嬉しい。いずれもたいへん刺激的な好著だ。音楽や音が人間や文明にもたらす影響力をめぐる、深い洞察が光る。

また今月末発売の『InterCommunication』第47号にはジジェクの新刊『人形遣いと小人』(未訳、MITプレス)や邦訳和書について取り上げた。同じく今月末発売の『ことし読む本いち押しガイド2004』(メタローグ)では、「居場所の政治から世界を見る」と題して次の12点をガイドした。

『Cardboard houses』宮本隆司撮影/BEARLIN(建築・都市ワークショップ発売)
『OK?ひきこもりOK!』斎藤環ほか著/マガジンハウス
『誰が老人を救うのか――高齢者施設内虐待の現実』川越智子著/全日出版
『現代日本の「見えない」貧困』青木紀編著/明石書店
『写真で見る関東大震災』小沢健志編/ちくま文庫
『鳥島漂着物語――18世紀庶民の無人島体験』小林郁著/成山堂書店
『友人のあいだで暮らす』C・S・フィッシャー著/松本康ほか訳/未来社
『犯罪と猟奇の民俗学』礫川全次編/批評社
『茶道名言集』井口海仙著/講談社学術文庫
『イエス』安彦良和著/日本放送出版協会
『宇宙人としての生き方』松井孝典/岩波新書
『アジアの孤児でいいのか』姜尚中著/ウェイツ

実に楽しい仕事だったが、この中で特に印象に残っているのは、福祉系フリーライターの川越智子さん(1966-)による『誰が老人を救うのか――高齢者施設内虐待の現実』と、在野の(?)海事史研究家でいらっしゃるらしい小林郁さん(1964-)による『鳥島漂着物語――18世紀庶民の無人島体験』である。前者ではあまりの悲惨さに涙し、後者では極限のサバイバルに驚愕しっぱなしだった。どちらも充実した読書ができる、強力お奨め本である。[2003年11月25日]

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初出:[本]のメルマガ」第160号(20031126日配信)


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