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■洋書フェア2003(後編)、イーグルトンの話題の新刊『理論以後』
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ああもう年が明けたと思ったら、最初の一ヶ月がはや終わろうとしている。おちおち振り返る間もなく、出版社を立ち上げてから四期目に入った。時間の流れがはやすぎて恐ろしい。この調子では十年などあっという間に過ぎてしまうだろう。
三省堂書店神田本店四階哲学思想書コーナーの「人文社会系洋書ベストセレクション」フェアが今月31日まで開催されている。今年に入ってから全面的に商品の配置をかえた。新入荷の書物を受け容れるために、ディスプレイは刻々と変化していく。フェア台はそうやって「呼吸」し、新しいものになる。
フェア書目 http://biblia.infoseek.ne.jp/g/fbf2003.htm
先月の報告以後、さらに動きのあった商品を紹介する。書名、著者名、版元名の順で表記している。
"Hegemony or Survival" by Noam Chomsky. Henry Holt.
"Reflection on Exile and Other Essays" by Edward Said.
Harvard.
"Conversations with Manuel Castells" Polity Press.
"Feminism without Borders" by Chandra Mohanty. Duke
"The Shortest Shadow" by Alenka Zupancic. MIT Press.
チョムスキーやサイード、カステルらの書目が動くのは比較的に想像がつくが、チャンドラ・モハンティの『境界なきフェミニズム』が動いたのが嬉しい。スピヴァクほどには知られていないが、インド出身でアメリカで教鞭を執っている、フェミニズム理論の俊英だ。まだ単著の日本語訳はないが、今後ますます注目されていくだろう。ジジェクの盟友ジュパンチッチのニーチェ論も売れていて、彼女の著書のはじめての日本語訳『リアルの倫理』も同様に動いている。同じ方が購入されているのだろうか。
"Gerhard Richter" by Gerhard Richter. MOMA, New York.
芸術系の書籍では、ゲルハルト・リヒターの本が売れた。これは先月紹介した某版元編集者氏の選書だったと記憶する。今回のフェアの中ではアート関連の書目は少なく、他には建築家のピーター・アイゼンマンの本が一点エントリーしているだけだが、リヒターのものもアイゼンマンのものもボリュームのある書目なので、ぜひ一度手にとっていただきたい。
"Ecrits politiques:1958-1998" by Maurice Blanchot. Leo
Scheer.
"L'Ombre de l'amour"by Agamben & Piazza. Rivages.
"Le Pouvoir psychiatrique" by Michael Foucault. Seuil.
"Deux regimes de fous" by Gilles Deleuze. Minuit.
フランス系の書籍では、フーコー、ドゥルーズ、ブランショ、アガンベンの著書が順当に売れている。フーコーの書目はコレージュ・ド・フランスにおける1973年から1974年にかけての講義の記録であり、これは周知の通り筑摩書房から『ミシェル・フーコー講義集成』シリーズの一冊としていずれ翻訳出版されるものだ。
"Maurice Merleau-Ponty: Basic Writings" Routledge.
フランス語の原典ではなく英訳版なのだが、メルロ-ポンティの選集が動いた。日本では彼の著作はほとんどがみすず書房から翻訳出版されていて、学部生や院生が研究するにはなかなか良い環境である。当たり前と言えば当たり前かもしれない話になるが、著作の多くが日本語訳され、その書籍が絶版にならず市販され続けたり新訳が出たりする思想家はやはり研究しようという学生も多いが、逆にほとんど翻訳されていない思想家は、その後も依然として翻訳も研究も少ないままに留まるケースがままあるように思う。
例えば、日本人のジョルジュ・バタイユびいき(これは悪意をこめて言っているのではない)は今に始まったことではなく、先般『エロティシズム』の新訳がちくま学芸文庫から発売されたばかりだが、彼と同時代を生き、交流もあったロジェ・カイヨワはと言えば、70年代以後の一時期はあれだけ日本語訳されたにもかかわらず、そのほとんどは絶版になり、忘却される一方だ。フランスでは書肆ファタ・モルガナが継続的に彼の著書をぽつぽつと出版し続けていて、美文家の誉れも高い彼の優れたエセーは今も読み継がれている様子ではある。
「良質な随筆」というものは今や純文学同様に世界的に衰退しつつある「絶滅危惧種」であるようにも見える。文学作品の流麗さと哲学論文の理知性を兼ね備えたそれは、いつからか蜃気楼のように幻の存在と化している。恐らく私たち現代人が大局的に体験しつつあるのは、様々な境界の喪失である。文学は文学に閉じこもり、哲学は哲学で専門化する。有史以来未曾有の高度なコミュニケーション技術を発展させた現代人にとって、皮肉なことにもっとも困難な作業とは、一方と他方をコミュニケイトさせること、越境し交流させることである。すでに1988年の時点で伊藤俊治と植島啓司が問題化していたように、私たちはディスコミュニケーションの時代に深く分け入りつつあるのだ。
洋書フェアの話に戻ろう。新入荷の書目を紹介したい。
"After Theory" by Terry Eagleton. Basic Books.
昨年末(2003年12月)に刊行されたイーグルトンの最新著であり、今回のフェアで一押しなのは何をおいてもこの一冊である。フランク・カーモードやスラヴォイ・ジジェクからすでに大いに評価されている。イーグルトンは相変わらずの鋭い舌鋒で、今度は「理論」の終焉を言い渡す。ここで言う「理論」とは、構造主義からポストコロニアル批評にいたる、およそここ30年間のポストモダンな思想的潮流の「理論」を指している。理論は現実世界を把握し、革新していくための知的営為でなくてはならない。ポストモダニズムはそうしたリアリティの追求に失敗している、とイーグルトンは見ているのだ。
愛、悪、死、信といったヴィヴィッドな大問題に取り組むのが知識人の仕事なのだと彼は主張する。大上段に振りかぶっているわけではない。社会的実践から離れた場所に知的営為があるのではないということを彼は強調したいわけだろう。彼は本書の半年前に回想録を刊行しているが、いよいよ彼も老いてきて、言うべきことは今のうちに言い、為すべきことは為しておこう、と考えているのかもしれない。
"The Gatekeeper: A Memoir" by Terry Eagleton. 2003, St.
Martin's Press. ISBN: 0312316135
残念ながらこの書目は、フェアでは扱っていないが、前述の『理論以後』同様、購読しておきたい本である。
"Redistribution or Recognition ?" by Fraser &
Honneth. Verso.
"Encounters with Alphonso Lingis" by A. E. Hooke.
Rowman & Littlefield
"Refractions of Violence" by Martin Jay. Routledge.
"Organs Without Bodies" by Slavoj Zizek. Routledge.
ナンシー・フレイザーとアクセル・ホネットの連名になっている最初の一冊は、たしか前年度のフェアで書目がリストには挙がったものの、結局入荷してこなかった本だったはずだ。三番目のジェイの新刊は入荷して早速売れているそうだ。「9.11以後」の世界を読み解く上で、「暴力」は非常に重要なキーワードになっていると言える。ジジェクのドゥルーズ論については前回少し触れたように思うので割愛。注目作である。
フェアの終了まであと一週間。お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。
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さて恒例だが最後に、私がオンライン書店bk1の「人文レジ前」コーナーで今月取り上げた人文書新刊を列記し、ベスト1を発表したい。
『政治』P・ブルデュー著/藤本一勇+加藤晴久訳/藤原書店
『熱狂とユーフォリア』亀山郁夫著/平凡社
『空虚の時代』G・リポヴェツキー著/大谷尚文+佐藤竜二訳/法政大学出版局
『〈帝国〉と〈共和国〉』A・ジョクス著/逸見竜生訳/青土社
『犠牲と羨望』J=P・デュピュイ著/米山親能+泉谷安規訳/法政大学出版局
『茶色の朝』パヴロフ物語/ギャロ絵/藤本一勇訳/高橋哲哉解説/大月書店
『精霊の王』中沢新一著/講談社
『カオスモーズ』F・ガタリ著/宮林寛+小沢秋広訳/河出書房新社
ベスト1は企画面では『茶色の朝』。『世界がもし100人の村だったら』に続く、よくできた大人の絵本だ。いっぽう、内容面では『精霊の王』。宗教思想と革命思想とポストモダニズムの非常に巧みなブレンドは中沢のデビュー当時からの得意技だったが、本書ではその最新ヴァージョンが確認できる。金春流の能楽論とネグリの政治論がくっついちゃうのは見事だが、見事であるがゆえにただ読んで感心していればいい代物ではない。中沢のいかがわしさは彼の冒険心と表裏一体である。そこをどう肯定し評価していくとともに、論破していくかが問題だ。[2004年1月25日]
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初出:「[本]のメルマガ」第166号(2004年1月26日配信)
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